これで株価は上昇する?東証が企業リスト公表【経済コラム】

上場企業に対し、市場の評価を意識した取り組みを求めてきた東京証券取引所が新たな一手を打ち出しました。株価上昇につながる具体策を開示している企業のリストの公表です。年明け以降、日経平均株価がバブル期以来の高値水準を連日更新するなど、上昇基調が続く株式市場。日本企業への期待を高めている投資家にとって、好材料となるのでしょうか。(経済部記者 坪井宏彰)

東証 企業リストを公表

今月15日、東証は、株価上昇につながる具体策を開示している企業のリストを公表しました。

東証はかねてから市場での評価が低い企業が多いことを問題視し、対応を求めてきました。去年3月にはプライムとスタンダードに上場している約3300社に対し、「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」を要請していました。

今回、この進捗状況を明らかにしたわけです。その結果がこちらです。

プライムとスタンダードをあわせると開示していたのは851社。プライム市場の企業の状況を業種ごとにみると、銀行や電気・ガス、鉄鋼業などで開示率が80%を超えた一方、サービス業、情報通信業、小売業などでは30%程度にとどまりました。

また、1株あたりの純資産に対して株価が何倍かをあらわすPBR=株価純資産倍率が1倍を割れている(市場での評価が低い)企業ほど開示率が高くなりました。時価総額の大きい企業も開示率が高くなりました。

企業の対応は

実際、企業はどのように対応を進めているのでしょうか。

各社の発表を見ると、成長への投資や事業ポートフォリオの見直し、株主還元の強化などに取り組んでいる様子がうかがえます。

▽リコー 構造改革、事業の選択と集中
▽出光興産 ROE(自己資本利益率)の目標を上方修正
▽三陽商会 機動的な自社株買いを実施

このうち、精密機器大手のリコーは去年5月から取り組んでいる「企業価値向上プロジェクト」の進捗状況を11月に開示しました。

この会社では、コロナ禍での在宅勤務の増加などもあって、主力のオフィス向けの複合機事業の収益性が低迷していました。

プロジェクトで行った投資家への聞き取りでは、「コストカットによる利益改善以外の対策は、市場目線では蓋然性が低い」、「過去の目標未達の繰り返しが経営への信頼感を押し下げている」などと厳しい指摘が寄せられたとしています。

そこで会社は、経営陣が投資家から十分な信頼を得られていなかったことへの反省を表明。その上で、売上高の1割近くにあたる1800億円相当の低収益・ノンコア事業について、撤退や売却の検討を進めることを明らかにしました。

こうした事業の選択と集中を進めるとともに、OAメーカーからデジタルサービスの会社への変革を目指す方針も示しました。市場関係者からは、投資家の批判を受け止め、事業計画を練り直す判断を打ち出したことは1つの効果だという声も上がっています。

リストにあの会社がない

一方、リストには、時価総額首位のトヨタ自動車やユニクロを展開するファーストリテイリングなどの有力企業が入っていないことも話題となりました。

これについてトヨタ自動車は「長年にわたって株主還元や雇用拡大、賃上げなどに取り組んできた。成長戦略の発信や政策保有株の縮減、グループ持ち合い見直しなどを積極的に実践していて、東証の要請と実質的に同じ内容だ」としています。

ファーストリテイリングは「財務戦略などは統合報告書などで包括的に開示し、資本収益性や成長性についてより詳しくご理解いただけるよう決算説明会、アナリストなどへの説明を年間を通して行っている。また、現在のROEとPBRは継続して高い水準を維持している」としています。

東証は、今回は開示資料に「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」という東証の要請そのままの表現を記載している企業を集計の対象にしたとしています。

このため、類似の取り組みを開示していてもリストに入らないケースがあるといいます。リストに載っているか否かがすべてではなく、「開示している」と分類された企業の取り組みにも濃淡があることは、念頭に置いておく必要がありそうです。

ただ、東証は今後、毎月リストを更新するほか、投資家から高い評価を得た事例も紹介していく方針です。情報性が高く、分かりやすいリストになっていけば、指標の1つとして投資家による活用も進んでいくかもしれません。

問われる企業の本気度

今回のリストの公表について、大和総研の神尾篤史主任研究員は「リストを作成すると去年10月に東証が発表したことで、初回に掲載されることを目指して社を挙げて対応した企業もあったのではないか」と話しています。

その上で、株価向上につながる取り組みについては、企業と投資家の間に認識のギャップも見られると指摘しています。

神尾主任研究員が着目するのは、生命保険協会が昨年度、上場企業1200社や機関投資家208社を対象に実施した調査です。

資本効率(投資家や銀行から調達した資金をどれだけ効率的に使って稼ぐか)を向上させる取り組みとして、企業はシェアの拡大やコスト削減を重視する一方、機関投資家の中には、大胆な事業ポートフォリオの見直しなどを求める傾向が見られたといいます。

神尾主任研究員は、今後、企業にはこのギャップを埋めていく姿勢が求められるとしています。

大和総研の神尾篤史 主任研究員

大和総研の神尾篤史 主任研究員
「各企業が開示している内容を見ても、経営上の課題や収益性の評価といった現状分析の時点で、思い切った改革を求めるような投資家とは、目線のずれが生じているケースがある。市場から資金を調達する上場企業は、事業を成長させ資本効率をあげていくという責任を改めて認識し、投資家ともしっかり対話をして一緒に成長していく姿勢が求められる」

年明けからの株価の上昇は、日本企業の堅調な業績が今後も続くという投資家の期待の高まりがあるとされています。

企業は、改革と成長への確かな戦略を描き、実行できるのか。市場が注目しています。

注目予定

22日と23日は日銀が金融政策を決める会合を開きます。市場では大規模な金融緩和策を早期に転換するのではないかという見方が後退していますが、決定の内容やその後の植田総裁の会見で、政策転換についてどのような考えが示されるかが注目されます。

また、アメリカでは、景気や金融政策の方向性を見通す上で重要な意味を持つ、個人消費に関する指標などが相次いで発表されます。