AIが”生んだ”芥川賞「東京都同情塔」誕生秘話を作家が明かす

AIが”生んだ”芥川賞「東京都同情塔」誕生秘話を作家が明かす
先月、芥川賞に選ばれた九段理江さんの「東京都同情塔」。
急速に広がる「生成AI」がテーマの一つで、記者会見では九段さん自らが「生成AIを駆使して作った」と語り、話題になった。

AIはどのように活用されたのか。そして、作品に込めた思いとは。

新しい時代の芥川賞作家が、AI時代の言葉について、語った。

(科学文化部記者 島田尚朗)

「芥川賞の中でも希有な作品」

「東京都同情塔」は、日本の架空の未来が舞台。

主人公は建築家の女性で、「犯罪者は同情されるべき人々」という考え方をもとに、犯罪者らが快適に暮らすために新宿の公園に建てられた高層タワーをデザインした。

作中では、建築費がかさむなどとして実際には建てられなかった、イラク出身の女性建築家、ザハ・ハディド氏が東京オリンピックのために設計した新国立競技場が建設されていて、この競技場と高層タワーの対比が物語の一つの軸になっている。

主人公は、過度に寛容を求める風潮の広がりや、生成AIの言葉が浸透した社会の在り方に違和感を覚えながら力強く生きていく。

選考会の講評では、「エンターテインメント性が高く、多くの読者がおもしろがって読める作品で、最近の芥川賞の中でも希有な作品だ」などと評価された。

作中には、主人公がAIと対話するシーンが数多く見られ、実際に九段さんは生成AIの1つ、ChatGPTを作品に活用したと、選考会の記者会見で明かした。
いったい、どのように活用したのか。

九段さんに詳しく話を聞くことができた。

芥川作家は生成AIをどう活用したのか?

例えば、こちら、作品に登場する生成AIが主人公の問いに答えるシーン。
主人公:『君は、自分が文盲であると知っている?』

AI:『いいえ、私はテキストベースの情報処理を行うAIモデルですので、文盲ではありません』
九段さんは、このシーンの表現の一部に、ChatGPTの回答を使ったという。

実際に、ChatGPTの履歴を見せてもらった。

九段さんの質問に対して、ChatGPTは、「いいえ、私はテキストベースの情報処理を行うAIモデルですので、文盲ではありません。人間の知識や言語の理解を模倣するために設計されたプログラムですので…(中略)」などと答えている。
九段さんは、ChatGPTが示してきた回答のうち、最初の一行目を使い、そのあとに続く文章には、自分の創作を加えていった。

AIがなかったら作品の誕生はなかった!?

さらに九段さんは、生成AIによるアイデア出しが作品の始まりになったことを初めて明かした。

九段さんが作品を書こうと思い立った時の生成AIとの実際のやりとりだ。
You:(九段さん)「『刑務所』という名称を現代的な価値観に基づいてリニューアルしたいです。どのような案が考えられますか?」

ChatGPT:「『刑務所』の名称を現代的な価値観に基づいてリニューアルする際には、以下のような案が考えられます。」
生成AIが、「刑務所」に代わる言葉として回答したのは、『ポジティブリカバリーセンター』『コミュニティリユースセンター』『セカンドチャンスセンター』など5つの案、ほとんどがカタカナを使った外来語風の言葉だった。
最終的に作品に登場させたのは、「シンパシータワートーキョー」で、AIが示した案をそのまま採用することはなかった。

しかし、このカタカナの外来語だらけの回答を受けた際に感じた違和感が、『軽いことばのはん濫が社会をゆがめている』という、「東京都同情塔」のプロットのヒントになったのだという。
九段理江さん
「小説の構想の土台になっているところをChatGPTに尋ねているんですね。ChatGPTで本当に始まってますよね、この小説は。記者会見で言ったことも私ちょっと盛りすぎちゃったかなとか思ってたんだけど、でも本当に駆使して書いた小説で、全然間違いじゃなかったです」
さらに、登場人物の台詞の内容に一貫性があるかどうかや、読者が混乱しないかといった文章表現の評価をしてもらったり、添削してもらったりしたことも明かした。
インタビューのやりとりを聞いていた、同席していた担当の編集者が、思わず「もう1人の編集者かな」とつぶやくと、九段さんは「そうそう、もう1人の編集者という感じはある」と応じていた。
九段理江さん
「登場人物がChatGPTだったり、AIの言語に浸食されていく話ですけれど、それがすごくリアリティーが出せたなという意味で活用していい効果がでたと思ってます」

“軽い言葉”の氾濫による社会の分断

AIの言葉をテーマのひとつにした作品。

作品作りにも生成AIを存分に活用したという九段さんだが、作中では、AIがもたらす負の側面についての危機感を、繰り返し表現している。

例えば、主人公らの生成AIに対する考えを表したシーン。
「いくら学習能力が高かろうと、AIには己の弱さに向き合う強さがない。無傷で言葉を盗むことに慣れきって、その無知を疑いもせず恥もしない。どこの誰がどのような種類の苦痛を味わってきたかについて関心を払わない」

「いかにも世の中の人々の平均的な望みを集約させた、かつ批判を最小限に留める模範的回答」

「他人の言葉を継ぎ継ぎしてつくる文章が何を意味し、誰に伝わっているかも知らないまま、お仕着せの文字をひたすら並べ続けなければいけない人生」
九段さんは、今の社会は、言葉が持つ本来の力を理解しないまま、さまざまな“軽い言葉”が氾濫し、それが偏見を拡大して、社会の分断まで引き起こしているという問題意識があると語った。
九段理江さん
「SNSでもそうですが、自分の考えや感情を精査せずに発することが簡単にできてしまう。“注目”を意識した言葉を無意識に使うことで、分断や誤解を与えていると感じています」

人間の言葉は相手との関係性

そうした社会の状況は、指示文を与えれば言葉を次々と生み出すAIの“軽い言葉”が加速させているのではないか。

そうした中、AIが生成する“言葉”と人間が紡ぎ出す“言葉”の違いは何なのか。

それを九段さんに問うと、明確な答えが返ってきた。
九段理江さん
「現在のところ、AIが発する言葉と人間の発する言葉の違いは、『相手との関係性の中で初めて生まれる言葉があるのが人間』だと思います」
学習データに基づいた出力に頼らざるを得ないAIに対して、人間は「誰と話しているか」によって話し方や選択する言葉も変わり、その場でしか発せられない、唯一無二の言葉が生まれると考えているという。

それは時として、対話相手が求めているものとは違う、“不完全な言葉”かもしれないが、きっと機械よりも“重みのある”言葉だ。

人間の創造性は”偶然”に支えられている

生成AIがなければ生み出されなかったとも言える今回の作品。

創作におけるAIの可能性と、人間の創造性については次のように語った。
九段理江さん
「AIの可能性については、過去の人との対話、まだ生まれていない未来の人との対話などをリアルに想像する手助けになると思う。ですが、人間には、人間しかない独自の創造性があると思う。効率化を目指すAIであればエラーとして切り捨てるであろう“偶然”や“逸脱”を人間は『面白い』と感じたり何かに組み込んでみたりする。それが人間にしかない創造性を生み出してくれる。その日に出会った人から聞いた話や偶然見ていたサイトから発想を得たことを小説に取り入れるなど、今回の作品もさまざまな偶然があって完成した。“偶然”や“逸脱”といったエラーを大事にすべきだと考えています」

AIと人間どう向き合う?「人間側に大きな期待」

では、今後、AIと人間はどう向き合っていけばいいのか。

九段さんは、「人間側の意識や姿勢」が問われているとした上で、AIをうまく活用すれば、人間が今以上に高みに到達できるとも力強く語った。
九段理江さん
「一番問題と考えているのは人間が楽をしたり、怠慢のためにAIを使うこと。そうしてしまうと、人間の意識や認知、社会まで浸食されていく危険性がある。人間は1人では何もできないので、人の、いろんな人の集合知を借りてここまで発展してきた。その集合知の最たるものが人工知能。なので、それをうまく活用することで、自分の能力の限界を超えていくことができる可能性がある。私は、AIよりもむしろ、それを扱う人間に対して大きな期待を持っています」

With AI時代の作家

インタビューの中で、九段さんは、生成AIを使い始めたきっかけについて、「気軽に相談したいと思ったからだ」と教えてくれた。

去年6月、落ち込んでいた時に、「何を見ても退屈です。原因は自分ですか?」と、相談をしたのが最初の会話だったという。
そして、インタビュー中にも、突然、手元のパソコンで生成AIに、「いま、NHKのカメラマンに撮影されていますがどう振る舞えばいいですか」などという質問を始め、スタッフ一同を、笑わせる一幕もあった。
茶目っ気のあるユーモアあふれる振る舞いに、新しい時代の作家の登場に出会ったという印象とともに、今後、私たち人間がAIという新しいデジタル知性とともにどう歩んでゆけばいいのか。

そのヒントを頂いたような気がした。

(1月27日 「サタデーウオッチ9」で放送)
科学文化部記者
島田尚朗
2010年入局
広島・静岡・福岡局を経て現所属
現在はIT班でAIやメタバースなどのデジタル分野を担当