エルサルバドル 現職大統領の再選が確実視 ギャング対策を徹底

中米のエルサルバドルでは今月4日、大統領選挙が行われる予定で、現職のナジブ・ブケレ大統領の再選が確実視されています。
憲法を制限した強権的なギャング対策で国の治安を劇的に改善させたブケレ大統領の再選は、暴力のまん延が深刻な中南米のほかの国々の治安対策にも影響を及ぼす可能性があります。

中米のエルサルバドルでは今月4日に大統領選挙が予定されていて、6人の候補が立候補しています。

各社の世論調査によりますと、中道右派の政党、新思想党の創設者で、現職のナジブ・ブケレ大統領が8割から9割の支持を得ていて、再選が確実視されています。

圧倒的な支持の背景には、ブケレ氏が憲法で保障された権利を一時的に制限するなどして、徹底的にギャングの取締りを行い、国の治安を劇的に改善させたことがあります。

ただ、憲法を制限してまで強権的に治安対策を進めるブケレ氏の政治手法は国際社会や人権団体から批判されています。

ブケレ大統領の強権的な治安対策は暴力のまん延に苦しむ中南米のほかの国々から注目されていて、再選はこうした国々の政策にも影響を及ぼす可能性があります。

エルサルバドル大統領選挙は4日に投票が行われ、即日開票されます。

もとは実業家 ブケレ大統領とは

ナジブ・ブケレ大統領は42歳。

もとは実業家で、エルサルバドルの首都サンサルバドル市長などを経て2019年の大統領選挙で当選しました。

さまざまなSNSを駆使してみずから情報発信を積極的に行い、就任した年の国連総会では壇上でスマホを取り出し、自撮りをしたことが話題になりました。

2021年には国の法定通貨として、アメリカドルとともに暗号資産のビットコインを世界で初めて導入し、注目されました。

中南米への影響強める中国との関係は

中国が中南米への影響力を強める中、エルサルバドルはブケレ大統領が就任する前の年の2018年に台湾と断交し、中国と外交関係を結びました。

ブケレ大統領も就任後、中国を訪問し、巨大なスタジアムの建設や上水道システムの改善など、総額5億ドル、日本円にしておよそ740億円にのぼる無償援助プロジェクトの合意をとりつけました。

去年にはそのひとつである国立図書館が首都サンサルバドル中心部の広場に完成し、近未来的な建物の前にはエルサルバドルの旗とともに中国の旗も掲げられていました。

ただ、エルサルバドルの移民が多く暮らすアメリカと歴史的に関係が深いため、中国に強く傾倒はせず、アメリカに配慮したバランス外交をとっているとみられます。

一方、日本との関係では、ブケレ大統領は日本のオートバイメーカーの輸入販売店の社長を務めていたことがあり、就任後の中国訪問に先立って初めて訪問したアジアの国は日本でした。

ギャング掃討作戦の現場にNHK取材班が同行

NHKの取材班は今月1日、エルサルバドルの警察によるギャング掃討作戦の同行取材を行いました。

掃討作戦は国の2大ギャングのひとつ「マラ・サルバトルチャ」が支配する首都サンサルバドルのスラム街で、特殊部隊の隊員などおよそ50人が参加して行われました。

自動小銃とライフルで武装した警察官たちはスラム街の細い路地に入って家を一軒一軒回り、住民のIDカードをスマートフォンの特別なアプリで読み込んで、捜査対象になっている人物が潜伏していないか調べていきました。

この日はアプリを使った照合作業の結果、未成年への性的虐待の疑いで逮捕状が出ている人物が見つかるなど2人が警察に連行されましたが、ギャングとの関わりが確認されたケースはありませんでした。

約7万5000人を拘束 みずからを「世界一クールな独裁者」

最も成果を上げているのが治安対策です。

2019年6月に「犯罪地域コントロール計画」を打ち出し、警察と軍の装備を強化してギャングの取締りを進めました。

2022年3月に、取締りに反発したギャング側が1日に62人を殺害すると、議会に要請し、憲法で保障された一部の権利を制限する「例外措置体制」を発動しました。

「例外措置体制」のもとでは、逮捕状なしでギャングのメンバーを大量拘束でき、これまでに人口の1%を超えるおよそ7万5000人が拘束されたとされています。

ブケレ大統領は拘束した大量のギャングのメンバーを収容するために4万人を収監できる刑務所を新たに建設し、ギャングのメンバーを厳しい監視下に置きました。

エルサルバドルは長年、「世界一治安の悪い国」とされてきましたが、こうした治安対策で人口10万人あたりの殺人事件の件数はブケレ大統領が就任する前の2018年に世界最悪の51人だったのが、2023年には2.4人にまで減少し、アメリカ大陸ではカナダに次ぐ2番目の低さにまで治安が改善しました。

ブケレ大統領の治安対策は人権を侵害しているうえ、刑務所では拷問も行われているなどとして、国際社会や人権団体から批判の対象となっていますが、治安の悪化に直面している中南米のほかの国々からはモデルケースとして注目されています。

批判に対し、ブケレ大統領は自らの実績を強調し、一時はX、旧ツイッターのプロフィール欄にみずからを「世界一クールな独裁者」と書き込んでいました。

強権的な手法による大量拘束 えん罪訴える人も

ブケレ大統領が強権的な手法でギャングのメンバーの大量拘束を進めるなか、えん罪を訴える人も少なくありません。

首都サンサルバドル郊外のギャングに支配されていた地域に住むレイナルド・サントスさんはおととし12月、21歳の息子ヨナタンさんが逮捕状を示されないまま身柄を拘束されました。

サントスさんによりますと、その後、息子がギャングのメンバーとの関わりを疑われたことを知ったものの、ヨナタンさんの持ち物やノートなどからはギャングとの関わりは一切見つからなかったということです。

サントスさんは「危険な地域に住んでいるからといって、誰もがギャンググループとつながりを持っているわけではありません。息子はただのサッカーに夢中な青年です。私たちは確かに国が暴力の応酬を乗り越えることを望んでいます。しかし、人権侵害のもとで行われるべきではありません」と話していました。

サントスさんのように、家族が拘束された人たちを支援する市民団体のイングリッド・エスコバル代表は「ブケレ政権が憲法を制限し、治安対策を進めていますが、民主主義と人権の侵害という高い代償を伴っています。こうした措置は人々の恐怖の心理につけ込んでいます。人々はブケレ大統領がいなくなれば犯罪者が再び町にのさばることになると恐怖をいだき、疑わなくなっているのです」と話していました。

「過去いちばんの大統領」との声も

首都サンサルバドルでは治安が悪かった地域の団地の壁面などにブケレ大統領の顔が大きく描かれていました。

この地区に住むタクシー運転手の男性は「ギャングの支配地域では10ドルの料金のうち5ドルはみかじめ料としてとられていました。政府のおかげでもうこうしたことはありません。ブケレ大統領が国の自由のために戦ってくれたおかげです」と話していました。

路上で古着を販売する男性は「住民は自由に出歩くことができるようになりました。夜も危険を感じることなく、心穏やかに歩けます。ブケレ大統領は過去いちばんの大統領です」と話していました。

さらに、別の女性は「私はいま44歳ですが、100歳になるまでブケレ大統領に投票し続けます。誰もがブケレ大統領が長く大統領にとどまることを望んでいます」と話していました。