変わるか価格転嫁の“決まり方”【経済コラム】

「確度は少しずつ高まっている」

金融政策の正常化を示唆するものと市場で受け止められた、日銀によるこの表現。その確度がさらに高まり、出口に向かうかどうかの判断材料として日銀が注目するのが、「サービス価格」の上昇の行方です。

総裁みずから「注目のポイント」と指摘した、その真意は?

(経済部記者 西園興起)

“出口への覚悟” 先読みする市場

「見通しが実現する確度は、引き続き、少しずつ高まっている」

1月23日。

日銀が金融政策決定会合の後に公表した「展望レポート」に盛り込まれた、物価動向に関する文言が、市場の注目を集めました。

日銀の大規模な金融緩和策が正常化に向かう条件は、2%の物価安定目標の達成。

その確度、いわば実現可能性が高まっているというのです。

植田総裁はこれまで会見で同様の言及をしたことはありましたが、公表文の中に盛り込んだのは初めてでした。

いわゆる「出口戦略」に日銀がいつ、かじを切るか。

そのタイミングを探る市場では、この文言から、政策修正が近づいているとの見方を一段と強めました。

「日銀が出口への覚悟を見せた」「いよいよマイナス金利の解除が近づいている」との受け止めが広がり、円相場は一時、1円以上、円高に進みました。

高まる確度、その根拠は…

確度が高まっているとする根拠。

植田総裁は、会見の中で次のように説明しました。

植田総裁
「これまでの物価見通しに沿って経済が進行していることが確認できた。もう1回点検をしてみたら同じような見通しが中心的な見通しとなった」

つまり、物価情勢の点検を通じ、前回よりも自信を深めるような“変化”が出てきたというわけです。

「消費者物価(除く生鮮食品)の前年比をみると、政府の経済対策もあってエネルギー価格の寄与は大きめのマイナスとなっているものの、既往の輸入物価上昇を起点とする価格転嫁の影響が減衰しつつも残るもとで、サービス価格の緩やかな上昇も受けて、足もとは2%台前半となっている」(※赤字部分が追加された文言)

日銀は物価の見通しを示す展望レポートで、ここまで物価上昇の大きな要因となってきた、原材料の輸入コスト上昇分は価格転嫁の勢いが落ち着いてきてもなお、物価が上昇する理由として、新たにサービス価格の上昇を挙げたのです。

価格転嫁に立ちはだかる“壁”

サービス価格は、モノの価格と比べ、コストに占める労務費の比率が高いとされています。

賃金と物価の好循環による物価目標の達成のためには、賃上げを伴った物価の上昇が重要です。

ただ日銀は、賃上げの原資を値上げで確保しにくい環境が日本社会に染みついていることが、物価目標達成の壁になっているという認識を示しています。

植田総裁
「原材料コストの上昇は転嫁できるけれども、賃金の上昇はなかなか転嫁しにくい、あるいは転嫁するための売り手と買い手の交渉で使われるフォーミュラ、式のようなものに賃金が入っていないという話をよく聞きます。これが一段の転嫁を阻んでいるということはあるかと思います」(1月23日 会見での発言)

実際、日銀内部を取材していると「日本企業は原材料価格の上昇では価格転嫁をするが、人件費の上昇分の価格転嫁には及び腰になる。とすると、輸入物価が落ち着いてしまうと、物価が上昇しにくくなるのではないか」という慎重な意見も聞かれます。

サービス価格に上昇の動き

ところが、ここに来て、賃上げへの壁となってきた価格転嫁の動きに変化の兆しが出ていると思わせるようなデータが、出始めています。

サービス価格の上昇基調が目立つようになってきています。

消費者物価指数をモノ(=財)とサービスで分けた場合、サービスの上昇率は去年12月が2.3%。

6か月連続で日銀の物価目標の2%に達する水準となっています。

さらに、サービス価格上昇の「質」が変わってきたという専門家の分析もあります。

消費者物価指数のサービスを、食材を使う「外食」や、燃料を使うクリーニングなど「家事関連サービス」といったモノの価格の影響を受けやすい品目と、高校・予備校の費用やフィットネスクラブ使用料といった、モノの価格の影響を受けにくい「それ以外」の品目で分けたグラフを時系列に並べたものです。

これを見ると、モノの価格の影響を受けにくい、「それ以外」の品目でも、2%以上に上昇するものが増えてきていることがわかります。

日銀の元調査統計局長 SOMPOインスティチュート・プラス 亀田制作 エグゼクティブ・エコノミスト
「人件費分を価格転嫁するように日本企業のノルム(規範的通念)が変わりつつある。それでも、物価目標を毎年実現するほどの勢いと持続性があるとは依然考えにくい」

人件費の価格転嫁が当たり前となるか

日銀の植田総裁は、今のサービス価格の上昇について、一時的な要素が一部に含まれていることや、物価上昇が消費の足を引っ張る中で、マイナスの影響も多少見られると分析しています。

その上で、サービス価格の上昇が中小企業にも、着実に波及するかどうかが重要だと指摘します。

植田総裁
「中小でもそういう転嫁が一段と進むためには、中小は作っている製品の買い手との交渉の中で立場が弱いこともあると思うので、社会的に賃金の価格への転嫁ということがある程度までは望ましいという規範のようなものが醸成されるということは、プラスに働くと思う」

人件費の上昇分は価格に転嫁されるのが当たり前、という共通理解が社会全体に広がるか。

それが、30年にわたったデフレからの脱却に向けて、避けて通れない道筋なのかもしれません。

金融政策の転換点をいつ迎えるか。

春闘での賃上げの行方とともに、今後はサービス価格の動向が焦点となっています。

注目予定

来週は、アメリカの中央銀行にあたるFRBが金融政策を決める会合を開きます。

市場では今回は金利を据え置くとの見方が大勢ですが、次回については見方が分かれています。

パウエル議長の会見で、金利の先行きについてどのように発言するかに注目です。

また、1月22日、23日に開かれた日銀の金融政策決定会合について、主な意見が公表されます。

日銀は今回の会合で、展望レポートに、物価目標の実現について「確度は少しずつ高まっている」という文言を盛り込みました。

今の大規模な金融緩和策の出口に向けて、どのような意見が交わされたのか、注目です。