10万頭の犬が行き場を失う?手放される“繁殖引退犬”

10万頭の犬が行き場を失う?手放される“繁殖引退犬”
「ワンワン!」「キャンキャン!」
たくさんのケージの中から、大小さまざまな種類の犬がこちらを見つめる。

ここはペットショップ??
いいえ、ここは犬を保護するシェルターです。

保護されているといっても、野犬や飼育放棄された犬ではありません。ペットショップなどで販売される子犬たちを産むために飼育されていた「繁殖引退犬」。ブリーダーのもとで子犬を産み、その役目を終えて手放された犬たちです。

その数は10万頭にのぼるとの試算も。ペット業界を巡って異常事態が起きています。(おはよう日本ディレクター 村田裕史、竹内春佳)

ブリーダー1人あたり15頭まで

「泣く泣く、泣く泣く手放しました。今年はもう本当に赤字です」

そう話すのは、20年以上にわたって犬のブリーダーをしている女性です。
去年までの数年はコロナ禍でペットを飼う人が増え、子犬の価格が高騰。しかし、外出自粛が解けて人々が元の生活に戻るにつれ、犬の値段も一気に下がったと話します。

さらに物価の高騰でエサ代や光熱費も上がり、経営が苦しくなっています。
経営難に拍車をかけているのが、2019年の動物愛護管理法の改正です。それに伴い、環境省は細かい数値基準を定めました。

ブリーダーが飼育できる繁殖犬の数は、スタッフ1人あたり15頭までに制限(猫は25頭まで)。さらに出産の回数は6回まで、交配時の年齢も原則6歳以下となりました。
ブリーダーの女性もかつては150頭ほどを飼育していましたが、今はスタッフを含む6人で飼育できる繁殖犬は90頭以下。

しかも以前であればまだ繁殖犬だった犬が、数値規制によって引退させなければならなくなり、“繁殖引退犬”として手元にどんどん増えていく事態に……。

女性は去年初めて、繁殖引退犬を保護するシェルターに20頭を手放しました。
ブリーダーの女性
「繁殖の期間を終えた犬にも、エサ代やケージ、光熱費がかかります。これまでは子犬を産んだあとも、最後まで面倒を見てきましたが、飼育できる頭数に制限ができてしまうと手放さざるを得なくなりました。ワンちゃんたちには申し訳ないんだけど……自分たちの生活を考えると、出さなきゃダメなのかなって」

法改正の目的 悪質ブリーダーの排除

法律が改正された主な目的は、悪質なブリーダーを排除することです。

これまで狭いケージに犬を閉じ込めて十分な世話をせず、劣悪な環境で繁殖を行う事業者が相次いで摘発されてきました。
3年前には長野県松本市のペット販売業者が、450頭もの犬を衛生環境の悪いケージで飼育していたことが明らかになりました。食事も十分に与えられていませんでした。

しかも、麻酔をせずに犬に帝王切開を行っていたという疑いもあり、悪質なブリーダーへの批判の声があがりました。

山奥に捨てられた?柴犬たち

経営悪化などさまざまな理由でブリーダーから手放され、行き場を失う繁殖引退犬。取材を進めると、山に捨てられたとみられるケースもありました。

私たちに情報を寄せてくれた、山本千晴さんです。高知県と徳島県の県境、人里離れた山奥で17頭の柴犬を保護しました。
年齢は推定4~6歳で、雑種ではなく純血の柴犬ばかり。

誰がどんな理由で捨てたのか詳しいことはわかっていませんが、この10年、野犬の保護活動などをしてきた山本さんにとっても、柴犬ばかりが同じ場所で繰り返し見つかる事態に驚いたといいます。
山本千晴さん
「山の中を車で走っていたら、痩せた柴犬が歩いてて、おやつを見せたら寄ってきたんです。柴犬で同じくらいの5歳前後の子が何頭もいることが、自然としてありえないと思いました。(成犬が)1匹と子犬が産まれているとしたら野生で繁殖したのかなって思いますが……。動物病院の先生に診てもらったら、出産経験がありそうだってことでした。保護したあと、SNSで呼びかけたらすぐに里親が見つかって引き取られていきましたけど、ひどいことだと思います」

こうなることは想定できた

数値規制が一つの要因となり、大量に繁殖引退犬が手放される状況をどう考えればいいのでしょうか。実は国が数値規制を決めたときから、こうした事態は想定できたと専門家は指摘します。
佐伯潤教授
「ペットショップで子犬が“販売”されている以上、その子犬の親たちが必ず存在します。ブリーダーが飼う頭数に制限がかかれば、引退犬があふれるというのはわかっていたこと。あふれることを見越して、数値規制にも2年間の段階的な猶予期間がありました。私はペット業界の努力不足が、今の状況をつくってしまったと考えています。繁殖引退犬の受け皿になっている動物愛護団体やシェルター頼みですし、譲渡が進まなければそこが多頭飼育になってしまいます」
そもそもブリーダーなどの繁殖業者は、繁殖犬が役割を終えた後も飼育を続け、最期まで面倒をみる「終生飼養」が原則、求められています。

ただ、数値規制が設定される中で、例外的に業者が「繁殖引退犬」を譲渡することを認める文言が追加されました。
法律の改正によって、繁殖引退犬のその後の生活を見越した形で飼育することが、ブリーダーに求められると佐伯教授は指摘します。
「今、多くの繁殖犬はケージの中で飼育され、首輪をつけて散歩をしたこともありません。数値規制によって、早い段階で譲渡していく犬が増えるのであれば、ゆくゆくは譲渡などで一般の人たちが飼育できるように、散歩やトイレなどの訓練をする必要があります。6歳で繁殖犬としての役目を終えたあと、残りの人生のほうが長いわけですから」

広がる“譲渡”の陰でトラブルも……

こうした中、繁殖引退犬を一般の人に引き取ってもらう「譲渡会」が、全国各地で行われています。

しかし、その“譲渡”を巡って、トラブルを訴える声が出てきています。今回、NHKスクープリンクにはさまざまな情報が寄せられました。
そのひとり、繁殖引退犬のチワワを引き取ったchocoさんです。下の歯がないことに気付いて獣医にみてもらったところ、あごの骨が溶けてなくなっていることがわかりました。
歯周病が放置されたことが影響したとみられています。

さらに保護団体との間で、金銭的なトラブルが起きている例も……。

7歳の柴犬をある保護団体から“譲渡”という形で引き取った岡村さん(仮名)。引き渡しのときに12万円以上を支払うことになったといいます。その際、毎月の3000円の寄付金を求められた上、指定のドッグフードの定期購入も勧められました。

岡村さんは「譲渡といいながら、ブリーダーから引き取った犬を横流しして金を儲ける“保護ビジネス”ではないか」と疑問をもったといいます。

譲渡を巡る際の金銭トラブルは、他にも寄せられています。

NHKでは、保護した繁殖引退犬を譲渡している団体に、寄せられた声についてどう受け止めているのか聞いたところ、次のように答えました。

「寄付金は任意でお願いしているが、犬の食費や光熱費などがかかるため、一定額の負担には理解を求めたい。フードや保険については、苦情対応窓口を設置して改善を進めていく。犬の譲渡で幸せな人が増えるよう取り組みを続けたい」

ペットを“買う”場所で、繁殖引退犬を知ってもらう

こうした中、ペット業界でも繁殖引退犬の存在を一般の人に知ってもらおうという模索が始まっています。

茨城県阿見町の大型ホームセンターに去年オープンしたペットショップ。子犬の横にいるのは繁殖引退犬です。
ペットを購入する際に選択肢の一つにしてもらいたいというのです。価格は10万円ほどで、子犬に比べて半値から3分の1程度です。

ペットショップでは、繁殖引退犬の健康状態やワクチンの接種状況、さらに年齢による病気のリスクなどを丁寧に説明することを心がけています。
株式会社AHB取締役 長谷川龍太さん
「いままでペットショップでは子犬、子猫だけの取り扱いでしたので初めてのチャレンジになります。避妊手術の費用やワクチン代などを差し引くと繁殖引退犬による店の利益はありませんが、ペットの社会課題として一般の人に理解してもらいながら、この試みを進めていきたい」
実際にこの店舗で「繁殖引退犬」を引き取った家族にも話をききました。
妹尾充浩さん家族は、ペットを購入するなら子犬がいいと考えていましたが、この店で「繁殖引退犬」の存在を知り、気持ちに変化があったといいます。

家族に迎え入れた4歳のメスのフレンチブルドッグ。いまは、ふたりの息子たちのよい遊び相手になっていると話します。
妹尾充浩さん
「こういう出会いが私たち家族にもあったので、より多くの繁殖引退犬が産むだけ産んでお疲れさまでしたというより、がんばったねと温かく迎え入れてくれる家があったほうが、幸せなんじゃないかなと思います」

取り引きされる子犬 その陰で…

私たちは今回の取材のなかで、子犬のオークション会場にも足を運びました。生まれて2か月が過ぎたばかりの子犬が次々とモニターに映し出され、落札されていきます。
週に一度開かれるオークションでは、およそ1000匹が取り引きされるといいます。

確かにかわいらしい子犬たち。その一方で、繁殖引退犬が直面する状況に思いを巡らせた時、心が締めつけられました。

ペットショップで見かける子犬たちがどのような環境で繁殖されたものなのか、母犬たちのその後の命はどうなるのか、私たちが考えを巡らせ、知ろうとすることで変えていく問題なのかもしれません。

(2月5日「クローズアップ現代」で放送)
おはよう日本ディレクター
村田裕史
2011年入局
子どもに「犬が欲しい」と言われたことが取材のきっかけ
おはよう日本ディレクター
竹内春佳
2023年入局
取材を終えて、これからはかわいい子犬を産む繁殖犬に想像力を働かせたい