桐島容疑者とみられる人物 「ウチダヒロシ」名乗り生活か

1970年代に起きた連続企業爆破事件の1つに関わったとして指名手配された「東アジア反日武装戦線」のメンバー、桐島聡容疑者(70)とみられ、神奈川県内の病院に入院している人物は、数十年前から「ウチダヒロシ」という名前で生活をしていたことが捜査関係者への取材で分かりました。この人物は、入院の際にもこの名前を使っていて、警視庁は、DNA鑑定などで確認を急ぐとともに、詳しい生活の実態などを調べています。

昭和49年からよくとしにかけて過激派の「東アジア反日武装戦線」が起こした連続企業爆破事件のうち、昭和50年4月に東京・銀座にあった「韓国産業経済研究所」のビルに爆弾を仕掛けて爆発させた事件に関わったとして、メンバーの桐島聡容疑者が爆発物取締罰則違反の疑いで全国に指名手配されていました。

神奈川県内の病院に入院している人物が桐島容疑者と名乗っていて、警視庁が確認を急いでいますが、この人物は、数十年前から「ウチダヒロシ」という名前で生活をしていたことが捜査関係者への取材で分かりました。

神奈川県藤沢市内の土木関係の会社で、数十年前から住み込みで働いていたということです。

入院の際にもこの名前を使っていましたが、健康保険証などの本人証明書を提示していなかったということです。

その後、「最期は本名で迎えたい」などと話したということで、警視庁は、DNA鑑定などで確認を急ぐとともに、詳しい生活の実態などを調べています。

桐島容疑者と名乗る人物を介抱した近所の人は

現在、桐島容疑者と名乗っている人物が働いていたのは、神奈川県藤沢市にある土木関連の会社です。

この会社の近くに住む男性によりますと、今月、この人物が会社の前の道路でうずくまって動けなくなっているのを見つけ、別の近所の人と一緒に介抱したということです。

そして、会社の敷地内にあるこの人物の住まいまで付き添ったということで、その際に見た部屋の様子について男性は「1階の部屋は6畳くらいの広さで、家具などはなく、衣服などの荷物と2台の石油ストーブのみが置かれていた」と話していました。

このとき、会社の人には「ウチダくん」と呼ばれていたということです。

この人物は、立って歩くのが難しい様子で、部屋に付き添ったおよそ1時間後に救急車で搬送されたということです。

男性によりますと、この人物は身長が160センチくらいで、メガネをかけていたということで、今月に入って初めて会い、道ですれ違った際に2回ほどあいさつを交わしたということです。

この人物が桐島容疑者と名乗っていることを知った男性は「指名手配の写真を見たことはあったが結びつかなかった。写真からかなりやせるとあのくらいになるのかなとも思うが、驚いています」と話していました。