ウクライナ 軍事侵攻で多数動員も徴兵めぐり不公平感広がる

ウクライナでは、ロシアによる軍事侵攻が始まって以降、総動員令が出され、18歳から60歳の男性は原則、出国が禁じられています。これまで多くの人が動員されていますが、軍事侵攻が長期化する中、ウクライナ国内では、実際に徴集される人と、そうでない人との間の不公平感が広がっています。

首都キーウの広場などでは、夫が戦地にいる妻たちが政府に対する抗議活動を行い、一定の期間がたてば夫を返すよう訴えるとともに、兵役の義務を果たしているのは一部の人に限られていると批判しました。

こうした中で、追加の動員をめぐる議論も進んでいて、ウクライナ政府は、徴兵の対象年齢を現在の27歳から25歳に引き下げるなどして、より多くの人を動員できるよう、関連する法案を議会に提出しています。

ゼレンスキー大統領は、1月1日付けのイギリスの経済誌「エコノミスト」のインタビュー記事の中で、追加の動員について「前線に行く兵士だけではなく、私たち全員の問題だ。国を守り、占領された土地を解放する唯一の方法だ」と述べ、必要性を強調しました。

また、12月19日に開いた会見では、「軍は45万人から50万人の追加の動員が必要だと要求している」と述べました。

この発言について、ウクライナ軍のザルジニー総司令官は、軍は具体的な数字は出していないと否定したものの、「われわれは資源を必要としている。武器であり、弾薬であり、そして人々だ」と述べ、追加動員の必要性を訴えました。

ウクライナ国内では、戦闘には参加したくないと、徴兵を担当する当局の関係者に賄賂を贈るといった汚職も後を絶たず、徴兵逃れが社会問題となっています。

徴兵避けるため 再び大学に入学するケースも

ウクライナでは、学生などは徴兵の対象外となるため、すでに卒業している人たちが再び大学に入学するケースも増えています。

ウクライナのジャーナリストなどでつくる団体「NGL.media」は、2023年11月、徴兵を逃れるために大学が広く利用されているとする報告を発表しました。

それによりますと、30歳から39歳で新たに学生になった男性の数は、ロシアによる軍事侵攻前の2021年には2186人だったのが、2023年は4万3722人と20倍に急増しています。

NHKの取材に応じた30代のウクライナ人の男性は、すでに大学を卒業していましたが、去年、再び大学に入学しました。

入学は、よりよい仕事を得るため新たな専門性を身につける目的だとする一方で徴兵の猶予も理由の一つだとしています。

男性には妻と、幼い2人の娘がいますが、侵攻が始まって以降海外に避難し、1年以上会っていないということです。

動員されて戦地でもしものことがあったときに、残された家族のことが心配だということで「もし戦闘で手や足を失ったとしたら、どうやって生活し誰が子どもを養うのでしょうか。現状では負傷した兵士などへの社会的な保護も十分ではありません」と話していました。

また「ロシアに対する怒りの感情で敵を殺しに行く人もいますが、私にはその準備ができていません。怖いのです」と話していました。

男性は、徴兵を避けるために、大学に入学する人は自分のほかにも大勢いるとしたうえで「給与や社会保障などとは関係なく戦場に行こうという思いにあふれた人たちは、もういなくなってしまいました。私たちは家畜ではなく、みずから選択する人間です。もしも兵士になってほしいのであれば、政府は、人々を追いかけ回すのではなく、みずから志願するように適切な給与を支払うべきです」として、ウクライナ政府が兵士の待遇改善などを進め、志願する人が増えるような環境を整えるべきだと訴えました。

前線での戦闘兵士以外の職種で人員確保も

ウクライナでは徴兵逃れが相次ぐなか、前線での戦闘に従事する兵士以外にも仕事があるとアピールして、人員の確保に取り組む部隊もあります。

ウクライナ内務省傘下のアゾフ旅団では、戦闘の長期化により、軍の人員の確保が課題となる中、歩兵や砲兵以外にも運転手や料理人、機械工など、20以上の職種で専門的な技術を持った人材を募集しています。

首都キーウにあるアゾフ旅団の施設では、採用を担当するスタッフが市民に直接電話をかけて、溶接工や医療スタッフなどの仕事もあると勧誘していました。

担当者などによりますと、働き始めたあとになって、戦闘に直接携わる職種に変更されることは原則ありません。

また、ほかの部隊に動員される対象にもならないということで、連日10人以上が問い合わせや面接のために施設を訪れているということです。

アゾフ旅団の採用担当者は「戦闘が長引く中、人々も疲れ果てていて、普通の呼びかけでは不十分なときもある。人は、自分の専門性に合うことをするといい仕事ができる。採用に非常にいい影響が出ている」と話していました。

施設を訪れた43歳の溶接工の男性は、装備品の修理などの業務にあたりたいとして、「職種を選ぶことができるのは、とてもよい取り組みだ。何をするか強制もされずに、自分の体調にもあわせて仕事を選ぶことができる」と話していました。

専門家 “政府は情報発信と兵士の待遇改善を”

ウクライナで相次ぐ徴兵逃れについて、軍事専門家、オレクサンドル・ムシエンコ氏は「徴兵を逃れようとする人はいるが、多くを占めるわけではない」として、現時点で兵員の確保に影響はないとしています。

一方、「300万人、400万人が一度に動員されるわけではないのに、多くの人たちがパニック状態に陥っているように見える」として、市民の間には不安が生じているとも指摘しています。

そして、「動員は『罰』ではなく、国のためになることだと人々の考えを変えていかなければならない。各地で軍事訓練を行い、将来の兵士を育てる準備を進め、よりよい給与を支払わなければならない」として、ウクライナ政府は、人々の理解を得るために情報発信を強化するとともに、兵士の待遇の改善を進めるべきだと指摘しました。

そのうえで、「戦争によって経済が悪化する中、兵士への給与の支払いなどについては、友好国からの支援が大きな役割を果たしている。アメリカやヨーロッパ、日本などからの援助が望まれる」と述べ、軍事支援だけでなく、財政面の支援も必要だと訴えました。