ビジネス特集

なぜ、船は巨大化しているのか

「とんでもないものが造られている」

愛媛県西条市で地元の人たちが口にしていた巨大な船が、2023年末、世界に向けて出航しました。25階建てのビルに相当する高さで全長は400メートル、積めるコンテナの数は2万4000個。世界最大級の「メガコンテナ船」です。

ここまで巨大な船を建造した背景には海事産業での世界の潮流、そして日本企業の危機感があります。

(松山放送局今治支局記者 木村京)

戦艦大和より巨大

愛媛県西条市の造船所に停泊していた濃いピンク色のコンテナ船。

ひときわ目立つのは見た目だけが理由ではありません。

目の前に立つと、もはやそびえたつ壁。
船には階段でのぼる
船底から最も高い部分までは25階建てのビルに相当する70メートル余り、のぼっていくと思わず足がすくみました。

船員たちの船内移動はエレベーターだといいます。

全長はおよそ400メートル。

「戦艦大和」は260メートルほどです。

あまりの大きさに地元では「とんでもないものが造られている」と話題になっていました。

世界最大級 帰国することのない航海へ

船の積載容量は、20フィートのコンテナ(20フィート=約2.4m×約6m×約2.5m)で実に最大2万4000個。
(※コンテナに荷物が入った状態で実際に積載できるのはこれより少ない)

これまでの最大積載数は2万個余りなのでまさに世界最大級。
2万4000個のコンテナを積載可能
世界にある港に入港できる最大のサイズとなっています。

日本には入れる港がないため、出航するともう帰国することはありません。
瀬戸内海の来島海峡を通過する際は大量の海水(バラスト水)を入れて、海面から船底までの深さ「喫水」を下げたうえで船最上部のレーダーマストを折り畳まないと、しまなみ海道の橋に引っ掛かって通れないほど、ぎりぎりの計算で設計されているのです。

異例の“オールジャパン”で建造

この巨大コンテナ船、あわせて6隻の同型の船が建造されました。

船を発注し所有する「船主」は今治市が本社の国内の造船最大手「今治造船」のグループ会社です。

運航するのは「オーシャン ネットワーク エクスプレス」(ONE)。

日本の海運大手3社が出資して2017年に設立された新しい会社です。

建造は、今治造船と業界2位の「ジャパン マリンユナイテッド」(JMU)、そしてその2社が2021年に共同で設立した会社が担いました。
日本の海事産業のメインプレーヤーがそろい踏みして、いわば“オールジャパン”で造られて運航される船と言えます。

今治造船の檜垣幸人社長は、2023年7月の会見で「業界2位の『ジャパン マリンユナイテッド』と会社を設立したのもこのコンテナ船の事業がきっかけだった。共同設計および受注案件をどんどん増やして日本の造船業界をけん引していきたいと思っている」と述べています。

巨大化は世界の潮流

2008年竣工のコンテナ船の積載量は8100個
国内1位と2位の異例とも言える連携。

その背景には海運業界の世界的な潮流があります。

実は船の巨大化は、今や世界のトレンドです。
今治造船が建造する船の積載量もこの20年で4倍近くになりました。

理由は輸送コストを削減するためのしれつな競争です。

船が大きくなれば一度により多くのコンテナを運ぶことができ、1つ当たりの輸送コストを下げられるからです。

コンテナ船を運航するONEの辻井廣喜マネージング・ダイレクターは次のように指摘します。
ONE 辻井廣喜マネージング・ダイレクター
「大型化しないとコスト競争力の点で劣るので海外の船会社と戦っていけなくなってしまう。(船の大型化を背景に)世界の主要航路で巨大船舶が入れる港が整い始めていることも、今回の発注のタイミングとなった大きな理由の1つです」

迫られる環境対応

巨大化で輸送効率の向上が進められている理由には環境規制への対応もあります。

国連の専門機関、IMO=国際海事機関は2023年7月、2050年ごろまでに世界中を航行する船舶から排出される温室効果ガスを実質ゼロにする目標を採択しました。
IMOによれば、世界の貿易量のおよそ90%が船舶で運ばれ、国際海運による温室効果ガスの排出量は世界全体の3%近くを占めています。

さらに、2024年からはEU=ヨーロッパ連合が設けた、海運業界に対する新たな規制が導入されました。

EU域内に寄港したり停泊したりする船(5000トン以上)には、二酸化炭素の排出量に応じて「排出枠」を購入することが義務づけられることになります。
海運業界の環境規制について
今後、二酸化炭素の排出量を削減しなければ大きな負担となることが予想され、環境規制への対応は世界の造船業、海運業にとって差し迫った課題となっているのです。

かつての造船大国の危機感

そして“オールジャパン”の企業連携が実現した、もう1つの背景が日本企業としての危機感です。

かつて世界1位を誇った日本の造船業ですが、2000年代に入ると、国策としてばく大な資金を投入する中国や韓国に抜かれました。
2022年の商船の建造量世界シェアは17%台で2位の韓国とは10ポイント以上、差が開いています。

そこで巨大船の建造によって日本の造船業、海運業の存在感を世界に示そうというのです。

そのためにも各社の技術力を結集する必要がある、そうした思惑があります。

巨大コンテナ船6隻はその連携の象徴として建造が進められました。

巨大船の建造に携わった今治造船西条工場の東照文工場長は次のように話します。
今治造船西条工場 東照文 工場長
「数年前までは、今回のようなメガコンテナ船を日本で造れなかったのですが、今後は複数のメガコンテナ船を供給できるように頑張って、世界との競争に立ち向かっていきたい。われわれでも本当に大きいなと感じる船でこんな船を造らせてもらえるのは船造りのプロとして誇りに思います」

技術力の結晶

こうして建造されたコンテナ船には日本の高い技術力がちりばめられています。

大きな特徴は水や風の抵抗を減らしていることです。

船の先端は極限までスリムに。
シャープな船首
船体には特殊な塗料が塗られ、水の抵抗を減らします。
(使われた塗料は、20キロ缶で6万2000本)

また、船首、船尾、かじ、エンジンからプロペラへのエネルギーの流れを最適化した設計になっています。
排出するガスを抑えることで、2万4000個分のコンテナを2万個分のエネルギーで運べると言います。

船が大型化すれば消費する重油は増えますが、こうした技術でコンテナ1つ当たりの排出量を抑えるのがねらいです。
ONE 辻井廣喜マネージング・ダイレクター
「この船は性能もいいのでおそらく20年以上走り続ける可能性もあると見ています。20年で世界の状況はいろいろと変わってくると思いますが、この船を走らせることで経済にも環境にも貢献したい」

“オールジャパン”の挑戦の行方は?

名だたる日本企業が結集しての挑戦に造船・海運業界の覚悟が感じられます。

12月23日に最後の1隻「ONE INTELLIGENCE」が旅立ち6隻すべてが航海に就きました。
2万2202個のコンテナを積んだ(1月14日 シンガポール)
そしてことし1月14日には、2万2202個を積んで運航したということで実際に船に積まれたコンテナ数として世界最大の積載量を更新しました。(※取材時点)

しれつなコスト削減競争や環境規制の荒波を乗り越える起爆剤になれるのか。

もう日本には帰ってくることはありませんが、巨大船の航海の行方に日本企業の挑戦の針路がかかっています。
(2023年12月22日 「ひめポン!」で放送)
松山放送局 今治支局記者
木村 京
2020年入局
2022年より今治支局勤務、海事産業やタオル業界など地域経済の取材を担当

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