栗山英樹×岡藤正広 「慎重な革命児」が語る経営哲学

栗山英樹×岡藤正広 「慎重な革命児」が語る経営哲学
伊藤忠商事の岡藤正広会長。常識や慣習にとらわれない破天荒な姿勢で知られている。

業界で“万年4位”だった総合商社をトップを争うまでに成長させた経営者は、意外にも「慎重な革命児」だった。

2023年、日本を世界一に導いたWBC前監督の栗山英樹氏との対談で、人生の原点と経営哲学を語った。

(NHKBS 1月5日午後10時40分~放送「栗山英樹 ザ・トップインタビュー」より)

従来の常識を変える

岡藤氏が伊藤忠商事の社長に就任したのは2010年。

朝型勤務を導入し、夜8時以降の残業を禁止。社内会議は6割削減。

会社の制度見直しに次々と着手した。

鉄鉱石などの資源ビジネスに加え、ファッションブランドやコンビニなど消費者に近いビジネスを大幅に強化。

就任当初から最終利益はおよそ5倍に伸び、“万年4位”だった総合商社を業界トップを争うまでに成長させた。
(栗山)
みんな常識を変えるって言いますけど、そんな簡単なことではない。

その中で岡藤さんはいろいろなことを変えられてきた。

朝型勤務に変えていったというのはどういうことだったんですか。

(岡藤)
フレックス(午前10時~午後3時がコアタイム)を廃止しようとしたんですよね。これ、相当な抵抗あったんですよ。

大変だったんですけど、その時に、僕は無理やりそれを押すんではなくて、やっぱり賛同者を一人一人増やしていこうということで、半年かかりましたけど、2つ問題ありましてね。

1つは、朝早いと食事に困ると。子ども優先やと。お父さんは後やと。

それと、残業代というのはもう生活給に入っとると。お父さんの小遣いやと。困るというわけですね。

この2つの問題を解決するために、朝8時までに来たら朝食を3つサービスしますと。
それから残業代は、朝早く来たらその分は夜の残業よりも1.5倍にしましょう。

夜の3時間が朝の2時間と。そうするとお金は変わらないということで軌道に乗ったんですよね。

なぜできないんだと、なぜ嫌なんだということを聞いて、やっぱり無理やり押さないことですね。

反対意見があるのに無理にするんじゃなくて、時間をかけて、みんなのやらないための問題点を解決してやるということが、大事なんじゃないでしょうかね。

(栗山)
環境を変えてあげるというのが大事なんですね。

そういう提案をしてもらえると、うれしいというか、やってみようというふうに自分にもプラスになりますし、そういう形になっていきますもんね。

社員の皆さんの思いを形に変えていってあげる。これが人を生かすっていうことになっていくんですか。
(岡藤)
それをしてやると、会社はやっぱりわれわれのことを考えてくれる。だからギブ・アンド・テイク、まずギブですよね。

要求だけを言うんじゃなくて、相手のことを聞いて、だからこれは聞いてくれと、こういうことになると思うんですね。

どうですか、栗山さんは野球で、いろいろと自我の強い人がおると思うんですよね。

(栗山)
そうですね。今回のWBCは本当にトッププレーヤーが30人、集まったもんですから、いろんな方向を向いてる人たちばっかり。

ですから、最初からまとめようとはあまり思わなかったです。

何をしたかっていうと、めちゃくちゃ正直に言いました

要するに、分かんないことは分かんないし、自分はこうしたいんだっていうことを、対等というか、監督が上とかそういうのは関係なく、本音でぶつかってみる。

で、話をして、いいものを取り入れるっていうところには向かおうと。

とにかく選手たちが、自分を捨ててチームのためにと全員が思ったら、僕は勝つチャンスがあるというふうに思ったので、それだけをちょっと考えて今回はいったんですけど。

大きな決断時に大切にするのは

岡藤氏は、大きな決断をする時、従来からのイメージとは異なる意外なことを大切にしているという。
(栗山)
例えば大きな決断で投資する、勝負にいく。

それがもしだめだった時に何万人っていう社員の皆さんの生活をも脅かす可能性がある。

そういう決断っていうのはどういう?

(岡藤)
それはその人間が1人でやるんじゃなくて、ボードのメンバーで話をして、最終的には私が決めるんですよね。これは本当に重いなと。

だから、決断したら全力でそれにかかるし、だめだったらすぐにその修正をするということを常にしているわけですね。

それでいちばん大事なのは、やはり予習、準備です。

急に来てそれをやるんじゃなくて、日頃からいろいろ考えてそれに対応するということが必要じゃないかなと僕は思いますね。

不安だからといって何もしないんじゃなくて、不安を払拭(ふっしょく)するためになんでもいいから準備をするというかな。

そこにちょっとでも何か見つかれば、不安は軽減されますよね。
(栗山)
社長になられて、過去、伊藤忠って本当に立派な社長さんがいらっしゃって、そこはもう自分らしくやろうみたいなとこがあったんですか。

(岡藤)
いや、僕はすべてがそうなんですけども、自分のやり方を思い切ってやるということはしないんですよね。基本的にやっぱり今までやってきたことを踏襲していくと。

それをしながら、やっぱり時代に合わないものを徐々に徐々に微調整していくということなんですよね。

だから、はたから見てるとなんかむちゃくちゃやってるんちゃうかと思われますけど、ある総合商社の先輩の社長さんが「岡藤はなんかむちゃくちゃやりそうやけど、よく見てみると非常に基本に忠実にやっているね」ということをおっしゃったらしいんですよね。

僕は自分の思いついたことをやるというのは、ものすごく自信がないんです。怖いですよね。

今までやってきたことを踏襲しながら徐々にしていかないと、一気に新しい線路でというのは怖いですよね。責任がありますよね。

この160年の歴史の会社を自分が潰すということになるわけやから。社員がまた迷いますよね。
(栗山)
そうなんですね。ただ、逆に言うと、周りから岡藤さんが思い切ってやってるように見えてるっていうのは、普通にみんなが思ってるということが誤ってる、違っているということかもしれないですね。

(岡藤)
僕のこの見てくれが、なんかむちゃくちゃやりそうな感じに見えるらしいな、大阪やしね。これ損していますよね。

僕は本当に慎重で、準備に準備を重ねてやるタイプやから、ぶっつけ本番でやることは一切しないですね。

過去には壮絶な体験も

岡藤氏の生まれは大阪で、実家は卸売り商を営んでいたが、若き日には壮絶な体験が。

高校生の時に突然、父が病死し、さらなる不幸が襲ったという。
(岡藤)
僕はそんなに裕福な家じゃなかったんですけど、高校3年の時に、おやじがくも膜下出血で亡くなって、僕が結核になったんですよね。ちょうど受験の時に。もう、げそっとやせて。

それで、大学に行くにもそんなに蓄えもないから、サラリーマンじゃなかったから、商売をしてたからお金もなかったんで、おふくろは働く経験もなかったのに働きに出てやって。

あの時は苦しかったですね。もう大学に行くことを諦めないかんのじゃないかと。

その時に僕の高校時代の友人が新聞の切り抜きを見せてくれたんですよ。

それは、大人になって大成した人間は若いころに大病を患っているか、あるいは両親のどちらかを亡くしている人間が多いということを書いてあったんですね。

僕は2つとも経験していると。これだったら頑張らないかんなと思ったんですよね。
(栗山)
想像すると、母親にもすごく大変な思いをさせるし、自分も病気だし、ちょっと行く道が見えづらいぐらいの苦しい。

(岡藤)
見えなかったですよね。おふくろはやっぱり僕に、とにかくサラリーマンになれと。もう商売はだめだと。いい学校に行って、いい会社に行く。

そういうふうに言われてたから、その夢が破れるとおふくろがかわいそうだなと思ったんですね。

で、僕は社長になる時にサプライズと言われているんですけど、2年前から打診はあったんですね、内々ね。それから1年前にもあって。僕はもうずっと断り続けてた。

なんでかというと、おふくろも一緒に住んでたから、東京に年いったおふくろが行ってどうするんやということでずっと断り、もちろん自信もなかったんですよ、断り続けてたんですけど、ついに当時の小林社長から秘書経由じゃなくて本人から電話があって、岡ちゃん、あした休みやけどちょっと出てきてくれと。

あ、これはついに来たなと、困ったなと思って。でも、朝、ジャケット着て、自宅のリビングで新聞読んでた。

で、おふくろが起きてきて、え、また出張なの?と。大変やないのと言うから、「いやいや、おふくろな、僕は社長の指名を受けることになるんや」と言うたら、その時に大粒の涙を流したんですよ。あの時は本当に親孝行したな思いましたね。

それで東京に行って小林さんと食事しながら「岡ちゃんな、これから言うことでノーはないで」と念押しされて。

もうこれは仕方ないなと覚悟したけど、ようここまで来たなと思いますわ。

全く自信もなかったし、海外経験もないし英語もろくすっぽしゃべれないしね。

それから本社の業務部も経験ない。本当に運がよかったなと。運というか、いい参謀が多かったんですよね、僕にはね。

逆境への向き合い方は

(栗山)
みんな逆境っていうか、うまくいかない時がある。

例えば僕の話で言うと、WBC勝たせていただいたんですけど、その前のファイターズ3年間っていうのは全然勝てなくて、もうそれこそむちゃくちゃたたかれまくる。監督ってたたかれる仕事なので。

ただ、自分としては、もちろんいろんな手を打って、いろいろ考えて手を打ちまくるんですけど、なかなか組織としていいほうに改善しないっていう。

これは会社でもよくあると思うんですけど、どういうふうに考えていったら?
(岡藤)
うちの社員に言っているのは、例えばスランプに陥ったらどうするんだと。野球選手は無心に素振りをするわなと、あるいはノックするわなと、走るわなと。

プロゴルファーもそうですよね。無心に何も考えずに球を打つんですよね。

商社の営業マンはスランプに陥ったら、とにかくお客さんのところに行けと。それが大事なんだと。

机に座って悩んでたら、どんどんこの悩みが深くなると言っているんですね。

だから、僕は昔、あるお客さんから、非常に悩んだ時に言われたのは、「岡藤さん、先を見たらだめや」と。

「スランプの時は、とにかく無心に今与えられた仕事をやればいずれ明かりが見えてくる」と。なるほどなと思ったんですよ。

悩みのある時は先を見ないと。ただひたすらに、今、自分が向き合ってる仕事をこなすと。そうすれば必ず先が見える時がくると。

山を登る時も初めから頂上を見てると嫌になりますよね。だから足元を見てこつこつ行くと。で、あるところで上を見る。また下を向いて行くと。こういうことじゃないかなと思うんですよね。

今、若い人で入ってもすぐ辞める人がおるんですよね、先を見て。

そうじゃないと。今やっていることを一生懸命やれば、そのうちに次のステップにいけるんですよねと僕は思うんですけどね。

悪い流れを変えるには?

(岡藤)
スポーツでも勝ってる時、これはいいんですけど、負けてる時にどのようにして監督として潮目を変えられるのかなと。

それをぜひお聞きしたかったんですけどね。

(栗山)
何やってもだめな時はもちろんあります。ただ、2回、ファイターズで優勝させてもらった時に、いつも最後競ってるんですけど、その時に主力選手が2回とも大けがをしていなくなる。

その時に、それ学びだったんですけど、普通はその人に代わる一番近い能力の人をそこに当てはめる。

ところが、そういう人をはめても、結局、チームとしては力が落ちる。
その時、優勝するためには100か0の若手で、伸びしろのやつで思い切り勝負いかないと勝負がつかないんだっていうので、僕は2回とも若手どーんと入れてるんですけど。

それはなぜかと言うと、直感ではないですけど、普通にやったら勝たないと思ったんで、逆に思い切っていろんな勝負。

逆なんですかね。この勝負できるんだ、俺みたいな、そういう時はやっぱり結果出てたんですね。

(岡藤)
なるほど。だから会社でも、ずっと悪い業績の時に思い切った人事をするというのも、そうかも分かりませんな。

もうこのままじゃだめだという時に、思い切ってばーんと若手を投入する、あるいはどっかから持ってきて、それで一気に気持ちを変えるというか、そういうのはあるかも知れませんね。

優等生の言うことは役に立たない

常々「メモを取る習慣がある」という共通点を持つ2人。

多くの部下を束ねる岡藤氏からはこんなエピソードが紹介された。
(岡藤)
予習だけじゃなくて復習的なことも書いてる。例えばお客さんと食事をして帰る時に、その時に忘れないで書いてるんですよね。

それと立派な人の言葉もね。例えば井上準之助という人がいたんですね、日銀総裁、大蔵大臣。
この方が「人格者を信用するな」と言ってるんですよね。

どういうことかと思ったら、人格者を否定するんじゃなくって、人格者というのはだいたい保守的で常識的なことしか言わないから、難局を切り開くための斬新な発想はないと。だからそれをうのみにしてはいけないよと、こういうことなんですよね。なるほどなと。

だから会議でも、だいたい優等生的な人が言うのはあんまり役に立たないんですよね。

ちょっとやんちゃくれの人が言うほうが、ヒントになる場合があると。こういうことですよね。

(栗山)
やっぱり、いろんなものを持ってる人を中に入れておかないと、組織としてはよくないよっていうことなんですか。

(岡藤)
そうですね。だから多様性というのはそういうことですよね。

例えば優等生的な人ばっかりでは、会社は伸びないですよね。特に先が見えないわけですから。

いろんな人を集めて。それはスポーツ系も理科系もいろんな人を集めて、力を結集していくというほうが幅が広いですよね。

混迷の時代をどう生き抜くか

(栗山)
見えづらいここからの時代をどういうふうに考えていったらいいのか。

(岡藤)
やっぱり日頃からいろんな準備、予習なんですけど、いろんなことを考えてる時に、ふと浮かぶんですよね。

それと、僕はやっぱり時代をリードする時に、自信のないことに対してはトップを走らないと。

自信もないのにそこでやると失敗しますよね。みんなに迷惑掛けるから。

今みたいに先が見えない時は、二番手、三番手で準備をしながらいろんなことを小出しにしていくというほうがいいんじゃないかなという気はしているんですね。

(栗山)
そうなんですね。例えば野球選手でも、この選手で絶対勝負ができるっていうふうな時と、勝負ができそうだなっていうのはちょっと違ってまして。

本当にできるんであればその選手に全試合スタメンでいけるんですけど、そうじゃない時って無理するとチーム自体がおかしくなってしまう。勝てないですし、選手もいろんな不平不満も出るしっていう。

要するに探りながらいけないところもあるっていうことですね、分かんない時には。

(岡藤)
一か八かは傷が大きくなりますよね。やっぱり慎重にしないとね、そこはね。

(栗山)
いい選手をつくりさえすれば、勝つんじゃないかっていうふうに思ってるところも実はあったりするんですけど、この辺りの考え方って。
(岡藤)
それは、僕がよく言ってるプロダクトアウトとマーケットインでね。

日本の国というのは、いいものさえつくれば売れると思ってるんですよね。

だから優秀な頭脳とかお金を全部川上、いわゆる原料とか素材とか部品に投入しているんですよ。
でも賢い国は、例えば中国とか、韓国のSamsungとかは、そういうものを安く買ってきて、組み立てて、デザインとブランドで高く売ってるわけです。

利益はここのほうが出てるんですよね。これなんですよ。

だから今おっしゃったように、いい選手を試合に出せば勝つかと言ったら、そうじゃないですよね。いい選手さえおれば優勝できる、そうじゃないですよね。

やっぱりバントうまい人もおるやろうし、中継ぎ投手もいるやろうし、それで監督の采配も要るでしょうからね。だからそこなんですよね。

やっぱり僕はハードじゃなくてソフトがこれから大事だと。もう大物の選手ばっかり、これハードですよね。

これをうまくまとめて、どういうような試合をするかというところのソフトのほうが大事なんじゃないかなと思うんですけどね。

いつまでトップを続けるか

社長就任以降、経営トップを13年以上続ける岡藤氏に、栗山氏から率直な疑問も。
(栗山)
最後に、やっぱりこれだけの人を背負って、結果を出しながら長くやられてるじゃないですか。

その責任を背負って、長く走り続けるってめちゃくちゃ大変だと思うんですが、やり続けられてる要因はどういうものなんですか。
(岡藤)
このきっかけが野球につながるんですけど、2015年ですか、WBCありましたよね。

日韓戦、準決勝。大谷が二塁を踏ませぬ好投をしてた。その時に、定石に従って7回からピッチャー交代したんですね。

代わったピッチャーもすばらしいピッチャーですけど、やっぱり調子の悪い時ありますよね。3対0で勝ってたのに、なんと4対3で逆転負けしたんですよね。それを見てて、調子のええのになんで代えるんやと。

ちょうど僕も、6年で代わるいうのが業界の常識になってたんです。その時に、2016年の末で6年ですから、どうしようかなと悩んでたんですよね。

で、いろんな人に聞いて、銀行の頭取とか、それからOBとかいろいろ聞いたけど、皆やっぱり続投という話になったんで、続投したと。

結局その時には、最初に伊藤忠が利益ナンバーワンになったんですよ。
それから、2021年。これは利益と時価総額と株価、3冠で1番になったんですよね。

僕はやっぱり、調子がええ時は代えたらいかんということができてるんですよ。

ただし、人間は限界がありますから、体力が続かなくなったり周りからちょっとおかしいぞと言われたら辞めないかんですけど、やっぱり勢いのある時は続けなければいかんのじゃないかなと。

(栗山)
そうですね。違う流れをつくっちゃいそうですもんね。

(岡藤)
勢いはそこで途切れてはいけないということで、歯を食いしばって頑張って、みんなも応援してくれてるんですけどね。

(栗山)
周りの風習とか習慣とか定石とか常識とか、そういうものにとらわれちゃいけないなっていうのは今のお話を伺ってて、すごく。

僕らもそれで悩む時があるので、参考にさせていただきます。
経済部記者
河崎眞子
2017年入局
松山局を経て現所属