アニメ新作映画 デジタルでキャラクターの表情に陰影の新表現

「スタジオジブリ」出身のプロデューサーやアニメーターたちが中心となっているアニメスタジオの新作映画の公開が今月始まり、手描きのこだわりに加え、キャラクターの表情に陰影を施す技術を取り入れるなど、新たな表現手法に挑戦した作品が注目されています。

「スタジオポノック」 6年ぶり2作目の長編

アニメ映画「屋根裏のラジャー」は、宮崎駿監督が長編アニメ制作からの引退を宣言したあと、「スタジオジブリ」が制作部門を一時的に解散したことを受けて、2015年に設立された「スタジオポノック」による6年ぶり2作目の長編です。

物語は、ある少女の空想の中に存在する少年「ラジャー」が、人間に忘れられると消えてしまうという運命に向き合い、仲間たちと冒険するファンタジー作品で、主人公「ラジャー」の声優は、俳優の寺田心さんが務めています。

“手描き” 技術にこだわり

「スタジオポノック」では、アニメーターたちが1本1本の線でキャラクターや背景を描いていく、ちみつな手描きアニメの技術にこだわっています。

今回の作品では、スタジオの内外からおよそ500人のスタッフが集まり、手描きの作画枚数は、10万枚以上に上ったということです。

キャラクターの表情に陰影 独自技術を国内初導入

さらに、新たな取り組みとしてフランスのアニメーション会社が開発した、キャラクターの表情に陰影を施すことなどができる独自の技術を国内で初めて取り入れました。

これまでの手描きの手法では、陰影をつけると、1つの絵に対し30枚から50枚の絵を重ねる必要があり、膨大な時間がかかったということです。

デジタル処理で心情を描き出す 手描きアニメを一歩先へ

一方、新たな技術では、デジタル処理で陰影をつけられるソフトを使い、場面によって設定した、色の強さや鮮やかさ、それに明るさの度合いなどに応じて、細かな影をつけることができます。

これによって、表現が難しかったキャラクターの喜びや悲しみといった心情を描き出すことにも挑戦したということで、スタジオでは「日本の手描きアニメを一歩先へ進める技術だ」としています。

劇場訪れたファン「絵に新しい味」

劇場を訪れたファンは「絵がすごく作り込まれていると感じました。ジブリのイメージを持っていましたが、絵には新しい味があっておもしろかったです。日本のアニメ制作は高い水準で競争になっているので、これからも楽しみです」と話していました。

西村プロデューサー 作品に込めた思い

「スタジオポノック」の西村義明プロデューサーに、「屋根裏のラジャー」の公開にあたり、作品に込めた思いを聞きました。

はじめに、手描きアニメへのこだわりについて、西村さんは、現在は、CGで作られたアニメも多く、自身も好きで見ているとしたうえで、「手描きアニメは、作り手が“線”を選び取って、『この世界はこうである、こういうふうに伝えたい』と考えながら1枚1枚を紡いでいます。『このシーンはこういう心情だ』『このときこのキャラクターは幼く見えるけどラストシーンはたくましく見える』というように絵は変えられる。これに対し、CGは、1つの空間と1つのモデルを作ったら表情は変わるけれども、基本的に形状は変わらない。手描きアニメの方が自分たちが感じる世界の見方を映像に込められるところが一番の魅力です」と語っていました。

「アニメ映画 一歩前に進めることができる期待」

そして今回の作品では、照明のライティングのようにキャラクターの表情に陰影をつけることで、その心情を表現することができるフランスのアニメ会社の技術を取り入れています。

その理由については、「この数十年間、CGアニメは如実に進化を続けているのに対し、手描きアニメの進化の幅は極めて限定的だったと思います。背景美術は緻密に美しくなっていきますが、人間の手で作るという限界がある以上、キャラクターは平面的というか情報量が足りませんでした。人間の表情に影と光をきちんと当てることができたらそこに人間の心理を投影することができる。今回の技術があれば、日本のアニメ映画を一歩前に進めることができるという期待で胸が膨らみました」と話していました。

去年夏に公開予定も延期を決断

一方、この作品は、2017年に企画がスタートし、当初、去年の夏に公開する予定でしたが、コロナ禍や新たな技術の導入、それにアニメーターの不足などで制作が遅れたという経緯があります。

制作期間の延長によって人件費などが大きく増え、経営的な影響も避けられませんでしたが、自分たちが目指したクオリティーが実現できないのではと考え、公開の延期を決断したということです。

決断に息子との会話

そして、西村さんは、この決断には、息子との会話があったことを振り返っていました。

「当時9歳の息子と風呂に入っているとき、『パパの作っている作品が間に合わないかもしれない。だめな映画を作ればお金は損しなくてすむけど、いい映画を作ろうとするとお金いっぱい損する。この家もなくなっちゃうかもしれない。どっちがいいと思う』と聞きました。

すると、『いい映画作った方がいいよ。いい映画を作ったらパパはいっぱい損してもお客さんが喜んで、最後はパパが得するよ』と言われたんです」

西村さんは、スタジオでは子どもたちの心に残る作品を作り続けていきたいと強調し、「作品を見た子どもたちが10年後に世界をよりよくしてくれるという期待と希望をかけています。大人向けの作品を作ってくださいと言われることもありますが、1社ぐらい、子どもたちの横に座って、彼らのことばに耳を傾けるアニメーション集団がいてもいいだろうという思いが強くあります」と語っていました。