団塊世代の「子どもたち」 迫る介護離職の危機 その対策は?

団塊世代の「子どもたち」 迫る介護離職の危機 その対策は?
本当に突然、介護が始まった。

仕事中にかかってきた一本の電話。
「母親が倒れて、救急車で運ばれた」

仕事は辞めざるを得なくなり、貯金を取り崩す生活。
しかし、3か月後にはそのお金も尽きる…

これはある男性が実際に経験したことですが、こうした状況は、いつ、だれに起きてもおかしくはありません。
特に2年後には「団塊の世代」が全員75歳以上になります。
その子どもたちが介護に直面し始めると、社会の中核を担う世代で離職者が増えていくことが懸念されています。

その時、あなたは働き続けることはできますか?

ある日突然…

都内に住む佐藤継助さん(51)。
いわゆる「団塊ジュニア」と呼ばれる世代です。

80代の母親は心臓に持病で歩くことが難しいため、移動は車いす。
通院には佐藤さんの付き添いが欠かせません。

佐藤さんはもともとITの請負の仕事をしてきました。社会に出たのは就職氷河期。ほとんどの時期を非正規として過ごし、母と祖母の生活を支えてきました。

しかし、8年前…
取り引き先で仕事をしていたら急に電話がかかってきました。

「母親が倒れて、救急車で運ばれた」

そして、本当に突然、介護が始まりました。
母親はそのまま入院。
認知症の祖母が家に残され、佐藤さんが介護を一手に担うことになりました。夜も目が離せず、十分睡眠もとれないまま仕事に向かう日々。

正社員であれば、介護の態勢を整えるための介護休業(93日まで)や、病院の付き添いのためなどに使える介護休暇(年5日まで)を取得できます。しかしフリーランスの佐藤さんはその対象ではありません。取り引きしていた会社に相談しましたが、状況は改善されませんでした。

3か月後。
体力も限界となり、仕事を辞めるしかありませんでした。貯金を取り崩しながらの生活を続けましたが、追い打ちをかけるように祖母の認知症が悪化。目を離すと、1人で家の外に出るようになりました。

仕事を探そうにも探せず、佐藤さんは追い詰められていきました。
佐藤継助さん
「介護の事情は関係者全員知っていますよ。でも、じゃあ違う駒を使うからいいですっていう態度なんですよね。あれはつらかったです本当に。次、就職できるかどうか分からなかったですからね。3か月後にお金がないってなったら、自分だったらどうしますか。あのときはかなりせっぱ詰まっていたと思います」
気がつけばカードの支払いが滞るまでに追い詰められた佐藤さん。
このままでは生活が破綻してしまうと、母親の体調が小康状態の時は、かつての仕事先から単発の仕事を回してもらい、何とか収入を得て急場をしのぎました。
祖母は4年前に亡くなり、いまは母の介護をしている佐藤さん。

ITの知識を生かして在宅でできる仕事を徐々に増やし、再び生活ができるだけの収入を得られるようになりました。

それでもこの先、母親の状態が悪化したら、再び働けなくなるのではないかと不安を感じています。

介護に直面する 団塊世代の“子どもたち”

10万6000人。

2022年に介護や看護が原因で仕事を辞めた人、離職者の数です。

この数はさらに増えていくとみられています。
2年後に人口規模の大きな「団塊の世代」が全員75歳以上になり、その「子どもたち」が介護に直面していくためです。

「子どもたち」はいわゆる「団塊ジュニア」「ポスト団塊ジュニア」と呼ばれる52歳から39歳までの人たちで、いま社会の中核を担う世代です。人口規模にしておよそ2400万人に上ります。

しかし、団塊の世代の子どもたちは新卒時の就職が特に厳しく、世帯収入も相対的に低く、共働きが増えたことから、介護をする力が弱まっていると指摘する専門家もいます。
大和総研 政策調査部 石橋未来さん
「この世代は世帯収入も低く、晩婚や高齢出産も進み、さらに共働きも多い。つまり仕事や育児の両立だけでも厳しさが増している。そこに介護が加わると、追い打ちをかけるように追い詰められてしまっている状況。一度、介護離職してしまうと復職するのは簡単ではなく、再就職率は3割にとどまっている。離職者全体の再就職率と比べて低く、本人の暮らしそのものや老後にも大きな影響を及ぼす大きな問題といえる」

“介護離職”を会社の問題に

企業にとっても介護離職は喫緊の課題です。
大阪・淀川区で機械メーカーを経営する佐伯直泰さん。
以前は介護の問題にはあまり関心がありませんでしたが、自身の母親に介護が必要になったことをきっかけに、同じような社員がいないか年齢を確認してみると…

3割近い社員は、親が団塊の世代かそれに近い年齢で、介護が現実味を帯びていたのです。しかも多くは課長などの重要な職種に就いて、介護で休職や離職をされると、業務に大きな支障がでることがわかりました。
機械メーカー社長 佐伯直泰さん
「ある程度、仕事で責任を負っているひとが、親の介護を理由に辞めていなくなると、物事一つ決めていくのにもスピードが遅くなり支障が出る。すぐに代わりが務まる人も見つからず、会社として大きな損になる。抜けた穴をどう埋めればよいのか。本当に大変なことになると思った」
いざ親の介護が始まったら、会社はどうすればいいのか。
佐伯さんは社会福祉士を講師にした勉強会を定期的に開き、介護をめぐる国の支援制度や仕事と両立するために必要な知識を紹介してもらうようにしました。
社会福祉士 佐々木さやかさん
「まずは親御さんの経済状況の把握からです。親が“要介護1”とかまだ軽度の時から、情報収集を始めましょう」
そして、勉強会の後は、社会福祉士も参加する「飲み会」を開催。

プライベートな話題で打ち明けにくい介護の話を、少しでも気軽に相談できるようにしようと考えたのです。

こうした工夫もあってか、社員たちの会話のなかに介護の話題もでてくるようになったといいます。
50歳社員
「勉強会でいろんなことが聞けてよかったです。自分の母親もちょっと物忘れがひどいとか言いだしているので」

46歳社員
「社員としても介護を会社で話題にできることはすごく安心できます」

介護費用を会社がサポート

家族を介護する社員を経済的にサポートする企業も出てきています。

大阪・浪速区に本社がある家電量販店。
毎年、数人のベテラン社員が介護離職することが課題となってきました。

親の介護を控えているという社員も、不安を口にしていました。
41歳社員
「いざというときに介護を必要とする家族のところに駆けつけられるような状況じゃない場合もあるかもしれない。そんな漠然とした不安があったんです」
そこでこの会社が去年3月から始めたのが、労働組合の「介護共済」に対する補助です。
この介護共済には、流通やサービス業などさまざまな組合が全国から加入。合計11万人の組合員から毎月数百円ずつ掛け金を集めています。これをもとに、介護が必要になった組合員に最大500万円を支給し、施設の入所費用や介護サービスの利用料にあててもらおうという仕組みです。
この家電量販店で組合に加入している社員は5200人。会社は組合と協議した結果、掛け金の8割近くを負担することにしました。介護離職を会社ぐるみで食い止める一歩にしたいと考えたからです。
家電量販店 田中幸治 取締役常務執行役員
「コストではなくて、最近流行のことばで言うと、人的資本への投資ですよね。社員は将来の持続的な成長とか、企業価値を高めてくれる存在。そこにわれわれは投資していくという感覚を持たないといけないと考えています」

経験者として

介護をきっかけに仕事を辞めた経験がある佐藤継助さん。
自分と同じような悩みを持つ人たちを少しでも助けたいと考え、介護をしている人たちの思いを聞く「傾聴サービス」の活動を始めました。

相談を寄せるひとの3人に1人は、かつての佐藤さんと同じように親の介護が原因で仕事を辞めたひとたちだといいます。

この日は関西で認知症の母親と同居し、世話を続けているという40代の女性から電話がありました。
女性
「けさも母親が3時半から起きてきて、ベッドへ連れて帰ってっていうのを10回くらい繰り返していて、全然いうことを聞かなくて。朝からどなり散らして」
(※許可を得て相談内容を記録しました)
佐藤さんは、介護サービスにつながることができていない人には「地域包括支援センター」などを紹介。仕事が必要な人には、就業支援につながる複数の窓口を調べ伝えるなどしています。
佐藤継助さん
「すぐに仕事を見つけることが難しくても、まずは地域のボランティアに相談するなどできることから始め、孤立せず社会とつながってほしい。企業と介護をしているひとの両者が話し合うことで働ける方法を探り、お互いに納得できる落としどころを見つけていければ、われわれ介護しているひとたちが労働環境に戻っていき、人手不足に悩む企業も労働人口を確保できる。どっちにとってもいい形になっていけばいいと思います」

“介護離職” 社会全体で支える時代へ

かつては「個人の問題」だった介護ですが、いまや企業が「介護をひとりで抱え込んではいけない」というメッセージを発し、社会全体で支える時代に変わってきています。

佐藤さんのようなフリーランスのひとたちが介護に向き合いやすくするための内容も盛り込まれた新しい法律も来年(2024)施行され、継続的に契約関係にある企業は、フリーランスのひとから申し出があった場合は、仕事と介護を両立できるよう配慮しなければならなくなるようになります。

しかし、法律や制度が整っても、きちんと周知し、活用していかなければ実効性は上がりません。実際、介護と仕事を両立するための「介護休業」や「介護休暇」といった国の支援制度は、現在およそ9割の人が使っていないという調査もあります。

社会の屋台骨を支える団塊世代の「子どもたち」が介護離職してしまえば、その影響は本人にとどまらず、企業や社会の安定も脅かしかねません。

見て見ぬふりできない問題だからこそ、改めて社会全体で支え合っていく必要があるのではないでしょうか。

(10月27日「かんさい熱視線」で放送)
大阪放送局 ディレクター
泉谷 圭保
平成12年入局
子育てや教育、介護問題などを取材