能登半島地震6週間 石川 輪島 被災した人も支援物資仕分け配付

能登半島地震から12日で6週間となります。石川県輪島市ではボランティアの人手が足りていないことなどから、被災した人みずからも、全国から届いた支援物資の仕分けや配付などを行っています。

輪島市 ボランティアは限定受け入れ 週3日程度 一日約40人

輪島市では2月10日からボランティアの受け入れが始まりましたが、態勢がまだ整っていないことなどから、受け入れる日数や人数が限られているのが現状です。

輪島市の社会福祉協議会によりますと、市内では大規模な断水が続くとともに、宿泊できる施設が少ないことから、ボランティアを限定して受け入れていて、今月は1週間のうち3日間程度、一日あたり40人ほどに限ることにしています。

ボランティアは金沢市からバスで移動するため、活動時間も3時間程度となっています。

また、依頼を受けた場所によってはボランティアが活動を始める前に安全に活動ができるかどうかの調査を行う必要がありますが、被害を受けた住宅が多く、職員の人手も足りないことから、調査が追いついていないということです。

さらに、被災した人がボランティアによる作業を希望していても、市外に避難していて立ち会うことができないとの理由で、調査や作業が行えない場合もあり、受け入れ態勢の構築が復旧に向けた大きな課題となっています。

地震直後から支援物資の管理や仕分け続ける 輪島塗箸職人の男性

輪島市の中心部の河井地区にある「重蔵神社」には、全国から飲料水や生活用品といった支援物資が届き、被災した人たちの生活を支えています。

輪島塗箸の職人、小山雅樹さん(68)は、自宅を兼ねた工房が被害を受け、仕事を再開できない状況ですが、父がこの神社の総代を務めていたこともあり、地震直後から支援物資の管理や仕分けなどを続けてきました。

ボランティアの受け入れ態勢がまだ十分ではなく、一日に受け入れ可能な人数が限られていることなどから、いまも地区の人たちと活動を続けていて、12日も午前9時ごろから届いた物資を種類ごとに仕分け、被災した人たちに配っていました。

そして「元気そうでよかった」などと1人1人に声をかけ励ましていました。

物資を受け取った74歳の女性は「何度もお世話になっています。本当にありがたいです。みなさんのおかげです」と話していました。

妻「輪島は地元 ここで生活続けたい」

小山さんは妻の文代さん(60)と息子の3人暮らしで、地震直後から10日ほどは車の中に避難し、いまは自宅に戻って生活をしています。

断水のため、毎日近くにある避難所から水をタンクで運んで生活を続けていますが、片づけ作業はまだ道半ばで、家具なども倒れたままとなっています。

工房も被害を受け、箸を作るための機械が壊れたりずれ動いたりしたままの状態となっていて、仕事は再開できていません。

小山さんは「10年後の輪島がどうなるか、どのように復興していくかは、ここにいなければわからない。まずは工房をなおして、輪島塗箸の伝統を残すために頑張りたい」と話していました。

文代さんは「輪島は地元ですので、ここで生活し続けたいと思っています」と話していました。

男性「私よりも大変な人がいる」

物資の仕分けを続けていることについて、小山さんは「私よりも大変な人がいるので、必要とする人に受け取ってもらいたいという気持ちで続けています。私が明るくいることで、少しでも元気になってもらえたらと思います」と話していました。