“中国「建国の父」” 毛沢東 生誕130年で記念の催し

中国で「建国の父」とされる毛沢東が生まれて26日で130年となり、習近平指導部は記念の催しを開き、その功績をたたえました。

130年前の1893年12月26日に生まれた毛沢東は、中華人民共和国の建国を主導し、中国では「建国の父」と呼ばれる特別な存在です。

26日は生誕130年を記念して、中国各地で記念の催しが開かれ、このうち首都 北京では、共産党最高指導部の7人全員が天安門広場にある毛沢東の遺体を安置した施設を訪れ、拝礼しました。

このあと、人民大会堂で開かれた記念の座談会で習近平国家主席は毛沢東の功績をたたえたうえで「中国式現代化によって強国建設と民族復興という偉業を全面的に推し進めるべきだ。これは毛沢東らかつての革命家がやり残した事業だ」と述べ、台湾の統一や社会主義現代化強国の建設といった、みずからが掲げる目標を強調しました。

一方、毛沢東の生まれ故郷の湖南省韶山では、25日夜から26日朝にかけて毛沢東の銅像がある広場に大勢の人たちが集まり、歌を歌うなどして祝ったと伝えられています。

毛沢東をめぐっては、中国全土を混乱に陥れた「文化大革命」を発動しましたが今ではこうした負の側面が表立って取り上げられることはありません。

その一方で、中国の人々の間では「資本家や地主層を打倒し、貧富の差を許さなかった」として、今も崇拝する動きが根強くあります。

このため習近平指導部は、毛沢東への過度な崇拝が進めば、誰も否定できない毛沢東の思想をよりどころに、人々が格差などへの不満の矛先を指導部に向けるおそれに警戒感を強めているといった指摘も出ています。

毛沢東への崇拝と銅像撤去の動き “相当な力が働く”

中国の人々の間では、今も毛沢東の人気は根強く、生まれ故郷の湖南省韶山は国内有数の観光スポットになっています。

このうち毛沢東が生まれ育った農村部にある住宅は、11月下旬の週末「90分待ち」の長い列ができていました。

訪れた男性は「毛主席は私たちの生活に関心を持ち質素倹約を教えてくれた。毛主席は中国の偉大な領袖(りょうしゅう)であり世界の偉人だ」と話していました。

一方で、毛沢東の思想を重視する中国メディアの一つ「紅歌会網」は、ことしに入り、湖南省のほか、山東省や河北省で、毛沢東の銅像が撤去される動きが相次いでいると伝えています。

このうち、湖南省長沙の郊外にある村では11月、村の中心部の広場に建てられたばかりの毛沢東の銅像が、1か月余りで何者かに撤去されました。

ことし10月はじめに行われた銅像の除幕式に出席したという女性によりますと、銅像は、毛沢東を崇拝する地元の経営者が中心となり、村の住民も費用を負担して建てられたということです。

この女性は「みんなでお金を出して毛主席への尊敬を表現したにすぎないのに、この話題に触れてはいけないと言われている。政治的な話題のように扱われ村じゅうがとても奇妙だ」と話していました。

一方、村の幹部と名乗る男性は「銅像はあまりきれいではなかったから工場に送り返した」と説明していました。

中国の政治や社会に詳しい神田外語大学の興梠一郎 教授は、NHKのインタビューに対し、銅像が撤去された具体的な理由ははっきりしないとしながらも「政治的な意向など相当な力が働いていると思う」と指摘しました。

興梠教授は「中国では過去にも毛沢東の肖像画を掲げて行進する労働者のデモが起きている。銅像を崇拝の対象として、政治運動が展開される可能性もあるので、危険と判断したのではないか」と述べ、毛沢東への過度な崇拝を警戒して銅像が撤去されたのではないかという見方を示しました。

そして興梠教授は「習近平政権は、すべての領域を『政権の安全』という観点から見ている。習近平政権になってから引き締めが強くなっている」と述べ、習近平指導部は、「平等」を重んじた毛沢東への崇拝をよりどころに、貧富の格差などへの不満が、今の指導部への批判に転じないか警戒を強めているという見方を示しました。