「刑事・片桐優一」を名乗る男――スマホ特殊詐欺の最新手口

「刑事・片桐優一」を名乗る男――スマホ特殊詐欺の最新手口
特殊詐欺の“入り口”といえば固定電話。狙われるのは高齢者や資産家――そう思いがちですが、今、スマートフォンを使った新たな特殊詐欺が相次いでいます。

被害に遭いそうになった愛知県在住の30代の男性の話から、その巧妙な手口に迫ります。

(NHK名古屋局記者 佐々木萌・豊嶋真太郎)

きっかけはスマホ

2023年秋、愛知県内に住む会社員・東さん(30代・仮名)のスマートフォンに1本の電話がかかってきました。
相手は「総務省のヤマカワ・ツヨシ」と名乗り、突然、次のような話をします。
総務省のヤマカワ
「あなたの名義で北海道札幌市豊平区○―○―○(実在の住所)で契約された携帯が、投資詐欺や架空請求に使われています。身に覚えがないのであれば、2時間以内に豊平警察署に連絡して被害届を出してください。今から警察に電話を転送します」
当時、仕事でも家庭でも解決しなければならない問題を抱え、気持ちに余裕がなかったという東さん。身に覚えのない話でしたが、だからこそ「さっさと片づけたい」と考え、そのまま通話を続けました。

「刑事・片桐優一」

転送された電話に出たのは、「北海道警豊平警察署の刑事・片桐優一」と名乗る人物でした。

穏やかな口調と警察官という肩書きに、少しほっとしたという東さん。ついつい、頼る気持ちが芽生えてしまったといいます。
その「片桐刑事」から、2時間以内に豊平警察署に来て被害届を出すよう求められます。東さんは遠方に住んでいるため行けないと伝えましたが、「片桐刑事」は在宅でも被害届が出せると説明したそうです。
片桐刑事
「では『在宅調書』をとります。録音するので静かな空間へ行って下さい」
東さんは誰もいない社内の部屋へ移動し、言われるまま、氏名、生年月日、住所を伝えました。

自分名義の携帯電話が悪用されていることについて身に覚えがないと訴えると、「片桐刑事」からは、さらに別の疑いがかけられていることを伝えられます。
片桐刑事
「警察のデータベースであなたの名前を検索したところ、特殊犯罪の重要参考人になっています。この犯罪は、○○銀行○○支店(実在)の支店長が主犯格のグループが起こしたもので、被害額は300億円にのぼります。グループは逮捕され、押収品の中にあなた名義のキャッシュカードがあり、主犯格は『あなたのキャッシュカードを購入し、1億5000万円の10%をキャッシュバックした』と供述しています。キャッシュカードを売っていませんか?」

やりとりはLINEに

「片桐刑事」は今後の捜査を進めるにあたって、通信アプリ「LINE」でやりとりしたいと言ってきました。

日頃からLINEを利用する東さんは、違和感なく応じました。その後、LINEのメッセージと通話機能でやりとりが続いていきます。
「片桐刑事」から、重大事件なのでこの話を誰にも言わないよう求められ、「守秘義務契約書」なる書類のデータが送られてきました。

書類には、捜査が終了するまで口外しないことなどが記載され、幹部の決裁印らしき印も押されていました。インターネットで印鑑の名前を調べると、実在の人物と一致し、東さんはさらに信じ込んでしまいます。
続いて送られてきたのが、「特殊犯罪の犯罪者リスト」です。60人の顔写真が番号とともに載っていました。

「片桐刑事」から、見覚えのある人はいないかとたずねられます。東さんは「いない」と答えますが、信用してもらえません。
繰り返し問い詰められ、犯人扱いもされた東さん。「守秘義務契約」もあり、誰にも相談できず、精神的に追い込まれていったといいます。

「逮捕状を出します」

さらに「片桐刑事」から、犯罪グループからのキャッシュバックがないか確認するためだとして、銀行口座、株式、不動産などの資産リストを送るよう求められました。
株式は伝えたものの、銀行口座をLINEで教えることに抵抗があった東さん。そこで、北海道への航空券を予約した上で、直接会って話したいと「片桐刑事」に伝えます。

すると、相手の態度が一変します。
片桐刑事
「あなたをはじめ、事件の関係者と守秘義務契約を結びましたが、数人が契約を破ったため、全員一斉に逮捕状を出します」
「片桐刑事」はこう脅しながら、資産リストを提出すれば逮捕は免れると揺さぶりをかけてきました。
「『資産リスト』を送れば、捜査に協力的で逃亡のおそれがないとして、口座の凍結や勾留されることなく捜査を進める『優先捜査』を適用することができます」
東さんは「逮捕されたら、家族や会社に迷惑がかかってしまう」「今、口座情報を言ってしまった方が穏便に済むのではないか」と思うようになり、とうとう銀行口座の情報と預金残額を伝えてしまいました。
心労から、体重が5キロほど落ちた東さん。これまで誰にも相談できませんでしたが、見かねた上司から声をかけられたのをきっかけに、すべてを打ち明けました。「片桐刑事」とやりとりを始めて1週間がたっていました。

片桐刑事なんていない!?

上司と一緒に相談に行った弁護士らに詐欺だと指摘され、ようやく東さんは「だまされていた」と気付きました。

相手に口座情報は伝えてしまったものの、暗証番号などは教えなかったため、すんでのところで被害を免れました。

東さんは、「片桐刑事」に「海外出張のためしばらく連絡が取れなくなる」と説明。LINEのアカウントをすべてブロックし、関係を絶ちました。
その後、東さんの上司が、「片桐刑事」が実在するのか豊平警察署に問い合わせてみると……。
対応した警察官
「またですか。豊平署には刑事の片桐はいません。詐欺です。だまされています」

なぜ気付けなかったか

今回の「片桐刑事」の話を信じ込んでしまった東さん。疑いを抱かせないための巧妙さが、いくつもあったと振り返ります。
東さん
「社会的信用がある公的機関を利用してくるのが巧妙だなと思う。今回は、相手が警察を名乗っていたので、警察に相談するとよけいややこしくなるのではないかと思いました。日頃使い慣れていない法律の言葉で、相手をうまく洗脳するところも巧妙だと思います。だまされないという自信もどこかには持っていたので、それが悪さをしたのかもしれない」
そして、誰にも相談できないように口止めした上で、長期にわたって精神的に追い詰める卑劣な手口に、悔しさが込み上げてくるといいます。
「まわりに相談できなかったのは、守秘義務契約を守らなければならないことが6割、7割。残り3割くらいは自分自身の信用問題もあるし、家族とか身内、友達を巻き込みたくないというのがある。自分自身の中では情けなさが大きいし、悔しさもあります」

同様の手口 全国で相次ぐ

豊平署員が「またですか」と話したように、最近スマホを狙った詐欺が相次いでいます。

警察庁の2023年1月から11月末までのまとめによると、犯人からの最初の接触で携帯電話が狙われたのは、全国で1160件にのぼります。
東さんが住む愛知県では、2023年10月にはじめて、電話からLINEなどの通信アプリに誘導する手口の詐欺被害が確認されました。

愛知県警によると、それから3か月のあいだで11人が被害に遭い、あわせて1億7000万円余りをだまし取られました。
それぞれの手口を詳しく見ると、東さんと同じように北海道警の警察官をかたる人物から「詐欺グループを捕まえたら、あなたの通帳が出てきた」と告げられたり、検察官をかたる人物から「逮捕されない“優先調査”の対象になるには“保釈証明金”が必要だ」と追い詰められた上で、甘いことばをかけられたりしたものもありました。

警察官をかたる人物が、相手を信じ込ませるために、警察手帳の写真をLINEで送りつけてくるケースもあったといいます。

被害者は10代から80代まで幅広い世代にわたり、これまで主なターゲットにされてきた高齢者にかぎらず、LINEなども活用して若い世代からお金をだまし取っているのが特徴です。
特殊詐欺の対策や捜査に携わる警察官は、「今も固定電話を狙った特殊詐欺が主流なのは変わらないが、固定電話を持つ人が少なくなる中、スマートフォンを新たなターゲットに据えているのかもしれない」とした上で、「電話での会話に、LINEを通じたもっともらしいデータのやり取りが加わることで、本物の警察官だと信じ込ませるだめ押しの効果が考えられる」と分析します。

だまされないためのポイントは?

今回のケースでだまされないようにするには、どうしたらよかったでしょうか。いくつかポイントがあります。
▼ポイント1 知らない番号の電話には出ない! 特に海外の番号に注意
最初の総務省職員を名乗る人物からの電話。東さんは番号を確認せず、とっさに電話に出てしまったといいますが、あとで確認すると、実はアメリカの国番号「+1」から始まる番号でした。警察の捜査を免れるため、海外の国番号から始まる番号で電話するのは、詐欺グループがよく使う手口です。電話に出る前に必ず番号を確認し、身に覚えのない番号だったら出ないようにしてください。

▼ポイント2 実在する機関に直接確認する!
詐欺グループは、まるで公務員やセールスマンのような丁寧な口調で私たちをだましにかかります。たとえ相手が警察や行政を名乗っていても、電話では真偽を判断せず、実在する機関に、一度自分で直接、問い合わせることが大事です。

▼ポイント3 警察は捜査情報をSNSで伝えることは絶対ない!
本物の警察官にとって捜査情報は命です。捜査に関わる資料をLINEなどのSNSで送ったり、捜査を進めている相手に「逮捕状が出ています」と伝えたりすることは絶対にありません。

▼ポイント4 不審に思うこと、個人情報やお金の話が出たらすぐに相談!
電話やSNSでのやりとりで、「個人情報」や「お金」が絡む話になったら詐欺を疑い、警察や自治体、身近な人にすぐに相談してください。

手口を知っておくことが必要

特殊詐欺は、多くの人がスマホを持っているいま、誰もが狙われる可能性があるうえ、簡単には見破れないほど巧妙化していることを痛感します。

被害防止の第一歩として、ひと事ではないという自覚を持つこと、こうした手口をあらかじめ知っておくことが必要ではないでしょうか。

(2月2日「まるっと!」で放送予定)
名古屋放送局記者
佐々木萌
2019年入局
愛知県警担当を経て、2022年から県政を担当


名古屋放送局記者
豊嶋真太郎
2019年入局
横浜局、小田原支局を経て、2022年8月から名古屋局
名古屋市政担当を経て、現在は事件・事故を取材している