社会

中小企業社長を悩ませる「人件費の価格転嫁」デフレ脱却なるか

中小企業社長
「原材料の値上げ分は販売価格に転嫁をせざるをえません。一方で人件費をどれだけ盛り込んでいいのかは…」

人手不足などを背景に賃上げの動きが広がる一方で、中小企業からは人件費を含んだ価格転嫁は難しいという声があがっています。

賃金と物価が安定的に上昇する経済の好循環を生み出すカギとされる中小企業の賃上げはどうすれば進むのか、専門家に詳しく聞きました。

目次

製造コストの価格転嫁はほぼ受け入れ

神奈川県相模原市にある「小島繊維工業」は窓のブラインドなどに使われる産業用のひもを製造し、大手企業など20社に販売する従業員12人の会社です。

製品の原材料は石油を使った化学繊維のためロシアによるウクライナ侵攻や円安の影響などで2年ほど前から仕入れ価格が上がり、製造コストは2割ほど上昇しています。

会社ではコストを販売価格に転嫁するために
▼原材料価格が上がっていることを示す資料を販売先の企業に提示したり
▼製品の開発段階から販売先と打ち合わせを重ね耐久性を2倍以上に向上させたひもを開発するなどニーズに沿った製品作りに努めたりすることで
取引先の理解を得る努力を続けていて、現在は価格転嫁をほぼ受け入れてもらえるようになっているということです。

賃上げ分の価格転嫁 取引先には…

一方で、従業員の賃上げに伴う人件費の増加分を販売価格に転嫁することは難しいのが現状だといいます。

会社では人手不足や最低賃金の上昇を背景にこの数年は正社員、パートともに4%ほどの賃上げに取り組んでいます。従業員の40代の女性は「日々の買い物でも物価の上昇をすごく実感しているので、給料も上がってくれると生活も助かります」と話しています。

しかし、
▼賃上げした額を取引先に明確に示すのが難しいことや
▼原材料の価格上昇分に加えて賃上げ分を転嫁することで販売価格がさらに上がると今後の取り引きに影響を与える懸念もあるということです。

このため賃上げ分のすべてを価格転嫁したいと取引先に代診することは難しく、転嫁できているのは一部にとどまるということです。

中小企業社長「実情としては賃上げ難しい」

小嶋理史社長は「原材料分は価格転嫁をしないと値引きと同じことになるので、従業員の生活もあって転嫁せざるをえません。一方で人件費をどれだけ盛り込んでいいのかというのが難しいです。わが社しか作れないような付加価値のある製品作りを行うなど努力を重ねると同時に人件費も含んだ価格転嫁ができればさらなる賃上げにつながり、新たな人手の確保にもつながるので、大きな課題として考えていきたい」と話していました。

その上でことしの春闘について「デフレ脱却につながるかどうかはまだ分からないし、難しい部分だと思います。人件費を上げることで消費が増え、経済が回るようになれば、デフレが少しずつ改善するのかなと思いますが、実情としては賃上げが難しいのが本音です。デフレ脱却に向けては価格転嫁のときに大企業の下請けになっている中小零細企業で賃上げ分を価格転嫁してもスムーズにいくような環境作りをしてほしいです」と話していました。

《専門家QA》

賃上げの見通しや日本経済への影響について、みずほリサーチ&テクノロジーズの酒井才介主席エコノミストに聞きました。

Q.ことしの春闘は24日、事実上スタート。焦点をどう見るか

A.去年は30年ぶりの高い水準の賃上げとなったが、ことしも連続して高い水準の賃上げが続くのか、さらに去年を上回る賃上げが実現するのか注目されている。ことしの春闘は、人手不足が深刻化する中で、企業の賃金設定行動が本格的に変わるかどうか確認するイベントになる。

Q.日本経済から見て、今回の春闘をどう位置づけているか

A.ことしの春闘は日本経済の1つの大きな節目になり得る。賃金の伸びが物価の伸びに追いついておらず、個人消費はさえない動きが続いている。ことしの春闘で去年を上回るくらいの高い水準の賃上げが実現できれば、現在マイナスの実質賃金がプラスに向かう可能性が高くなる。賃金の伸びが物価の伸びを上回るようになれば、消費をもう少し増やしてもいいと思う人も増えてくるので、個人消費の回復基調が強まっていくだろう。企業も価格転嫁をしやすくなり、物価が持続的に下落するデフレからの脱却に向けた動きが強まるのではないかという期待にもつながる。そして賃上げの動向によっては日銀の金融政策の判断にも影響を与える可能性もあり、大きく注目される。

Q.ことしの春闘の賃上げの見通しは

A.現時点では、ことしの春闘の賃上げ率は3.8%程度と、去年を上回る可能性が高いと見ている。背景としては、高水準の企業収益、ひっ迫化する労働需給、それにインフレの長期化がある。加えて政労使による前向きな賃上げに向けた空気感も醸成されている。足元でも一部の大企業は去年を上回る賃上げを表明しており、動きが広まっていく可能性は十分にある。

Q.賃上げに向けた課題は

A.中小企業が賃上げの原資を十分に確保できているか不安が残る。さらに賃上げの分を十分に価格転嫁できるのかも懸念される。中小企業の中には去年、社会的に賃上げをしなければいけないという空気感が醸成され、人材を確保するためにもと、本当は苦しいけれども歯を食いしばって賃上げに踏み切ったというところも多かったと思う。中小企業の賃上げをいかに広めていくか、持続的なものにしていくかが今後の課題になる。賃上げの動きが弱く、実質賃金がプラスにならないと、個人消費の回復ペースが鈍いものになってしまう。体力のある企業を中心に製品を値下げする動きが誘発されやすくなり、価格転嫁できない中小企業などが賃上げに踏み切れなくなるという悪循環につながってしまうリスクも考えられる。

Q.賃上げの動きを広め、持続的にしていくために何が必要か

A.まずは企業が賃上げの原資として、売り上げを伸ばすことが必要だ。そして政府が、企業の商品・サービスの差別化などの取り組みを後押しすることも重要だ。成長分野に労働者が移動し、賃金の上昇につながるという労働市場の活性化策も大きな論点になる。そして社会全体としても、賃金が上がるのはある意味当たり前で、一定程度、価格に転嫁されていくのが当然だという空気感の醸成が大切だ。

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