変わる防衛産業 「防衛」と「企業」の関係は

変わる防衛産業 「防衛」と「企業」の関係は
政府が戦後の安全保障政策を大きく転換してから1年あまり。防衛費をそれまでの1.6倍にあたる「5年間で43兆円」に増額し、防衛力の抜本的強化を進めている。

これを好機ととらえているのが装備品の生産を担う「防衛産業」。政府も防衛分野への新規参入を積極的に促し、実際に検討する企業も見られる。

いま大きく変化しようとしている「防衛」と「企業」の関係。その現場を取材した。

(経済部記者 小尾洋貴/政経・国際番組部ディレクター 平尾崇、水谷宣道、野田淳平)

防衛事業の強化に動く大手企業

防衛産業の一角を担う大手電機メーカー「三菱電機」。
ミサイルを探知するレーダーなどの装備品を製造している。

政府の防衛力強化の方針を受けて会社はこの分野に関わる組織の見直しを進めている。

去年5月には、防衛事業に重点的に経営資源を投入する方針を発表。

防衛・宇宙部門の人員を1000人程度増やし、700億円の設備投資を実施する計画を打ち出した。

人員の増強にあたっては、幅広い業界から人材を募集するとともに、社内のほかの部署からの配置も進めている。

人材育成にも急ピッチで取り組んでいる。

去年12月、防衛関連の営業を担当する社員向けに行われた研修を取材した。
社員の中には防衛省から転職してきた人も。

装備品の海外移転がなぜこれまで進まなかったのか、その背景について講師役が詳しく説明していた点が印象的だった。

この会社では、防衛装備品の生産体制を強化し、自衛隊向けだけでなく海外向けの生産にも力を入れている。

今回、事業拡大の中核を担う兵庫県の尼崎市の工場を取材することができた。
ここで製造しているのは、航空機やミサイルなどの動きを監視するレーダー。

50年余りにわたって航空自衛隊に納入してきた会社の主力製品だ。

このレーダーについて、会社は今の防衛装備品の移転ルールに基づいて、完成品として初めてフィリピンに輸出。

去年10月、軍での運用が始まった。
尼崎市の工場では現在、フィリピンに輸出する3基目のレーダーを製造している。

今後製造する4基目も含めると販売総額は100億円を超えるという。

会社はアジアのほかの国に対しても売り込みをはかる計画だ。

原材料価格の高騰などで製造コストが膨らむ中、会社にとっての今後の課題は持続的に利益を確保できるかという点だ。

そしてそのための生産体制やサプライチェーン=供給網を構築できるかどうかということもポイントとなる。

当面は防衛事業の基盤を固めることを優先する方針だが、将来は成長が見込める分野を見極めて収益力を高めたいと考えている。
防衛システム事業部 洗井昌彦事業部長
「政府は防衛力を強化するため5年間で43兆円を投じるが、この期間に生産基盤をしっかり整えたい。そして次の5年間はビジネスをどのように開拓するのかを考える時期だと思っている。極めて重要な10年間になる」
このほかの大手企業の間でも防衛事業を強化する動きが相次いでいる。

三菱重工業は去年11月、売上高を3年後に1兆円程度に倍増させる計画を明らかにし、防衛部門の従業員を今のおよそ6000人から3割程度増やす方針を示した。

IHIもことし3月までに、「航空・宇宙・防衛」部門で新たに100人の経験者を採用する計画を発表。

2025年度までに防衛部門だけで300人を増員する方針だ。

「新規参入」を促す政府

一方、自衛隊の装備品の調達などを行う防衛装備庁は、去年10月、大阪で、「防衛産業参入促進展」というイベントを開催。
中小企業などに防衛産業への参入を促し、これまで防衛事業と関わりがなかった民間企業との接点をつくろうとしている。
防衛装備庁 装備政策課 伊藤和己課長
「情報通信やAIなどの進んだ民生技術を、どうやって防衛事業に取り込むかをめぐって各国の競争が激しくなっている。これまで防衛産業に入っていなかった企業の優れた技術を取り込むことで技術力の向上やサプライチェーンの強じん化につながると考えている」
「防衛産業参入促進展」には、ロボットを製造するスタートアップ企業や金属加工を行う町工場など40社が参加。
参加企業からは、「防衛に関して予算が広がっている。非常にビジネスチャンスがあると感じている」(デジタルコンテンツ制作)「防衛できちんと使われることで、われわれの技術がいろいろなところで転用できる」(ロボット製造)といった声があがっていた。

参入目指すも…

このイベントに参加した大阪の金属加工会社を取材した。
従業員は25人。

鉛を使った板やおもりなどを製造しているが、海外との競争が激しくなり、売り上げは15年前の半分ほどに落ち込んだという。

池上正秋社長は「従業員も半減し、会社はもつのかという悲壮感が漂っていた」と話した。

そうした中、取り引きがある銀行の勧めでイベントに参加した。

金属加工の技術を生かすことで防衛事業に参入できないか検討している。
しかし役員を務める妻の公子さんは製品が戦場で使われるのではないかと懸念している。
三光金属 池上公子常務
「いざ戦場にそれが使われるとなれば嫌だ。あかんとかじゃなくて、嫌だなという気持ち。それがいざ戦争にと言われたときに、うーんと思うし」
今後、社内で意見を出し合いながら、防衛産業への関わり方を模索していくつもりだという。
三光金属 池上正秋社長
「防衛予算の増強の話があるということは、私たちができる作業も中にはあるのではないか。安定した発注先である可能性があるし、会社のベーシックな収益源として、なにか私たちに携われるものがないかを検討していきたい」

防衛産業の今後は

防衛産業に関わることで企業の信用やイメージが損なわれるのではないか。

こうした「レピュテーションリスク」への懸念は根強い。

また、防衛産業をめぐっては、取引相手が自衛隊にほぼ限られ、利益が十分に確保できないとして事業から撤退する企業も相次いでいる。

防衛産業はすそ野が広い産業で、企業が撤退してサプライチェーン=供給網が維持できなければ、その影響が多くの企業に及ぶおそれもある。

さらに、政府・与党が海外への輸出を促進する動きを進めているのに対し、野党の間から「平和国家」としての歩みを覆すものだと反対する声もある。

政府として、そうした声にどう向き合っていくのかも問われることとなる。

(2023年12月12日 「おはよう日本」で放送)
経済部記者
小尾洋貴
2016年入局
岐阜局、静岡局を経て今夏から現所属
政経・国際番組部ディレクター
平尾崇
2016年入局
沖縄局を経て現所属
外交・安全保障政策など取材
政経・国際番組部ディレクター
水谷宣道
2004年入局
報道局、名古屋局、仙台局、高松局で勤務
政経・国際番組部ディレクター
野田淳平
2007年入局
沖縄局、大阪局などを経て、現在は「国際報道2024」などを担当