航空機 衝突事故はなぜ起きたのか その時パイロットは

航空機 衝突事故はなぜ起きたのか その時パイロットは
いま日本の空で、パイロットたちは大きなプレッシャーにさらされています。

羽田空港で起きた、日本航空の旅客機と海上保安庁の航空機の衝突炎上事故の影響です。

どういうことなのか。

これまでの取材でわかってきた当時の状況や原因究明のポイント、そして事故の影響について最新報告です。

(羽田航空機事故 取材班)

“いったん疑わないと”

ある航空会社の運航部門にいる50代の社員が、事故後の現場の変化について教えてくれました。運航中、パイロットたちはこれまでにないほど慎重に、そして繰り返し確認作業を行っているというのです。
航空会社社員(運航部門)
「いま、相互確認を何度も行っています。管制官やパイロットの認識、言葉が本当に正しいのか、いったん疑わなければならない。それだけあの事故が『ありえないこと』だったからなんです」
航空機の運航は、操縦席の左側にいる機長と右側にいる副操縦士が、常に互いに確認し合うことで安全が担保されています。管制官から指示を受けると、受けた側のパイロットが復唱し、隣のパイロットもその復唱が自分の理解と合っているか確認します。操縦席から外を監視している時も、同じ確認を行います。

パイロットも次のように証言します。
30代 パイロット
「事故は大変な衝撃でした。着陸時は速度やエンジン出力、機体の姿勢など、いくつもの情報をモニターして、瞬時に操縦の判断をしなければなりません。ただでさえ、緊張感のある場面で、滑走路が確実にクリアであること(異常がないこと)を何度も確認せざるを得なくなりました。私たちは『あすはわが身』という思いで、大きなプレッシャーにさらされています」
40代 パイロット
「事故のあとは、管制指示を疑わないといけないっていう意識で確認しています。副操縦士と『飛行機いない、大丈夫だね。本当にいないね』って、繰り返し確認しています」
現場がこうした状況にあるのは、今回の事故で、ある「認識の食い違い」が明らかになったからです。事故の経緯を改めて振り返ります。

“衝撃”の事故

1月2日の午後5時47分。

新千歳発羽田行きの日本航空516便、エアバスA350型機が、順調にフライトを続け、羽田空港のC滑走路に着陸した直後でした。

滑走路上に海上保安庁の航空機がいたのです。

2機は衝突し炎上。海保機の5人が死亡、機長が大けがをしました。
日航機の乗客乗員379人は全員脱出しましたが、乗客15人がけがや体調不良で医療機関を受診したことが確認されています。

海保機は、前日に発生した能登半島地震を受け、新潟の航空基地に救援物資を運ぼうとしていたところでした。
事故現場のC滑走路は、長さが3360メートル。

羽田に4本ある滑走路のうち、もっとも距離が長く、燃料や貨物を多く積んだ欧米などに向かう旅客機が離陸に使う、いわば「羽田の主役」の滑走路でした。

事故後、C滑走路は6日間閉鎖し、連日200便以上が欠航するなど、ダイヤが大幅に乱れました。

事故の瞬間 映像を見ると…

事故が起きるまでの状況を、羽田空港の第2ターミナルに設置されているNHKのカメラが捉えていました。

海保機は、誘導路をほとんど止まらずに進み、そのまま滑走路に入っていました。そして、後ろから来た日航機との衝突まで滑走路上でおよそ40秒間、停止していたこともわかりました。

事故はなぜ起きた?

今回の事故では、海保機が誤って滑走路に進入したとみられています。
海上保安庁の機長(海上保安庁の聞き取りによる)
「進入許可を受けたうえで滑走路に進入した」
「離陸の許可を得ていた」
「エンジン出力を上げたところ後ろから突っ込まれた」
管制官(国土交通省の聞き取りによる)
「滑走路の手前まで進むよう指示した」
「別の航空機の調整などがあり、その後の動きは意識していなかった」
滑走路への進入と離陸の許可について、機長と管制官の認識は大きく食い違っていました。

事故の翌日には、国土交通省が管制の交信記録を公表。管制官から海保機への指示は、誘導路上の停止位置まで地上走行するよう伝えたものだけでした。
【公表された交信記録より ※英語が原文ママ】

17:45:11
・JA722A(海保機)発信
 タワー(管制官)、JA722A C誘導路上です。
(TOWER JA722A C.)

・東京タワー(管制官)発信
 JA722A、東京タワー こんばんは。1番目。
 C5上の滑走路停止位置まで地上走行してください。
(JA722A Tokyo TOWER good evening,No1,taxi to holding point C5.)

17:45:19
・JA722A(海保機)発信
 滑走路停止位置C5に向かいます。1番目。ありがとう。
(Taxi to holding point C5 JA722A No.1,Thank you.)
離着陸を担当する管制官と海保機のやり取りは、これだけ。記録では、海保機は「滑走路停止位置C5に向かいます」と正確に復唱しています。

国土交通省によると滑走路への進入を意味する管制指示は次の4つ。
(1)「離陸支障ありません(Cleared for takeーoff)」
(2)「滑走路横断支障ありません(Cross runway)」
(3)「滑走路に入って待機してください(Line up and wait)」
(4)「滑走路を地上走行してください(Taxi via runway)」
 「滑走路を離着陸方向と反対に地上走行してください(Backtrack runway)」
公表された交信記録には、いずれの指示もありませんでした。

“ナンバーワン”

焦点の1つとなっているのが、交信記録に出てきた出発の順番を示す「ナンバーワン」という言葉です。
国土交通省によると、これは規程で定められた管制官の指示ではなく、円滑な運航につなげるために管制官が伝える“サービスワード”だといいます。

パイロットにとっては、離陸までにかかる時間の見込みが立つことから「伝えてもらえると助かる」言葉で、長年にわたって用いられてきました。海外の空港でも使われるといいます。

国土交通省は、この「ナンバーワン」という言葉を海保機が離陸許可だと取り違えた可能性もあることから、1月8日から当面、事前に出発順を伝えずに離陸許可を出すよう、運用を改めました。

海保機の機長は、機長としての経験が5年近くあり、羽田空港での運航経験も豊富だったということですが、「ナンバーワン」という言葉をどう認識していたのか。国の運輸安全委員会は、今後、聞き取りを進める予定です。

日本航空機 “視認できず”

一方、日本航空機に衝突を避ける手だてはなかったのでしょうか。
操縦室には機長と副操縦士2人の3人のパイロットがいました。

副操縦士2人のうち1人は、今回の機体・A350の乗務資格を得るための訓練中で、もう1人は乗務資格を持っていて、サポート役として後ろの席に座っていました。
パイロット(会社の聞き取りによる)
「(海上保安庁の機体を)視認できなかった」
「衝突の直前に一瞬、何かが見えた」
直前まで、海保機に気がついていなかったとしています。

海保機には翼の両端に点滅するストロボライト、機体上部には滑走路上のライトとは色が異なる、赤い衝突防止ライトが取り付けられています。

なぜ視認できなかったのか、全日空の元機長で航空評論家の井上伸一さんに話を聞きました。
井上さんは「今回の衝突地点は、着陸時に車輪が接地する『タッチダウンゾーン』に非常に近く、50メートルから100メートルくらいしか離れていない。このタッチダウンゾーンの灯火は非常に明るいという特徴がある。海保機が動かず、40秒にわたって停止していたことでかえって、強い明かりに紛れてしまったのではないか。ただ、パイロットを経験した立場からすると、見えていて欲しかった気もします」と話しました。その上で、今後の検証の難しさも指摘しました。
航空評論家 井上伸一さん
「日航機からの見え方も、運輸安全委員会の重要な調査項目だ。しかし、何かあるかもしれないと思って見れば、機体を見つけるのは比較的簡単だが、管制官から『クリア、何もない』と言われた状態で、見つけるのは難しい。パイロットの当時の意識まで再現して検証することはできず、改善策を導き出すのは簡単ではない」

管制塔には監視モニターも

管制塔から、海保機の滑走路への進入に気づくことはできなかったのでしょうか。

管制塔には、事故を防ぐためのあるモニターが設置されていました。

国土交通省によると、このモニターは、航空機から発信される電波をもとに、機体の位置を画面上に表示するもので、着陸機が接近している滑走路に別の機体が進入した場合には、画面上の滑走路全体が灰色から黄色に、双方の機体が黒色から赤色に変わり、管制官に注意を促します。
国土交通省の担当者は「当日もこのモニターは作動していたとみている。しかし、管制業務は、原則目視で行われ、このモニターは、あくまで補助的なものだ。常時、モニターをチェックする運用は行っていなかった」と説明しています。

管制官は「(海保機の)動きは意識していなかった」と話し、滑走路への進入に気がついていなかったとみられ、管制官の認識やモニターの運用状況も焦点の1つです。

事故を受けて、国土交通省は羽田の管制業務で担当の見直しを行い、モニターを常時監視する担当を新たに設けました。成田や関西などの空港でも担当を設けています。

そのとき 日航機のパイロットは

NHKは、日本航空がパイロット3人から聞き取った内容をまとめた文書を独自に入手。衝突前後の状況や避難誘導にあたったパイロットたちの動きもが明らかになってきました。

衝突後、日航機は「操縦不能」に陥り、滑走路脇の草地に停止。機長はすぐに緊急事態だと認識したものの、多くのシステムが機能しませんでした。煙が充満するなか、3人は冷静な対応を続け、乗客乗員379人全員の避難につなげました。
・着陸前について(聞き取り内容より)
「管制官から着陸許可を受領し、復唱した。その後、管制官から、ほかの機体への離陸許可などの通信はなく、静かな状態で着陸に集中できる状態だった。着陸まで、滑走路上に異常は感じなかった」

・着陸後について(聞き取り内容より)
「通常どおりに着陸した直後に一瞬何かが見え、強い衝撃があった。その後、機体は滑っているという感覚だった。機長が、ブレーキ、尾翼の方向舵、車輪の向きを変えるハンドルなどを操作したが機能せず、アンコントローラブル=操縦不能だと認識した」

・滑走路脇に機体が停止したあと(聞き取り内容より)
「停止後、操縦室内は真っ暗だった。すぐに緊急脱出が必要だと認識した。(エンジン火災をともなう緊急時には、消火剤をまく操作をする決まりがある)エンジンへの消火剤の散布が完了したことを示すライトが点灯しなかった。航空無線、機内アナウンス、インターフォン、操縦室から客室乗務員に緊急脱出を指示する装置も機能しなかった」

「操縦室では衝突した際の衝撃のあと、客室から、乗客に落ち着くよう呼びかける声が聞こえていた。操縦室のドアは開いていて、客室乗務員の責任者から状況の報告があり、その前後で、どこかから火が出ているという声も聞こえた」
・緊急脱出を指示したあと(聞き取り内容より)
「8つある非常用ドアのうち一番前にある左右の2つが開かれ、脱出用シューターが展開した。副操縦士2人は前方の乗客に対し、荷物を置いて前から脱出するよう大声で誘導した。1人は拡声器を使い、後方に向かって前方から逃げるよう誘導した」

「機長は、後方に移動し、しゃがんでいる乗客を見つけ、前方へと誘導した。その後、ふたたび、乗客が残されていないか確認しながら後方に移動した。機体中央と後方右側のあわせて5つの非常用ドアが(すでに火の手が回り)使えないことを確認した」

「前方の避難が落ち着き、副操縦士2人は後方に向かった。後方は煙が充満していたので、1人が煙を吸わないためのマスクを取りに戻ろうとした時、乗客を発見して前方に誘導した」

「副操縦士2人は、機長と客室乗務員がまだ後方にいると認識していたので、後方に向かった。機長は、前方から副操縦士2人の声が聞こえ、後ろに来ると危ないと感じて2人とも前から逃げるよう指示を出した」

「副操縦士2人と客室乗務員の責任者は、前方に逃げ遅れた乗客がいないことを確認し、前方左側から、機長は、後方に乗客がいないことを確認し、後方左側から、それぞれ脱出した」

このほかの調査のポイントは

国の運輸安全委員会は、調査官6人を派遣して、事故原因の調査を進めています。ここまで、海保機・日航機・管制官のそれぞれで焦点となるポイントを見てきましたが、そのほかに、全日空の元機長で航空評論家の井上さんが重要だと指摘する点を見ていきます。

▽ファイナルチェック
海保機が、滑走路への進入許可・離陸許可を得たと認識していた場合でも、滑走路に入る際には、滑走路上に異常はないか、着陸機の接近はないか、機長と副操縦士は「ファイナルチェック」を行うはずです。
航空評論家 井上伸一さん
「誘導路の停止位置付近から滑走路に入るにあたって、少なくとも右側に座っている副操縦士からは、着陸してくる日航機が十分に確認できる距離だった。このとき、機長と副操縦士は、滑走路上や左右に異常がないか『相互確認』をしなければならない。それがどう行われていたのかも大事な点だ」
▽40秒停止の理由
衝突まで、海保機がおよそ40秒間、滑走路上に止まっていたことについて。
「出発前の最後の計器の確認をしていたとしても、40秒は長いと感じる。離陸許可を待っていたのではないかとも感じるが、海保機の機長は『エンジンの出力を上げた』と話しているということなので、つじつまが合わない。一方で、日航機の存在を認識していて『あの機体より早く離陸しなければいけない』と判断していたとすれば、40秒の待機は長過ぎる。いずれも不自然だ」
この点については、運輸安全委員会が回収した海保機のボイスレコーダーの解析がカギになるとしています。

▽最新ディスプレイは
日航機の操縦室には、「ヘッドアップディスプレイ」と呼ばれる透明のディスプレイが搭載され、事故当時も使っていました。
航空機の操縦の際、計器を確認するにはいったん視線を下に落とす必要があります。車の運転と同じです。

しかし、このディスプレイがあれば、前を向いたまま、機体の向き、高度、速度などを確認でき、同時に、ディスプレイ越しに窓の外を見通すこともできます。さらに、このディスプレイには機体をコントロールする方向を示す「ガイドマーク」と呼ばれる機能があり、操縦桿の操作で、そのマークを追いかけていけば、視界が悪い時でも、安定した離着陸を可能とするすぐれものです。

ただ、井上さんは「運航には大変便利な機能だが、今回のようなケースで、滑走路上にいる海保機を発見するのにどのような影響を与えたかも調査が待たれる」と話しています。
▽避難誘導も調査の対象
今回、機体が炎上したため、日航機の8つある非常用ドアのうち開けることができたのは3つで、全員の脱出が完了したのは着陸から18分後でした。

国の運輸安全委員会は、パイロットや客室乗務員が、どのような判断を行って避難誘導にあたったのかについても調査を進めるとしています。

取材後記

航空業界には、1つのミスが起きても、いくつもの安全対策が機能することで事故を未然に防ぐ「フェールセーフ」という考え方があります。今回は残念ながら、このフェールセーフをすり抜けるようにして事故が起きてしまいました。

また今回の取材では、羽田空港は世界有数の混雑空港で、管制官の余裕がなくなっているという声も多く聞かれました。

事故の直接的な原因に加え、背景にある状況についても幅広く検証が必要だと感じました。個人の責任追及ではなく、事故から得られる教訓を社会で広く共有するため、取材を続けていきたいと思います。

(取材班記者 高橋広行 / 山下哲平 / 黄在龍 / 山下達也 / 阿部良二 / 佐々木風人)

(1月10日 クローズアップ現代などで放送)