アメリカの核融合 いつ実現?スタートアップ企業の開発加速

アメリカの核融合 いつ実現?スタートアップ企業の開発加速
「我々はライト兄弟が最初の飛行機を飛ばしたのと同じ瞬間にいる」

アメリカの核融合の業界代表はこう熱っぽく語りました。SF映画の世界で強力なエネルギー源としてたびたび登場してきた核融合。遠い未来の話かと思いきや、アメリカでは国家プロジェクトだけでなく、スタートアップ企業に巨額の資金が集まり始め、開発が加速しています。
発電の過程で二酸化炭素を排出せず「究極」とも言われるエネルギー技術。実現は近いのか。アメリカでその最前線を追いました。
(アメリカ総局記者 田辺幹夫)

スター・トレックの宇宙船も核融合が動力源

映画「スター・トレック」に登場する宇宙船「エンタープライズ」。

光の速さを超えてワープできるという乗り物で、そのエンジンには核融合が使われているという設定です。

この写真のエンタープライズは2300年代という遠い未来の宇宙空間を飛行しています。

スタートアップが本気で開発

現実の世界に戻ると、核融合の開発はどこまで進んでいるのでしょうか。

アメリカではいま、民間企業の活動が活発になっています。

しかも大手企業ではなく、スタートアップ企業が本腰で取り組んでいるのです。
「私が立っているここに核融合炉が入ります。組み立ての準備は整っています」

こう語っているのは、核融合開発を手がけるスタートアップ企業「コモンウェルス・フュージョン・システムズ」の担当者。

この企業は、アメリカのマサチューセッツ工科大学の研究者が中心となって設立しました。

現在、ボストン近郊にある会社の敷地に、発電設備を備えた核融合炉が入る建物を建設しています。
この会社では2030年代前半の実用化を視野に開発を加速させているといいます。

マイクロソフトが電力購入契約

西部ワシントン州に拠点を構える「ヘリオン・エナジー」は、2028年までに稼働開始を目指している核融合発電所の電力をIT大手マイクロソフトに供給する契約を結んだと2023年5月に発表し、世間を驚かせました。

核融合ってそもそもどんなもの?

そもそも核融合とはどのようなものなのか。

すごく簡単に説明しますと、太陽をつくるようなものです。
太陽の内部で起きている反応が核融合なのです。

太陽の内部では軽い原子核どうしがくっついて、より重い原子核にかわる際に、ばく大なエネルギーが発生しています。

それを専用の施設で人工的に引き起こして発電に利用しようというのが「核融合発電」です。
この核融合発電、メリットとして次のようなことがあげられます。
●発電のプロセスにおいて二酸化炭素などを出さない
●燃料は主に水素の仲間(重水素など):海水に含まれており世界中どこにでもある
●研究者によると、安全面では、核融合を起こす炉の制御がきかなくなって暴走するということは原理的に起きない
●また原発で起きている核分裂とはまったく異なるプロセスなので、高レベル放射性廃棄物も発生しない

最大のデメリット:実現の難しさ

デメリットはなんといっても実現の難しさです。

地球上で核融合反応を安定させるには1億度以上という、超高温の状態を持続的に作る必要があります。

半世紀以上、研究されていますが、国家レベルや複数の国が参加する国際プロジェクトをもってしても、いまだ、実現できていません。

業界ではこんなジョークが昔からの定番となっています。
Fusion energy is 30 years away, and always will be.
(核融合発電は「30年後」に実現できる。ただし、いつまでたっても「30年後」)

生成AIのアルトマン氏も投資

「いつまでたっても30年後」

実は最近、このジョークが通じなくなってきているのです。

大きく変化しているのはスタートアップ企業への資金の集まり方です。

世界の主要スタートアップ43社が、2023年7月までの1年間で新たに投資されたとみられる額はおよそ14億ドル。この43社がこれまでに集めた額は62億ドルに上ります。(アメリカにある業界団体「核融合産業協会(FIA)」の調査)。

アメリカにある企業は最も多く、25社。
これまでの出資者の中には、マイクロソフトや生成AIのベンチャー企業のトップ、サム・アルトマン氏など著名な大手企業や経営者も名を連ねます。

スタートアップ企業内部を取材

投資が集まるスタートアップ企業の開発はどこまで進んでいるのか。

私はここ1年ほどの間で約2億5000万ドルの資金を集めた、カリフォルニア州の「TAEテクノロジーズ」を訪ねました。
案内された体育館ほどの施設の中にあったのは、人の背丈をゆうに超える巨大な実験装置。
内部では核融合の元になる「プラズマ」(原子が原子核と電子に分かれて自由に飛び回っている状態)を発生させ、どのような特徴があるのか詳しく調べていました。

この企業がユニークなのは、燃料として、水素の仲間どうしの核融合ではなく、水素と別のものを使う点です。

それは何かというと「ホウ素」です。
ホウ素は化合物としては耐熱ガラスなどに使われる身近な元素で、このホウ素を燃料の1つに使うと、核融合を起こす設備の設計がより簡単になると会社では見込んでいます。

失敗を良しとする社風

社風も興味深いものでした。

「失敗を良し」とし、さまざまな装置を改善し、時には壊してまた作り直すというプロセスを短い期間で繰り返して前進させるというのです。

また、この会社では開発中の技術の中から、電源に関する技術でほかにも応用できるものを製品化して販売し、一定の利益を確保して研究開発の費用などに充てています。

この企業には世界30以上の国や地域から研究者を社員として雇っているということで、実験装置を一望できるコントロール・ルームでは、若い社員が活発に議論しながら研究開発を進めていました。
この会社には日本人が幹部として勤務しています。

科学部門の責任者を務める、田島俊樹チーフ・サイエンス・オフィサーです。

自社の核融合開発を次のように話していました。
TAEテクノロジーズ 田島俊樹CSO
「我々は、発電に使える『核融合炉』を、いかに安全に、かつ、限りある時間に、限りあるお金でできるか、という観点で、できる方法を探しています。投資家から見れば、お金を投じていれば『いずれモノになる(実現する)』と思ってもらえるから資金が集まるのだと思います」

投資家はどう見ている?

では、お金を出す側は核融合のスタートアップ企業をどのように見ているのか。

2年前からおよそ1900万ドルを核融合に投資してきた、アメリカのベンチャーキャピタルの担当者は、次のように話します。
投資会社「プライム・ムーバーズ・ラボ」ジョシュ・アゲンブロードさん
「スタートアップ企業は、国家プロジェクトより機敏に、より素早く行動することができ、より少ないリソース(資金や人材)でより多くを行うことができると思います」

大きい「起業できる環境」

アメリカで資金が集まる理由を探ると、大学で優秀な研究者が育っていること、そして挑戦する企業に資金を提供する出資者の存在が見えてきました。

大学で核融合を研究してきた人たちが大学を飛び出して会社をつくる。

それに対し、将来の大きなリターンを想定して出資するベンチャーキャピタルなど民間からの資金が、挑戦を支えています。
投資会社「プライム・ムーバーズ・ラボ」ジョシュ・アゲンブロードさん
「エネルギーは、私たちの経済活動や行動など世界の根幹をなしますが、環境問題や公平性の問題などさまざまな課題があります。核融合発電は、こうした多くの課題を解決する可能性を秘めているのです。世界の電力市場は、数兆ドルとも言われる巨大な市場です。信頼性が高く、クリーンで安全な電力を、今ある電力に勝る値段で売ることができれば、そのリターンはばく大。『ブレークスルー・サイエンス』として、これに匹敵するものは、ほかにありません」

画期的な成果 でも…

核融合をめぐっては2022年12月にアメリカの国立研究所で画期的な成果が実現しました。

カリフォルニア州にある、ローレンス・リバモア国立研究所で、初めて、投入した量を上回る量のエネルギーを発生させることに成功したのです。
アメリカ・エネルギー省も会見を開き「21世紀における最も偉大な業績のひとつだ」と力を込めました。

ただ、この「偉大な業績」でも、差し引きして発生したエネルギーは、3リットルの水をお湯にする程度に過ぎません。

発電手段として利用するには、少なくとも数千倍のエネルギーが必要です。
ローレンス・リバモア国立研究所 タン博士
「去年、実現した研究成果を、実際の発電に転用するには相当な努力が必要です。例えば、核融合発電用の炉を設計する必要があります。いつ実現できるか、それは、意思と、人材や資金をどれだけ投じるかによって決まると思います」
業界団体の代表は、核融合をめぐる今の状況をこのように例え話で語りました。
核融合産業協会(FIA)アンドリュー・ホランド代表
「核融合が難しいことは認めます。繰り返しますが、本当に核融合は難しい。しかし、いま我々は、核融合において、ライト兄弟が最初の飛行機を飛ばしたのと同じ瞬間にいます。民間企業のスペースXがいまや、ロケット打ち上げの主役になっているのと同様、民間では不可能と考えられていたことが、これから実現しようとしているのではないでしょうか」
ライト兄弟が世界で初めて空を飛んだのは、いまからちょうど120年前の1903年。

それから32年後にはダグラスDC-3という双発の旅客機が初飛行し、空の旅が現実のものとなっていきました。
過去を振り返るとテクノロジーの進化は気づかないうちに加速していっています。

映画の世界だった核融合発電が実現するのはいつごろなのか。
業界団体(FIA)が企業にアンケートをとったところ、40社中26社が「2035年まで」と答えたそうです。

2035年というとあと12年です。
究極とも言われるエネルギー源は実現するのか。
スタートアップ企業の挑戦は続きます。

(12月7日「ニュースウオッチ9」で放送)
アメリカ総局記者
田辺幹夫
2008年入局
科学文化部、ネットワーク報道部などを経て現所属
医療、科学、文化を担当