桜島の大正噴火 噴火前のマグマの動き方を研究グループが推定

20世紀以降の国内の噴火では最も規模が大きい鹿児島県の桜島の大正噴火から、1月12日で110年がたちました。最新の研究で、噴火の前、大量のマグマが浅い場所まで上昇し、しばらく停滞したあと、半日から数日で地表に達していたとみられることがわかりました。

1914年1月12日に発生した桜島の大正噴火では、大量の軽石や火山灰に加え溶岩が流れ出し、桜島と大隅半島が地続きになったほか、火山活動に伴うとみられる大地震も起きるなどして58人が亡くなりました。

20世紀以降、国内で最も規模が大きいこの噴火について、岩石学が専門で東北大学の中村美千彦教授らの研究グループは、軽石に含まれる水分の量から地下の深さを割り出し、噴火前に大量のマグマが地下1キロから3キロの浅い場所まで上昇していたことを明らかにしていましたが、今回どのくらいの時間浅い場所にとどまっていたか調べました。

中村教授らが着目したのは軽石に含まれる鉱物で、構造などを詳しく調べることでマグマがどういう動き方をしていたか推定できるということです。

分析の結果、マグマは深さ1キロから3キロの地点で数十日以上停滞したあと、半日から数日という非常に短い時間で地表に達したとみられることがわかりました。

当時の文献では、噴火の1、2か月前に桜島の井戸水の水位が下がったほか、30時間ほど前に鹿児島市で最初の有感地震が起きたという記録もあり、中村教授はそれらと矛盾しないとしています。

中村教授は「マグマが最終的な上昇を開始してから噴火するまでの時間の猶予は長くない。幅広いシナリオを考慮し対策を考える必要がある」と話しています。