「あきたこまちR」危険視する根拠ない情報拡散 県注意呼びかけ

秋田県で開発された「あきたこまちR」という新しい品種の米が「危険だ」とする、根拠のない情報が広がっています。

旧ツイッターのXでは「放射線育種米」という聞きなれない言葉も。

SNSでは農家に対する誹謗中傷の投稿も見られていて、秋田県は12月に入り、ウェブサイトで冷静な対応を呼びかけました。

「あきたこまちR」切り替え表明後に…

ことし2月、秋田県は主力のコメの品種「あきたこまち」を2025年度から新しい品種「あきたこまちR」に切り替える方針を表明しました。

秋田県は、コメの生産量で新潟県、北海道に次ぐ3位で、JA全農秋田県本部によりますと「あきたこまち」は県で作られている米の4分の3近くを占めています。

「あきたこまちR」への切り替えが表明されて以降、Xなどでは根拠がない情報が飛び交いました。

「遺伝子が破壊され、異常なたんぱく質が生まれる」
「致死量の放射線を浴びせている」
「子どもたちに影響を及ぼすかもしれない」

11月には、参議院議員会館で開かれた集会に一部の国会議員が参加したこともあり、Xでは「あきたこまちR」に関する投稿が急増しました。

NHKが分析すると、11月に投稿された10万件以上の投稿のうち、8割以上が参加した議員への批判や主張に反論する内容でした。

一方で「あきたこまちR」に反対する投稿も、少なくとも5000件以上ありました。

そもそも「あきたこまちR」とは

中央から左側が「あきたこまちR」 右側が「あきたこまち」

「あきたこまちR」は、「あきたこまち」を品種改良して土壌中からカドミウムを吸収する割合を減らした品種で、秋田県が開発しました。

カドミウムは、長年体に取り込み続けると腎臓の機能などに影響が出るため、コメの産地では吸収する割合を減らす対策が進められてきました。

中でも、鉱山が多い秋田県では、イネの穂が出る時期には県内のおよそ2割の水田で、6週間ほど水を張ったままにして、カドミウムを吸わないようにさせてきました。

「あきたこまちR」ではこうした手間のかかる作業をすることなく、カドミウムの吸収を減らせると期待されています。

この「あきたこまちR」は、「あきたこまち」と国が育成したカドミウムの吸収率が低い品種「コシヒカリ環1号」と交配させたもので、収穫量や味などは変わらないとしています。

名前の「R」には、

1:「Reiwa」(令和)
2:「Reborn」(再生)
3:「Renew」(更新)
4:「Reduce」(カドミウムを減らす)

の4つの意味が込められているということです。

秋田県 “安全性に問題はまったくない”

あきたこまちR

どうして「危険だ」とする主張が出てくるのか。

「あきたこまちR」は、親にあたる「コシヒカリ環1号」が作られる際、「コシヒカリ」の種子に「イオンビーム」と呼ばれる放射線が1度照射されています。

この点をとらえて、危険だとか、「遺伝子が破壊され、異常なたんぱく質が生まれる」とかいった主張が出されていますが、秋田県は安全性に問題はまったくないとしています。

一方で、「あきたこまちR」そのものには放射線の照射は行われていないということです。

放射線使った育種には歴史 自然に起きる突然変異を起こさせる

農作物の品質改良を行う際には、放射線を照射して突然変異を起こさせることがあります。

放射線は自然にもあり、それによって突然変異が起きることがあります。

秋田県は、人工的に放射線を当てることは「自然放射線による影響と同じ種類の効果を放射線の照射によって短期間で得る手法で、お米だけでなく野菜や果樹などさまざまな品目の育種でも使われています」としています。

さらに、秋田県は植物遺伝育種学の専門家の意見を紹介する形で、「自然に起こった突然変異は安全で、人為的に起こした突然変異は危険というのは誤りである」としています。

また、「コシヒカリ環1号」にも放射性物質が残ることはなく、安全性は確認されています。

「あきたこまちR」の場合、十分育った「コシヒカリ環1号」の子や孫に当たるイネを育て、何年もかけて農業上有用な性質を持った個体を選んだということです。

農作物の育種に詳しい東京大学大学院 井澤毅教授
「放射線照射による育種は1960年代から始まっており、コメに限らず、花や梨などいろいろな品種が流通しています。世界中で数え切れないぐらいの新しい品種が生まれています。突然変異が起こされたものから有用なものを選びに選んで作るので、放射性物質が残留するわけないし、放射能があるわけでもありません」

違う生物で放射線量を比較しても“意味がない”

また、「致死量の放射線を浴びせている」というSNSでの主張について、秋田県は「人に照射して危険なレベルと植物への照射線量を単純に比較することには科学的に意味がない」としています。

そのうえで、がん治療では全身に浴びると危険とされるレベルを超える放射線量を患部に照射し、病気を治している事実もあるとしています。

放射線を使った育種に詳しい福井県立大学 風間裕介教授
「そもそも人の100倍の線量を当てても死なない植物もある。違う生物なのに同じ基準で致死量を判断してしまうと、語弊が生じてしまいます」

「イオンビームの場合、照射したあとに植物が元気に生えてくる、『生存率』が90%以上になるよう、放射線の量を調節して線量をあてるのが一般的です。農作物にイオンビームをあてた直後は放射線を出しますが、おおむね数時間から半日くらいで出なくなります。さらにその後、次の世代、その次の世代ぐらいで選抜を行うので、もう一切、放射線とは切り離して考えてもらえばいいと思います」

SNSで広がる「放射線育種米」

Xでは「あきたこまちR」や「コシヒカリ環1号」をめぐって「放射線育種米」という聞きなれない言葉が出ています。

ことし3月以前はXでも現れておらず、4月に「あきたこまちR」などについて「重大な問題」と訴えるブログで用いられてから広がり始めていました。

ただ、国や秋田県も用いておらず、育種の専門家も聞いたことがないとしていて、ネット上での「造語」とみられています。

これに関して、中には200万回以上再生されている動画もありました。

東京大学大学院の井澤教授は「『放射線育種米』という言葉は初めて聞きました。専門家からすると誤解を生みやすい表現です」としています。

また、福井県立大学の風間教授は、専門家が「放射線育種米」という言葉を使うことはないとしたうえで、「放射線照射は突然変異の効率を上げているだけで、交配育種などと原理的には何も変わりません。育種の歴史が長い、主だった作物に関しては全く心配ない」と話しています。

県へのクレーム、農家への誹謗中傷も…

SNSで広がる根拠のない主張で、秋田県や農業者にも影響が出ています。

秋田県水田総合利用課には、安全性を不安視する内容やクレームの電話が多いときには1日10件ほどあったということです。電話の大半は県外からでした。

県議会の意見募集でも
▽県内からの意見は469件だったのに対し、
▽県外からは5281件でした。

また、秋田県によりますと、農家が誹謗中傷の言葉をSNSや電話、メールで受けるケースも出ています。

県では、広報誌や、座談会・説明会など、さまざまな手段で安全性についての周知を進めているほか、今月、不安をあおる情報や誹謗中傷に注意するよう、ウェブサイトでも呼びかけを始めました。

秋田県水田総合利用課の担当者は「『あきたこまちR』に放射線を当てているわけではないことや、自然界で起きる現象と同じであること、放射線照射による育種に由来するコメは多くあること、安全性に問題がないことを伝えています。SNSの情報で不安に思われた方は、県のホームページなどを見て、冷静に判断していただきたいと思います」と話しています。

新技術、不安を感じても「まず考えて」

専門家は新しい品種や技術などを不安に思ったとしても、SNSで飛び交う情報を安易に拡散しないよう呼びかけています。

東京大学大学院 井澤毅教授
「新しい技術とか新しいものが社会実装されるときに不安感があることはよくわかります。『放射線』=『危ない』と単純に考えずに『どうしてだめなのか』を論理的に人に説明できるか、一度考えてほしいです。そして、確信を持てた時にだけ、情報を発信するスタンスを持ってほしい」

福井県立大学 風間裕介教授
「何が事実で、何が事実ではないかを見分けるのは非常に難しいです。第三者の情報にどんどん尾ひれがついてしまうこともあるので、なるべく根拠のある元の情報ソースにあたっていただきたい」