GLP-1ダイエット “夢のやせ薬”の落とし穴

GLP-1ダイエット “夢のやせ薬”の落とし穴
「運動や食事制限の必要なし」
「簡単にやせられる」

こうした“甘い”うたい文句を目にしたことはありませんか?

ある薬を使用することでやせられると宣伝する「GLP-1ダイエット」です。

処方は自由診療で行われ、オンライン診療の普及もあって急速に広がっています。

一方で、深刻な健康被害を訴える人も。

国や医師会などが相次いで警鐘を鳴らす異例の事態が起きています。

(GLP-1ダイエット取材班)

糖尿病の治療薬と分かっていても…

ことし10月から「GLP-1ダイエット」を行っている、30代の女性です。
使っているのは、週に一回、自分で注射をするタイプの薬です。

「GLP-1受容体作動薬」と呼ばれるこの薬。
実は糖尿病の治療薬として承認されているものですが、この女性には既往歴はありません。

ダイエットのために使うことは「適応外」となり、自由診療の枠組みで処方されます。

10代の頃から、自分の体型にコンプレックスを感じていたという女性。
肥満度を表すBMIが標準であっても、常にやせたいという気持ちを抱いていました。
食事内容も厳しく管理し、パーソナルジムにも通いましたが、思うように体重が減りません。

その時目にとまったのが「簡単にやせられる」という広告。
それが「GLP-1ダイエット」でした。
30代女性
「周りが結構やせている友達が多く太れないというか。つきあっていた人とかからも、いじりですけど『なんか白くて丸いから、なんか大福みたい』とか、そういう本当にちょっとしたことで、ああやせなきゃいけないと。ずっと高校生のときからダイエットをしていました。テレビとかでもGLP-1はやっていて、わりと短期で効くのかなとSNSインターネットで調べてみて、まあ、試してみようって感じでした」
女性は利用していたクリニックにオンライン診療を申し込み、医師と名乗る男性から電話で問診を受けました。

問診では目的がダイエットであることや病気の有無などを聞かれ、5分ほどで終了。すぐに薬が処方されたと言います。

費用は3か月分で、およそ6万円。薬を使用して2か月で体重は4キロ減ったといいます。
30代女性
「ちょっと胃に食べ物がまだあるっていう感じ。そうすると、頭の脳も全然食べたいってならない。本来は糖尿病の人の治療薬だということは分かっていますが、買えるんだったら買おうかなと」

“夢の薬”と思っていたのに…

「手軽にやせられる」としてSNSなどで広がっている「GLP-1ダイエット」

一方で、健康へのリスクを指摘する声もあがっています。
薬の使用を続ける中で、命の危険に直面したという50代の女性が、自分の経験を伝えたいと取材に応じてくれました。

この女性もオンラインのクリニックで薬を処方され、半年で約10キロ減量しました。
しかし、ある日、体調に異変が起きたと言います。
50代女性
「痛くてじっとしていられず、のたうち回ると言う言葉がぴったりな痛みが夜中の1時ぐらいまで続きました」
突然、腹部と背中に激しい痛みを感じ、救急車で搬送されたのです。
診断の結果は急性すい炎。命にも関わる可能性がある重篤な病気です。

さらに胆石も見つかり、女性は入院して手術を受けることになりました。

「GLP-1受容体作動薬」は、主な副作用として、吐き気、頭痛、めまい、消化器の不調(便秘、下痢)などの症状が挙げられてます。

また重大な副作用として、まれに急性すい炎や低血糖になることもあるとされています。
しかし、これらの副作用は2型糖尿病の患者に投与した場合についてです。

糖尿病の患者以外の人が使用した場合の、安全性や有効性などは確認されていません。

またこの薬は、観察を十分に行い、異常が認められた場合には投与を中止するなど適切な処置を行うことが求められていますが、女性によるとクリニックからの確認は一度もなかったと言います。

女性は、体調に異変が起きるまで半年間、薬の利用を続けていました。
50代女性
「薬の副作用を調べたら『まれに急性すい炎を起こすことがある』って書いてあったので『あ、これだ、しまったな』と思いました。家族も巻き込み、自分も痛い思いまでして、入院でお金もかかるし、複雑ですよね。悲しいと言うよりむなしい感じです」
女性の症状について、搬送先の病院は「GLP-1受容体作動薬」によって引き起こされたものかは「断定はできない」としています。

ただ、病院の院長は、薬を処方したクリニックの対応には大きな問題があると指摘します。
中濃厚生病院 勝村直樹 病院長
「薬を処方する側は、自由診療であろうが責任を持たなければいけないので、そこは自由診療であろうが、医療者としてのプロフェッショナリズムをちゃんと持ってもらうことは必要だ」

調査報道 GLP-1 オンライン処方の実態は

今回、取材に応じてくれた人たちは、オンラインクリニックの自由診療で薬を処方されていました。

私たちは実態を調べるため、実際に「GLP-1受容体作動薬」がどのように処方されているのか、確かめることにしました。
対象は、大手検索サイトに表示された20の医療機関です。

調査の結果、3つの医療機関では処方されませんでした。
このうち、血液検査を求められたところが1つ。
BMIをみて「処方しない」と判断したクリニックが2つ。
客観的な情報に基づいて、処方をしない判断をしているものとみられます。
一方で、処方すると判断をしたのは17の医療機関です。
診察や薬の説明を丁寧に行っていたところもあった一方で、ひとことふたことで診察が終わったところや、重大な副作用について説明がなかったところもありました。

薬の使用後に体調不良が起きたときの対応については、半数の10か所が「フォローがない」「専門医がいない」などとして、対応は難しいと回答しました。

続いて、医師が診察を行っていることを患者にどう提示しているのか調べました。

国のオンライン診療のガイドラインでは「医籍登録年を伝えること」や「顔写真付きの本人証明書などを用いて、医師の資格を持っていることを示すこと」などと定められています。

しかし、今回の調査では「個人情報なのでお伝えしない」や「証明できない」などと回答し、医師が診療にあたっているかどうか確認できない医療機関が4か所ありました。

さらに、チャットのみで処方した医療機関や、看護師の問診のみで処方した医療機関もありました。
こうしたケースについて厚生労働省は『個別の事情を確認する必要がある』としながらも、国が定めた「オンライン診療のガイドライン」から逸脱しているだけでなく、「医師法」違反の可能性もあるとしています。

看護師の問診のみで薬を処方した医療機関に対して、NHKとして見解を尋ねると「不適切な診療であることは認識している。院内で対応を検討している」と答えました。

なぜこのような事態が広がるのか。
実際にオンラインで今回の薬を処方している複数の医師に話を聞くと…
「場所も問わず医師免許さえあれば誰でもできる」

「副作用のリスクは患者と同意すれば問題ない」

「やせ目的の患者はたくさんいる。オンライン診療では、短い時間で多くの患者を診察・処方できるので利益が出る」
こうした事態について、オンライン診療のガイドライン作成に関わった専門家は、医療の信頼を揺るがすと批判しています。
日本遠隔医療学会 理事 黒木春郎医師
「オンライン診療は本来、医療アクセスが向上し患者の利益にかなうものだ。しかし、オンライン診療の技術を悪用しているクリニックがあるとすれば、医療の質自体も下げてしまい、ひいては患者さん、あるいは住民にとっても不利益になる。これはやっぱり同じ医療者としては非常に怒りを覚えるし、憤りを感じます」
オンライン診療のガイドラインは保険診療も自由診療も対象ですが、罰則はありません。

しかし、ガイドラインで認められない方法で診療を行っている医療機関があるという情報が寄せられていることから、厚生労働省は実態の調査に乗り出す方針です。

薬が糖尿病患者に届かない

「GLP-1受容体作動薬」をめぐっては、さらに別の深刻な事態が懸念されています。実はいま世界的に供給不足となっているのです。
糖尿病の患者の増加などによって、欧米を中心に世界的に需要が高まり、国内でも供給が追いつかない状況が続いているのです。

そこにダイエット目的の利用に拍車がかかると、本来、薬を必要とする糖尿病の患者に、さらに行きわたらなくなると懸念されているのです。
20年前から糖尿病の治療を続けている兵庫県の中山和子さん(71)です。

2年前から「GLP-1受容体作動薬」を使用し始め、血糖値が大きく下がり、健康状態が改善しました。

さまざまな薬を試した末、ようやく効果を実感できる薬にめぐり合えたのだといいます。このまま続ければ正常な値に戻るかもしれないと期待をもって治療にあたってきましたが、いま大きな不安を抱えています。

ことし11月頃から、薬が手に入りづらい状況になっていると医師から説明されていて、中山さんも、院外処方箋を薬局に持って行ったところ、処方された量の半分しか在庫がなく、入荷を待たなければならなかったこともあったといいます。
中山和子さん
「私にとっては今、この薬しかないんです。ほかの薬に替えると言われたら、元に戻すと言われたら泣きます。ほかのいい薬でも私には合わなかったので。もし薬が飲めなくて症状が悪化したら、目が見えなくなったり腎臓が機能しなくなったりするから、いろいろ暮らしにくくなるようなことを聞いていますので、不安です」
中山さんの通う病院でも「GLP-1受容体作動薬」の供給不足への対応に苦慮していました。

通院して処方を受けていた患者には続けているといいますが、新規の患者には処方できない状況が続いているといいます。

診察にあたる医師は、薬が、必要とする患者に行き届かない事態を解消する必要があると訴えます。
関西労災病院 山本恒彦医師
「薬の効果が大きいですので、需要が高まっていくのも日に日に増していきますし、以前のように自由に出せるようになるには、まだまだ時間がかかるだろうと僕自身は認識しています。糖尿病の業界も長いですけど、初めてのことなので僕自身もだいぶ戸惑っていますが、適正な方が適正に使用するという正常な医療の状況に、一刻も早く戻ってほしいと心から思っています」
「GLP-1受容体作動薬」については、メーカーに増産を求める声があがっているほか、国は糖尿病の患者が優先的に使用できるようダイエット目的で処方する医療機関に納入しないことを卸売業者などに繰り返し呼びかけています。

しかし、安定供給の確実な道筋は見えていません。

リスクだけでなく本当に必要とする人のことも知って

冒頭で紹介した女性は下痢やおう吐など、副作用が疑われる症状が現れたにも関わらず、いまも薬を使い続けているといいます。

「結構依存しているところはあると思います。無いと不安になってしまいます」

体重42キロ、BMIは17.4。健康リスクが高まる「低体重」に該当する別の女性は、家族に反対されながら「定期便」で届く薬を飲み続けています。

一方、「GLP-1受容体作動薬」で糖尿病の治療を続けている40代男性は。

「SNSで美容やダイエット目的で薬を使っていると見てショックでした。治療のために作った薬ではないのか、メーカーや卸売業者に訴えたい」

糖尿病の患者にとっては深刻な問題だと訴えています。
「簡単にやせることができる」
そんなうたい文句に魅力を感じる人は少なくないでしょう。

しかし、そうした薬の使用方法にもリスクがあるということをまずは私たち自身が理解する必要があり、さらに、そうしたリスクまで含めてしっかりと対応や説明をしてくれる医療機関を選ぶことも重要です。

また、本当に必要な人に薬が届かない事態にもつながりかねないということまで思いをめぐらせることも重要なのではないでしょうか。

自由診療やオンライン診療については、糖尿病薬だけではなく、睡眠薬や向精神薬などほかの薬でも不適切な処方が懸念されています。

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(社会番組部ディレクター 木内岳志/おはよう日本ディレクター 和田雄三・渡辺貴美子/社会部記者 市毛裕史・北森ひかり)