パリオリンピック開幕まできょうで半年 異例の東京大会を経て

パリオリンピックの開幕まで26日で半年です。新型コロナの影響で開催が1年延期され、原則、無観客となった異例の東京大会を経て、スポーツ界は選手の世代交代や強化策の停滞、それにスポンサー離れといった課題に直面していて、自国開催の大会が残したものを半年後のパリ大会での成果につなげられるかが問われることになります。

史上初 3年の間隔で開催されるパリ五輪

パリオリンピックの開会式が行われる7月26日まで、26日で半年です。

100年ぶりにフランスの首都・パリで開催される大会では、32競技の合わせて329種目におよそ1万人の選手が参加する見込みです。

夏のオリンピックとして57年ぶりの自国開催となった前回の東京大会は、新型コロナの影響で、ほとんどの会場で無観客となる異例の形となり、開催が1年延期されたため、パリ大会は史上初めて3年の間隔で開催されるオリンピックとなります。

東京五輪 日本は史上最多58個のメダル獲得

東京大会で日本選手団は金メダル27個を含む史上最多の58個のメダルを獲得するなど成果をあげた一方で、コロナ禍で開催の是非が問われ、スポーツの価値が問われる状況に複雑な心境を抱える選手もいて、スポーツ界にとっては大きな転機となりました。

自国開催の大会を区切りに現役を引退する選手たちも相次いだほか、スポンサー離れや新型コロナの影響によって強化策が停滞している競技もあり、大きな課題に直面しています。

一方で、東京大会のために整備された競技施設を活用した普及策や街づくりなどの動きも広がるなど、残された遺産が未来の可能性につながる兆しも出始めています。

コロナ禍を経て、観客の声援が戻り、スポーツが本来の形を取り戻して開催されるパリ大会で、スポーツ界は自国開催の大会が残したものを成果につなげることができるのか問われることになります。

◆レスリング 須崎優衣「2連覇して皆さんと喜びを」

東京大会が初めてのオリンピック出場となった選手の中には、原則、無観客という異例な形ではなく、観客の前で成果を見せたいと考える選手もいます。

レスリング女子50キロ級の須崎優衣選手は大学4年の22歳でオリンピック初出場を果たした東京大会で、圧倒的な強さを見せて金メダルを獲得しました。開会式では旗手も務め、東京大会の顔とも言えるアスリートの1人でしたが、新型コロナの影響で1年延期され、開催への賛否が分かれるという異例な状況の中で、初めてのオリンピックを迎えました。

須崎選手は「当時はオリンピックが開催されて、試合ができて本当にうれしかったし、金メダルを獲得できて、これ以上の幸せはないと感じていた。ただ、東京オリンピックの決勝戦が終わってすぐに、このすばらしい舞台で金メダルを獲得する瞬間を直接見ていただきたいと思うようになった」と当時の思いを振り返ります。

コロナ禍を経て、スポーツが本来の形を取り戻す中で開催される、次のパリ大会では、より多くの人に金メダル獲得の瞬間を見てもらいたいと考えています。

去年9月、セルビアで開催された世界選手権で優勝し、パリオリンピックの代表に内定した須崎選手は、家族や所属先の人たちが会場で声援を送ってくれたことを踏まえ「私は応援が力に変わるタイプなので、世界の方たちが応援してくれてすごく力になって本当に頑張れた。有観客となるパリオリンピックが楽しみになった」と話していました。

日本のレスリング界では、ただ1人連覇がかかるパリ大会に向けては「私にしかできないことだし、私だからこそ目指せることなので、絶対にオリンピック2連覇して皆さんと喜びを分かち合いたい」と観客の声援の中で初めて迎えるオリンピックへの思いを語りました。

◆カヌー 羽根田卓也「本来のスポーツの姿を皆さんに届けたい」

57年ぶりの自国開催となった夏の東京大会はかつてのオリンピックとは違うものだったと指摘するベテラン選手もいます。

リオデジャネイロ大会のカヌーで銅メダルを獲得した36歳の羽根田卓也選手は、競技生活に区切りをつけることも考えて臨んだ東京大会について、それまでに経験した3回のオリンピックとは“熱量”が違ったと振り返ります。

羽根田選手は「オリンピックは、現地での熱量というのが本当にすごく、体験や感動を共有できることが、スポーツのすばらしいところだと思う。その現地の熱量を自分も感じたかったし、届けたかったという点では、少し寂しい気持ちはあった」と原則無観客で開催された大会で感じた率直な思いを口にしました。

4回目のオリンピックとなった東京大会で競技生活に区切りをつけることも考えていたと明かす羽根田選手は「東京オリンピックは自分にとってはすごく大きく、自国開催ということは選手にとって何よりも意味のある大会だった。ただ終わったあとに、思った以上に周りの人が『次はパリだね』と自然と声をかけてくれて、まだまだ選手を続けて頑張ることに意味があるんじゃないかなと思った」と振り返りました。

去年10月のアジア選手権で優勝し、5大会連続のオリンピック出場を決めた羽根田選手は、半年後に迫ったパリ大会に向けて「スポーツに没頭する時間は人生を豊かにするすばらしい価値があると思うので、コロナ禍を乗り越えた今、その価値をアスリートとして最大限に届けられるように努めていきたい。スポーツが100%の状態に戻った今、パリ大会はすごいオリンピックになると思う。自分も楽しみだし、本来のスポーツの姿を皆さんに届けたい」と5回目のオリンピックへの期待感を示しました。

◆苦戦続く競泳陣 活路求め海外へ

東京オリンピック以降、国際大会で苦戦を強いられているのが、日本の“お家芸”とも言われる競泳です。

去年7月に福岡市で行われた世界選手権では、自国開催で期待されたものの獲得したメダルは2個。9月から10月にかけて中国で行われたアジア大会でも、日本の競泳陣が獲得したメダルは30個で、そのうち金メダルは5個と、金19個を含む52個のメダルを獲得した前回2018年の大会から大きく成績を落としました。

パリオリンピックを控えたなかでの国際大会での苦戦について、競泳関係者からは新型コロナウイルスの影響で、海外での練習や大会の機会が減少したことや、時代の流れとともに選手の気質も変わり、世代交代がスムーズに進まないことなどが要因として挙げられるとしています。

東京オリンピック以降の状況について、北島康介さんなど数々のオリンピックメダリストを育て、現在も指導にあたる東洋大学水泳部の平井伯昌監督は「コロナ禍前までは世界選手権でも好成績を収められていたが、東京オリンピック前後から思うような強化ができなくなり、そのままここまで来てしまった感じがする」と話します。

そのうえで「今はハードな練習を課すと選手がびっくりしてしまい、基礎となる強化をしにくいと感じる。強くなるのに必要な要素は変わらないと思うので、選手の年齢やタイプも考えながら、もう一度、どのように強化していくかが大切だ」と選手個々に応じた強化策が必要という考えを示しました。

競泳 瀬戸大也選手

こうした中、パリオリンピックに向けさらなる成長を求めて海外に拠点を移したのが、リオデジャネイロオリンピックの銅メダリスト、瀬戸大也選手です。

瀬戸選手は、去年の世界選手権の男子400メートル個人メドレーで銅メダルを獲得したものの、金メダルだったフランスの若手、レオン・マルシャン選手に、7秒近くの大差をつけられたことに大きなショックを受けたといいます。

瀬戸選手は「新型コロナの影響で海外に行けないなか最善を尽くしてきたが、海外に何かヒントがあると思った」と、厳しい環境に身を置く決断をし、去年の秋からオーストラリアに拠点を移して現地の有力なコーチに指導を受けています。

今月3日に地元の埼玉県で取材に応じた瀬戸選手は「大きな決断ではあるが、パリオリンピックのスタート台に立ったときに『やることをやってこられた』と思える状態を目指したい。いろいろなことにチャレンジしていきながら自分を超えていって、オリンピックで自己ベストで泳ぎたい」と意気込みを語りました。

オリンピックで数々の金字塔を打ちたててきた日本の競泳陣。パリで再び花を咲かせることができるのか、残された時間はあと半年です。

東京大会を競技普及のきっかけに

東京大会が残したものを、将来の若手選手の育成につなげていこうという動きも始まっています。

その1つがフェンシングです。カナダ代表のフェンシングチームの事前合宿を誘致した静岡県沼津市を、東京大会のあと強化のための拠点の一つとしています。

2019年には全国で初めて日本フェンシング協会と市が協定を結びました。駅前の中心部には市と地元企業などが協力して国内屈指の練習場が整備され、たびたび日本代表の合宿が行われているほか、去年は全日本選手権といった大きな大会も開催されました。

こうした動きは競技の普及の面で子どもたちに影響を与えています。市は元オリンピック選手の長良将司さんを職員として採用し、将来の金メダリスト輩出を目標にジュニア世代の選手の重点的な強化を行っています。また、市内の小学校では日本代表の選手が参加する体験会が開催されるなど、競技のすそ野を広げるための活動が続けられています。

長良さんは「トップ選手が頻繁に沼津に来るようになって、子どもたちがフェンシングを目にする機会も増えている。10年20年と活動を続けて日本代表を育てることを一番の目標にしたい」と話していました。

東京大会で新設された競技施設 活用に明暗

東京大会が残した遺産の一つが、大会開催に合わせて新設された競技施設ですが、その活用方法は大きな課題となっています。

東京大会全体の経費、1兆4238億円のうち、都が新設した6つの恒久施設と国立競技場の整備費は3491億円に上り、再開業に向けた工事を経て、大会から2年半たった今では、すべての施設で活用が始まっています。

都が新設した6つの施設のうち2017年に公表された年間収支の想定では、有明アリーナ以外の5つの施設が赤字になる見込みでした。ところが、今年度の赤字幅が3つの施設では当時の想定よりも少なくなる見込みとなっていることがわかりました。

このうち大井ホッケー競技場は9200万円の赤字の想定から、今年度は7800万円にとどまる見込みです。背景には地元の品川区がホッケーによる街作りを進め、体験教室などで施設を活用し競技の普及を進めてきたことがあります。

また、カヌー・スラロームセンターは1億8600万円の赤字見込みが1億6700万円にとどまる見込みです。この競技場では水上レジャーの体験教室などのほか、東京消防庁が人工的な急流を生かした水難救助訓練や、浸水した町を想定した災害救助訓練などでも活用しています。

さらに、競泳などが行われた東京アクアティクスセンターも6億3800万円の赤字見込みから5億2000万円に減る見込みです。

一方で、黒字になると見込まれていた民間事業者が運営する有明アリーナは、昨年度は3億2000万円の赤字となりました。これについて都の担当者は「8月に開業するまでの期間も維持管理費用がかかったことや運営権を持つ民間事業者がビジョンの設置など新たな投資を行ったことが要因だ」と説明しています。

このほか、夢の島公園アーチェリー場は2017年に公表された1170万円の赤字想定が今年度は1400万円に、海の森水上競技場は1億5800万円の想定から1億8000万円にそれぞれ増える見込みです。

これについて都の担当者は「想定した当時よりも人件費や光熱費、物価が上がっていて、経費が増えている。中でもこの2施設は、植栽や街灯など管理の対象範囲が増えたため、メンテナンスの費用などがかかっている」と説明しています。

一方、国立競技場は令和4年度の予算では、維持管理費と運営収入の差として国が補填(ほてん)する赤字分は、12億9000万円になる見込みでした。

しかし、昨年度の負担額は7億5000万円、今年度も10億7000万円にとどまる見込みで、これについて管理する日本スポーツ振興センターは「見込みよりも負担が減っている要因は、自己収入の増加や経費削減によるものだ」と説明しています。

大会に合わせて整備された競技施設をどう有効活用し、将来につなげていくのか。東京大会が残したこの大きな課題に向き合い続ける必要があります。