クマを「指定管理鳥獣」に追加決定 環境省 そのねらいは?

クマによる被害が過去最悪となっています。環境省のまとめでは、今年度にクマの被害を受けた人は1月までに全国で218人にのぼり、過去最悪だった2020年度の158人をすでに上回っています。

こうした中、環境省が設置した専門家による検討会が8日、対策方針を提言しました。
キーワードは「指定管理鳥獣」

伊藤環境大臣は提言を受けて4月中にも「指定管理鳥獣」にする方針を表明しました。

記事後半では今回の決定の経緯や意義などについて専門家の解説もまじえてお伝えしています。

倉庫に入り込み丸2日…吹き矢で捕獲も検討

6日、秋田市郊外にある運送会社の倉庫にクマが入り込んでから丸2日以上たちました。秋田市などはクマが倉庫のどこにいるのか確認を進めていて、安全が確保できれば吹き矢で麻酔を打ち込んで捕獲することにしています。

6日午前11時半ごろ、秋田市御所野にある運送会社の倉庫の中で体長1メートルほどのクマが見つかり、秋田市などは倉庫の出入り口を運搬用の資材を積み上げてふさぐとともに、倉庫の中に箱のわなとカメラを設置しました。

しかし、丸2日以上たってもクマは、わなにかからず捕獲できないままで、警察はこれまでにのべおよそ50人の警察官を出して24時間態勢で周囲の警戒にあたっています。

8日午後2時ごろには県と市の職員、それに警察官が倉庫に近づき、先端に小型カメラがついた「ファイバースコープ」を入れてクマがどこにいるか確認を進めているということです。安全が確保できれば倉庫の中に入り、県の職員が吹き矢で麻酔を打ち込んでクマを捕獲するということです。

県によりますと、吹き矢を打ち込むためにはクマから1メートルほどの距離まで近づく必要があり、麻酔で眠るまでの間にクマが暴れる可能性もあるため、安全が確保できるか慎重に見極めるということです。

現場はJR秋田駅から南東に7.5キロほど離れた物流センターや倉庫などが並ぶ地域で、近くには住宅地が広がっています。

◇秋田 “冬眠する”とされる12月以降もクマの目撃が

一般的にクマが冬眠するとされる12月以降も秋田県内ではクマの目撃が相次ぎ、ことしは7日までに16件の目撃情報が寄せられているということです。

【美郷町】
1月17日、体長およそ50センチのクマ1頭が千畑小学校のグラウンドの木に登っていたのを町の職員が確認しました。クマが見つかったのが下校時間と重なっていたため、学校は徒歩で帰宅する児童の保護者に迎えに来るよう依頼するなどの対応に追われましたが、けがなどの被害はありませんでした。クマはおよそ4時間、木の上にとどまり、その場から去ったということです。

学校では今も車で児童を送迎している保護者もいて、母親のひとりは「学校から自宅まで歩くと30分ほどかかり、学校にもクマが出て怖いので、毎日は大変ですが、いまも車での送迎を続けています」と話していました。

【大館市】
去年12月には大館市で吹雪のなか木に登って柿を食べるクマの様子が撮影されました。去年12月17日に大館市の民家の近くで吹雪のなか、柿の木に登るクマをNHKのディレクターが偶然見つけ、車の中から撮影しました。撮影したディレクターによりますとクマは50センチほどで、住宅の裏にある柿の木を登って柿を食べていて少なくとも5分以上、柿を食べたあと木から下りてその場から去ったということです。

【動画】クマに襲われた人“重傷者の9割は顔にけが”

秋田県内では今年度、クマに襲われるなどしてけがをした人は1月末までで70人にのぼり、これまでで最も多かった年の3倍以上と過去最悪となりました。このうち、重傷を負った20人の治療にあたった秋田市の秋田大学医学部附属病院によりますと、負傷の部位は、顔が18人と全体の9割を占めました。

次いで
▽上半身の腕や肩などの上肢が14人
▽頭が11人
▽下半身のひざやももなどの下肢が8人と、
傷は顔や頭が中心だったということです。

顔にけがをした18人を詳しく見ると
▽3人が片目を失明したほか
▽9人が骨折と診断されたということです。

このほか、傷口に細菌が残り感染症を発症した人が4人となり、完治するまでに2か月近く入院した人もいたということです。

また、襲われたときの記憶を思い出す「フラッシュバック」に苦しむなど急性ストレス障害を発症する人もいて、心のケアが必要な人もいたということです。

治療にあたった土田英臣 医師
「クマによる被害は全身にわたり、複数の診療科で治療にあたる必要があるが、特に顔がねらわれやすく重傷となりやすいことが患者の傾向からもわかった。治療が長期化しやすく元の生活に戻るのが困難になる場合もあるため、クマと出会ったら顔と頭は必ず守ってほしい」

◇クマの被害 全国でも初の200人超 過去最悪に

クマの被害は全国的にも増えています。今年度、クマの被害にあった人は国のまとめでは1月末までで218人にのぼり、統計を取り始めてから初めて200人を超える過去最悪の被害となっています。

都道府県別にみると、死亡した人は
▽北海道と岩手で、それぞれ2人
▽富山と長野で、それぞれ1人で、あわせて6人にのぼりました。

また、けがをしたのは
▽秋田で70人
▽岩手で47人
▽福島で15人
▽青森と長野で11人となり、
東北地方での被害が7割を占めています。

クマが冬眠するとされる12月以降も被害は出ていて
▽石川で3人▽岩手で2人▽福島で1人のあわせて6人がけがをしました。

◇なぜこの時期にクマが?

東京農工大学大学院 小池伸介教授

秋田県内でこの時期にクマが相次いで目撃されていることについて、クマの生態に詳しい東京農工大学大学院の小池伸介教授は「クマは基本的に冬眠するが、冬眠する穴の周辺で人が騒ぐなどして環境が悪い場合、途中で場所を変えることがあるので、その途中で目撃された可能性がある」と指摘しています。

また、秋田県内では子グマとみられる体長の比較的小さいクマが多く目撃されているということで「子グマは冬眠中に生まれ、その後1年半ほど母グマと過ごしたあともう一度母グマと一緒に冬眠するが、母グマが死ぬなどしてはぐれてしまった場合に、子グマが冬眠の方法がわからずさまよっている状況も考えられる」としたうえで「冬眠の方法がわからないクマは食べ物を探す必要があり、去年秋に集落で柿などを食べていた場合、この時期に集落に出て雪の下に柿などが落ちていないか探すことも考えられる」として、クマを見かけたら刺激しないようゆっくり距離をとり、建物や車の中に避難してほしいと話していました。

クマを「指定管理鳥獣」追加提言 環境省の専門家検討会

クマによる被害が過去最悪となる中、環境省が設置した専門家による検討会は、クマを「指定管理鳥獣」に追加し、生息状況を適切にモニタリングした上で捕獲することを国が支援すべきだとする対策方針を提言しました。

被害にあった人が最も多かった秋田県をはじめ北海道や東北の自治体は去年11月、国に対し、クマを指定管理鳥獣に追加し、捕獲や調査などにかかる費用を国が支援する対象にしてほしいと要望しました。

こうした要望を受けて、環境省は去年12月から専門家による検討会で議論を進め8日、検討会としての対策方針を提言しました。

検討会が提言した方針では、クマの分布は本州などの広い地域で拡大傾向にあり、今後、人身被害がさらに増加するおそれがある一方で、四国では絶滅のおそれが高いとしています。そのため、四国を除く地域で、クマを指定管理鳥獣に追加して国が捕獲や調査などの管理を支援する必要があるとしています。

そして、すでに指定管理鳥獣であるニホンジカやイノシシは繁殖力が高いため、捕獲して半減することが目標とされているのに対し、クマは繁殖力が低いため分布や個体数などについてモニタリングを定期的に実施し、目的を明確にして過度な捕獲はせず限定的にする必要があるとしています。

また、人とクマの空間的なすみ分けを図るため、これまで対策の基本とされた人の生活圏に侵入したクマなどを排除することに加え、人とクマの生息域の間に木を伐採するなどの環境整備や個体数管理を強化した「緩衝地帯」を作り、人の生活圏への侵入を防ぐことも必要だとしています。

“クマを指定管理鳥獣に”伊藤環境相 表明

伊藤 環境相

クマを「指定管理鳥獣」に追加するとした検討会の提言を受けて、伊藤環境大臣は「検討会の方針を受け止め、関係省庁や都道府県などと連携して必要な対策を速やかに実行する」として、クマを指定管理鳥獣にすることを表明しました。

検討会の提言が出された後に取材に応じた伊藤大臣は「都道府県などにより、クマの個体数のモニタリングや人の生活圏への出没防止のための環境管理など、捕獲に偏らず被害防止の取り組みを地域の実情に応じて実施してもらう。環境省はそのための技術的、財政的支援を行うことで科学的知見に基づく、クマの被害防止策を推進し、国民の安全安心を確保する」と話していました。

環境省は今後、四国地方を除いてクマを指定管理鳥獣に追加するための省令改正の手続きを行い、例年、クマが冬眠から覚めるとされる4月中に施行する方針です。

秋田県 佐竹知事「人とクマ 共生の実現に向け対策強化」

伊藤環境大臣がクマを「指定管理鳥獣」に追加するとした方針を受けて、全国で最も多いクマによる被害が出た秋田県の佐竹知事は「指定により科学的・計画的な管理を一層推進し、安定的な維持に配慮しながら被害の防止を図るなど、人とクマとの共生の実現に向けた対策を強化できると考えております。今後もさらに、関係機関と連携して、県民の安全・安心を確保してまいります」とコメントしました。

検討会の座長を務めた東京農業大学 山崎晃司教授
「クマ被害の対策には人も資金も必要で、指定管理鳥獣の交付金を有効に使うことができれば都道府県を支援する大きなツールになる。交付金を生息状況などのモニタリングや人材育成、環境整備などに柔軟に活用できるようにして、人とクマ、双方が安心して生活できるようにすることが必要だ」

【豆知識】「指定管理鳥獣」とは?

「指定管理鳥獣」は、鳥獣保護管理法で、全国的に生息数が著しく増加していたり、生活環境や農作物、それに生態系に被害を及ぼしたりする野生動物で、集中的かつ広域的に管理が必要な種が対象となるとされ、現在はニホンジカとイノシシが指定されています。

指定されると、捕獲や調査などの費用や人材育成などについて国が支援することになります。

◆クマの生息状況・生態は?

環境省によりますと、国内では、北海道にヒグマが、本州と四国にツキノワグマが生息し、九州では2012年にクマが絶滅したと判断されています。11月下旬から12月ごろに冬眠に入るとされ、10月から11月にかけては冬眠にそなえて行動が活発化し、ドングリなどが凶作の年は行動範囲が拡大し、人の生活圏への出没が増加する要因となります。3月から5月ごろまで冬眠し、春から夏にかけて、親から離れた若いオスのクマは出生地から離れたところに移動する特性もあり、こうしたことも人の生活圏への出没が増加する要因となります。

【Q&A】専門家”人とクマの関係 大きな転換の時期に”

国の検討会のメンバーで、クマの生態に詳しい酪農学園大学の佐藤喜和 教授に話を聞きました。

酪農学園大学 佐藤喜和 教授

Q.クマを指定管理鳥獣とする意義は?

「クマの数を減らすことが目標だと思われがちだが、人とクマとのあつれき、出没、人身被害を減らすことが究極の目標だ。これまで都道府県では現場の被害対策や緊急対応で精一杯で、十分調査できなかった。クマの個体数や被害の状況を国の補助を得て、しっかりと調査できることがクマを指定管理鳥獣にする大きなメリットではないか」

Q.クマによる人への被害が過去最多に?

「中長期的な背景として1990年代にクマの分布が縮小したため過剰な捕獲をやめたことで徐々に個体数が増加してきたことがある。その後、日本の人口が減少に転じ、特に中山間地域では過疎化、高齢化によって、人が森に入らなくなり、人を怖がらないクマも増えた。その結果、クマの分布が拡大し、人の生活圏の近くにも定着するようになった。それに加えて去年は、冬眠前のクマの重要な栄養源であるドングリが凶作で、餌を求めて人里に出没することが多く、人身被害が増えてしまった」

Q.ひとりひとりができる対策は?

「3月から5月くらいの冬眠明けの時期は、クマは基本的に森で生活しているが、雪が溶けると、山菜採りやハイキングで山の中に入る人が増える。クマの分布が拡大しているため、これまでいなかった場所でもことしはいるかもしれないと考え、単独ではなく複数の人で山に入ったり、クマに人がいることを知らせるために鈴やラジオを鳴らしたりなど、しっかり対策してほしい」

人とクマの関係というのが今、大きな転換の時期を迎えている。人とクマが接する場所では時に駆除が必要なこともある。適切な対応をしながら最終的にはクマたちは山奥で暮らし、そして人の生活圏では人が安心安全に暮らせるという社会を目指していけたらよいと思う」