【独占告白】内村航平×橋本大輝 初対談 王者の苦悩 その真実

【独占告白】内村航平×橋本大輝 初対談 王者の苦悩 その真実
「何をやっても『内村以来』と書かれるのは、正直複雑」
「僕が何連勝しても、前人未到にはならない」

数々の偉業を成し遂げた体操界のレジェンド、内村航平さんと比べられることへの葛藤を、日本のエース、橋本大輝選手はかつて、こう語っていた。

その2人の対談が初めて実現したのは去年12月。

“内村航平を超える”ことへの苦悩と、橋本選手がたどり着いた新たな境地。

そして、内村さんが橋本選手に「1つだけ伝えたかったこと」とは。

(スポーツニュース部 沼田悠里)

初めて実現した 夢の対談

橋本選手(22)は、東京オリンピックに19歳で初出場し、史上最年少で個人総合金メダルを獲得したニッポン体操界のエース。

内村さん(35)は現役時代、6種目で争う個人総合で前人未到の記録を打ち立ててきた。オリンピック2連覇、世界選手権では史上最多の6連覇を達成。国内外の大会で40連勝を果たした体操界のレジェンドだ。

内村さんの後を継ぎ、新たな王者となった橋本選手はことしのパリオリンピックで2連覇を目指す。
パリオリンピック・パラリンピックイヤーを迎えようとする去年12月、東京・渋谷のNHKスタジオで世界の頂点を知る2人の対談が、初めて実現した。

橋本選手にとって内村さんは憧れの存在だ。橋本選手は、内村さんの姿を見て「オリンピックで金メダルを取りたい」と思うようになったという。

緊張した表情で対談の口火を切ったのは橋本選手だった。

“連覇の呪い”にかからないで

橋本
「まず僕からひとつ質問があるんですが、航平さんは北京、ロンドン、リオデジャネイロと3大会経験してるわけじゃないですか。ロンドンオリンピックの時に初めて個人総合(金メダル)を取って、次のリオデジャネイロ大会に向けて練習でこれだけは一番大事にした方がいいなとか。大事にしていたことってありますか?」
内村
「連覇に向けてということだよね」
橋本
「オリンピック連覇に向けて」
内村
「うーん、連覇を考えないことを大事にしていたかな、特に。世間的にも連覇と言われるわけだよね。だから、いかに自分の中で連覇を考えずに連覇をしにいくかという。そこが一番難しいところで、でもそこを大事にしないと、俺の中では“連覇の呪い”と言ってるんだけど、その呪いにかかってしまう。だからいかに連覇のことを考えずに連覇をしにいくかってところを大事にやっていた」

“美しい体操”とは

橋本
「僕はただ減点されない演技ってつまらないと思っていて。確かに体操は採点競技で、減点されなかったらEスコア(技の出来栄えを示す)は残るわけじゃないですか。でもそれだったらほかと一緒になっちゃうというか、僕はそれがいやで。自分が納得いく演技をするにはそういうことじゃないと思っちゃうんですよね。減点されないんじゃなくて、きれいにできて、誰もが納得する美しい体操なのかなと思うタイプで。隙を与えない美しさというところですよね」
内村
「俺は体操を見せてるんだけど体操を見てると思わせない演技が本当の美しさかな。俺は普通にイルカが水面からバーンっていってまた水に入るみたいなあの放物線がすごく美しいなと思うんだけど、体操を見ていてそれを思い浮かべさせるみたいな。全く(体操を)知らない人にね。体操を見ている人があの体操美しいなというのはもう当たり前。点数出すのも当たり前でプラス体操を見てると思わせないところが本物の美しさかな」

着地への意識 「着地で時を止める」

内村
「着地に対して、止めるってどういう感じでやっているか、聞いてみたい。これを信念に着地止めるみたいな。特に個人総合はやっぱり最後にやるわけで、最後の最後で止めなきゃいけないみたいな感じになってるじゃん。俺はそれを冨田(洋之)さんから受け継いだんだけど、それを大輝が今受け継いでて。どういう感じで最後やってるのか」
橋本
「着地と言われたときに最初僕は結構祈るタイプだったんですよね。止めにいくのが怖いタイプで、止めにいかなくても勝てるようにしとくみたいな感じなんですけど。でも勝負どころになると、もう何も考えずに着地にいっちゃうんですよね。(鉄棒から手を)離した瞬間に『来た』というのがわかるというか。意識しすぎて、止めにいく動作を全部早めちゃうと崩れちゃうので。やっぱり離す前から離したあとも、ちゃんと自分がしっくりくる動きで止めにいきたいなと思います」
内村
「なるほど。俺が意識していたことは、会場にいる人たちの時間を止めること。着地は、やっぱり最後の最後だから、中継とかの調整も入って、もう自分1人だけみたいな感じになる。視聴率100パーセント。だからみんな『うっ』て一瞬止まる。それをより長く感じさせる。審判も手を止めちゃうくらいのを意識してて。それができるようになると、すごいよね。会場が揺れるってこういうことなんだみたいな感覚になるかなという。ぜひそれをパリで見たい」
橋本
「見せたいですね」
内村
「団体も個人も」
橋本
「全部見せられたら」

オリンピックとは WBCの盛り上がり「悔しい」

橋本
「体操は、オリンピックでめちゃめちゃ注目される感じがあって、僕らからしたら、ここがチャンスと思っちゃうんですよね。でもやるべきことは変わらないというのがすごく重要かなと思う」
内村
「現役のときは、ただただ夢の舞台。引退してみると自分自身を証明した場所という感覚がすごく強い。オリンピックがないと、“体操の内村航平”というのはたぶんない。だからオリンピックに出て結果を残したから、そこで自分自身をちゃんと証明できた感覚がある」
話は、世の中にとってのオリンピックに及んだ。
内村
「世の中にとって。変わったな、だいぶ。世の中にとっては」
橋本
「僕の意見としては、少し消極的になったというか、あまり盛り上がらなくなってきたかなと思う。ほかの競技でWBC(=ワールド・ベースボール・クラシック)とか、そっちが一番盛り上がってる気がちょっとありますね」
内村
「WBC見てどう思った?悔しくない?」
橋本
「悔しかったです。きのうたまたまテレビ見てて、ことし(2023年)の盛り上がったスポーツランキングに、バスケ、バレーと出てきたときに『え?』みたいな。『俺、ことし頑張ったよって。だいぶけっこう頑張ったよ』という意味で。ランキングにも入っていなくてやっぱり悔しいですよね。やっぱり盛り上がりが、どうしても、なんでこんなに足りないんだろうというか。確かにほかの競技もすごいですよ。でも今戦っている身としては、日本代表という感覚がしなくなってきたというか」
内村
「それは俺の時にはなかった悩みだな。でもやっぱり結果を残し続けるしかないんだよね。やっぱりそうなるとね」

夢、目指すもの 「東京大会を超えたい」

橋本
「僕はパリオリンピックで2連覇。やっぱりそれで本当に東京大会を超えたいと思いますね。オリンピックというのは体操にとっては特別なところだけど、自分のやれることをやりたいと思いますし、まずはパリで2連覇することを目標にしています。逆に航平さんのこれからの夢を知りたい」
内村
「人生の中で代表に入った十何年かでたぶんもうすべて使い切ったと思うんだよね。目指すものとか夢とかも全部かなえちゃったし。だから大輝たちが目指しているものに対して応援して一緒にかなえていくことが夢なのかなとも思うし。ちゃんと自分たちのときは、体操やオリンピックが盛り上がってたから、そこをどうにかして盛り返すのが役目かなと」
内村
「あとさっき『東京大会を超えたい』と言ってたけど、そこはマジで考えないほうがいいよ。俺もロンドン大会で『ウサイン・ボルトより金メダル確実』と言われていた状態だったのね。それで人生で一番最高のオリンピックにしたいと思っていた。東日本大震災もあったし、すごくいろいろな人に応援してもらっていて、その人たちのためにもすごくいいものを出そう、というのがあったんだけど、自分の目標としていたものに比べて全然だめで。そういうことを考えた時点で負けなんだなと思ったし。だからあまり過去を超えないと、とか思わないでパリ大会はやってほしいなと思った」

“内村航平の後継者” 「航平さんを超えたい」

橋本選手が体操界のレジェンド、内村さんの後継者と言われ、大きな重圧と戦ってきたことは想像に難くない。

おととし、内村さんが引退してからは「内村さんがいないからだめだという時代を作りたくない」と、日本の新エースとして体操界を盛り上げるためにどうすればいいのか、常に意識し行動しているように見えた。

インタビューで記者が体操の専門用語を使って質問しても、橋本選手は、体操に関心がない人にも知って欲しいと、わかりやすいことばに必ず言いかえて答える徹底ぶりだ。

さらに、体操選手の素顔を知ってもらい、より身近に感じて欲しいと、世界選手権の代表メンバーが開いた食事会にも私たちを招いてくれた。
橋本
「選手が体操をしているのはわかるんですけど、体操やってる以外は何しているのみたいな話なんです。そういうところも見せられたらいいし、まず知ってもらわないといけない。新しい時代を作っていきたいという自分の強い思いもありますし、そのために自分がもっと成長したいんです」
「航平さんを超えたいから練習する」

そんな思いで体操に打ち込んできたという橋本選手。常に内村さんと比べられることについて、どう受け止めているのか。

これまで取材の中で何度か尋ねたことがある。すると、複雑な思いを打ち明けてくれた。
橋本
「多分40連勝、僕が何連勝しても、前人未到にはならない」

「僕の前にいつも内村さんの名前が入る。『内村以来』と書かれるのは、正直複雑」
橋本選手の心境に変化が見られたのは、去年10月の世界選手権だった。

内村さん以来となる個人総合2連覇を達成し、連覇の難しさを実感したという。

橋本選手が世界選手権の後、見返したというのが、内村さんが6連覇した2009年から2015年の大会の映像だ。

驚異的な強さに圧倒された。
橋本
「2連覇するだけでもこんなに大変なんだって思ったのに、内村さん何連覇してるんだ?6連覇かって思うと、本当にすごいですよね。逆に引きました」
内村さんのすさまじさを再認識したことで、客観的に自分自身を捉えられるようになったという。

そして、芽生えたのが自分が夢を与える人になりたいという強い思いだった。

そのためには、誰かと自分を比べる必要なんてないと気づくことができたのだという。

世界選手権の1か月後、そのときの心境を橋本選手はこう話してくれた。
橋本
「体操を始める子どもたちに夢を持って欲しいし、橋本選手みたいな体操をしたいって言ってくれたら、一番うれしいですね。そのためには航平さんを超える必要はないというか、とにかく自分をコントロールする必要がある。自分の演技をすることだけに集中したい」

「自分を超える」

今回の対談で、橋本選手は内村さんにその思いをぶつけた。
橋本
「航平さんが世界選手権6連覇して、オリンピック2連覇していて、ずっと航平さんを自分は追いかけてきたなというところがあって。それはいい意味で、やっぱり航平さんはもっとやってたんじゃないかとか、もっと工夫してやってたんじゃないかと思うようにもなりましたし、本当にそう思ってやってきたけど、自分が自分を見られていない気がしたんですね。まだまだ自分が弱いところがあるのに、そこに(内村さんに)たどりつこうという考えが甘かったと思いました。やっぱり航平さんがやってきたことは本当にすごいし、それを目標にする選手もたくさんいると思いますけど、やっぱり航平さんは航平さんであったからこそ、ずっと自分を超えられていたのかなと思ったので。やっぱり自分を超えていかなきゃいけないということが、本当にさっきの連覇の話じゃないですけど、いろいろなものと戦って苦しい中でやるということを考えたら、本当に自分のことを考えて、自分がどうすべきかと考えてやっていかないといけないんだなと思ったので。航平さんは本当すごいなと思いながらも、『やっぱり一番は自分を超えていかなきゃいけないんだ』と思いました」
内村
「これですね、まさに。ずっと伝えたかったけど、『いや、これは自分で気づくはずだ』と思ってて。ずっとたぶん言ってたと思うんだよね。『まあ大輝は大輝だから。俺は俺だし、大輝は大輝だから』そこは言ってたから。メディアの人にも言ってたし、あんまり俺と比べないでほしい。いろいろな選手がたくさん俺と比べられてると思うから、そこはマジでやめてほしいというのはずっと言ってたんだけど、まあ比べられるのはしょうがない。だからそこを超える選手が出てくると、たぶん連覇できるような選手が出てくるんだろうなと思ってて。それに気づいたということは一皮もふた皮もむけたなという。なかなか気づけないんだよね」

内村さんが1つだけ伝えたかったこと

内村
「最後、僕から1つだけ、きょう伝えたいことがあって、もう本当これ1個しかない。とにかく、自分のために120パーセント頑張れっていうだけ。オリンピックだと、やっぱりいろいろな人から応援してもらうし、サポートを受けてると思うんだけど、その感謝の気持ちとかってあるじゃん。それに対して恩返ししたいとかって、あると思うんだけど、たぶんそれって、自分のために120パーセント頑張って、自分が出した結果が、その恩返しという形になると思うの。だからあとでいいかなという。もちろん持つべき心持ちだと思うんだけど、そこは120パーセント自分のために頑張ったから、あとあとそうなるというだけで。だからメディアに出ると、応援してる人たちのために頑張りたいですってやっぱり言うじゃん。でもそれはそれでいいと思うんだけど、頑張るときはもう自分のことだけ考えてやってほしいなっていう。もう周りとか関係なく、超ジコチューでいいと思うし、自分のためだけに、パリオリンピックまであと…」
橋本
「8か月」
内村
「(パリオリンピックまでの)8か月を過ごしてほしいなっていう」
橋本
「ありがとうございます」
内村
「もう周りとか、日本のためとか、もうそういうの取っ払って、自分のためだけ120パーセント」
橋本
「じゃあこれからも僕のわがままとジコチューに付き合ってもらうかもしれません」
内村
「全然」
橋本
「よろしくお願いします」

「もう今日は幸せです」
今回の対談をはじめ、橋本選手のあくなき探求の日々を追ったドキュメンタリー番組、「スポーツ×ヒューマン 終わりなき王者の探究~体操 橋本大輝~」が1月12日午後10時40分からBSで放送予定です。

ぜひ、ご覧ください。
スポーツニュース部 記者
沼田 悠里
2012年入局
金沢局、岡山局を経て2018年から現職