「中央銀行は廃止」過激な主張のアルゼンチン新大統領の手腕は

「中央銀行は廃止」過激な主張のアルゼンチン新大統領の手腕は
記録的なインフレで、各国の中央銀行による利上げのニュースを見聞きした人がことしは多かったかもしれません。

その中央銀行を「地球上に存在する最悪のゴミだ」と訴えてきたのが、12月10日に南米アルゼンチンの新大統領に就任したハビエル・ミレイ氏です。選挙戦では、物価高や通貨安に苦しむ国民を救うとして自国の通貨ペソをドルにかえ、中央銀行を廃止すべきだと訴えてきました。

過激な主張から「アルゼンチンのトランプ氏」とも言われるミレイ氏。

なぜ支持を集めているのか。公約は実現するのか。現地取材を交えて深掘りします。

(ワシントン支局記者 小田島拓也/サンパウロ支局長 木村隆介)

従来の政策は“切り捨てる”

「チェーンソー!チェーンソー!」
支持者の声援を受けて、選挙向けの集会ではチェーンソーを振り回す姿が地元メディアで大きく紹介されたアルゼンチンの新大統領、ハビエル・ミレイ氏(53)。
前政権や従来の政策を「切り捨てる」という意味合いを込めたパフォーマンスで人気が急上昇しました。

ただ、支持を伸ばした背景には、パフォーマンスだけにとどまらない、アルゼンチンの深刻な経済状況があります。

記録的なインフレが続き、消費者物価はことし11月に前年比160.9%の上昇に。1年前は100円で購入できたモノが、今は260円になっている計算で、人々の生活の大きな負担になっています。

人口約4600万のアルゼンチンの国民の5人に2人が、日々の食料などを十分に賄えない貧困層だと推計されています。

首都ブエノスアイレスの両替所では、自国通貨ペソを安定したドルに換えようという人が大勢います。
ペソ売りの動きが通貨安につながり、輸入物価が上昇し、物価高に拍車をかけています。

アルゼンチンの中央銀行は、インフレ抑制のための利上げやペソ下落を食い止めるため市場介入を続けてきましたが、なかなか状況は改善しないという悪循環が続いていたのです。

中央銀行も自国通貨も要らない

こうした中で、ミレイ氏が選挙戦で訴えたのが、中央銀行の廃止と自国通貨のドル化です。
アメリカのメディア、ブルームバーグとのインタビューでは「中央銀行はこの地球上に存在する最悪のゴミだ」と断じ、インフレを止められない中銀の廃止を主張。

地元のラジオ番組に出演した際には、自国通貨ペソについて「排せつ物以下だ」と述べるなど、その過激な主張から「アルゼンチンのトランプ氏」とも言われるようになります。

ミレイ氏は、大統領選挙に立候補した時には下院議員でしたが、もともとは国内の大学で経済学を修めた経済学者です。

ドル化の狙いについては「法定通貨をドルにすれば、通貨の下落を防ぎ、輸入物価が抑えられるためインフレも止められる」と指摘。

さらに「輸出した際に必ず外貨をペソに換えるというルールも不要になり、貿易の活発化や投資の拡大にもつながる」とも述べています。

アルゼンチンでは、不動産などの売買にはドルがすでに使われていることもあり、経済学者による分かりやすい訴えが、爆発する国民の不満を受け止める形となって、大統領選挙で当選を果たしたのです。

中央銀行の廃止とペソのドル化で何が起こる?

ミレイ氏の主張どおり、中央銀行を廃止して、通貨をペソからドルにかえると何が起こるのか。
スーパーや薬局に並ぶ商品の値札、レストランの表示はすべてドルに置き換えられ、ペソは流通せず、使うこともできなくなります。日本で円が使えなくなることを考えれば、その特異な状況がよく分かると思います。

ドルが自国の法定通貨になれば、輸入物価はペソ安の影響を受けず、国民を苦しめているインフレも落ち着く可能性があります。国民も企業も安心して取り引きができ、海外との貿易も増えるかもしれません。

一方、中央銀行が廃止されれば、アルゼンチンは独自に金融政策を行うことができなくなります。

自国の経済が落ち込んでも、利下げなどによって経済を下支えできず、逆に過熱する景気やインフレを抑えるための利上げもできません。

外国メディアや専門家はどうみる

このため、アメリカの有力紙ウォール・ストリート・ジャーナルが「アルゼンチンのドル化は的外れ」と論じるなど多くの欧米メディアが、ミレイ氏の政策実現に否定的です。

自国通貨のドル化は、中南米では2000年代以降、エクアドルやエルサルバドルなどで実施例がありますが、アルゼンチンの経済規模はこうした国々よりはるかに大きく、それに見合う大量のドルが必要になるため、実現のハードルは高くなります。

途上国・新興国経済に詳しい第一生命経済研究所の西濱徹主席エコノミストも2つの大きな問題があると指摘します。

その1つが、ドル化を目指しても、ドルを含む外貨準備がアルゼンチンには200億ドルに満たない水準しかなく、金融システムの安定に不可欠な“最後の貸し手”である中央銀行が不在になった場合の対応策がないという技術的な問題です。

もう1つが、議会の上下院ともに、ミレイ氏が率いる与党は圧倒的少数だという政治的な問題です。

いずれもクリアするのが難しいと言います。
第一生命経済研究所 西濱徹 主席エコノミスト
「ミレイ氏が選挙戦では高いボール、アドバルーンをあげているものの、おそらく現実路線としてどこかに落としどころを探ることになる。しかし、ドルとペソのレートを固定化するペッグ制も、かつてメキシコやブラジルで通貨危機を招いた原因になったことを考えると、現実的ではない」

ミレイ氏の政策を支持する学者も

一方で、ミレイ氏にとっては心強い応援団もいます。アメリカのジョンズ・ホプキンス大学の著名な経済学者、スティーブ・ハンケ教授です。
ハンケ教授は、2000年から2001年には、エクアドルで経済相のアドバイザーとしてドル化の実施に参画した経歴を持ちます。

ハンケ教授はNHKの取材に対し「アルゼンチンでは、歴代政権が歳入不足を補うために中央銀行に頼り続けてきたことで、ペソの安定と価値が長年にわたって損なわれ続けてきた。さらに、インフレが長期に及んでいることは、国民の財産や富を政府に移管しているようなもので、事実上の強奪だ」と指摘します。

その上で、「多くの経済学者の見方に反して、ドル化は完全に実現可能だ。ドル化とはその国の会計単位を変更することであり、債務をドル建てにすることも、ペンを走らせるだけで達成されるという事実を経済学者は見落としている。ドル化に必要な前提はない」と主張します。

困窮する国民の期待に応えられるか

ミレイ新政権は早速動き始めています。経済政策の司令塔である経済相には、過去に金融相や中銀総裁を歴任した人物を任命し、緊急対策を発表。

政府の支出を減らして需要を抑制しインフレを抑えるため、新規の公共工事の中止や公共交通機関への補助金の削減などを進め、財政赤字の低減に取り組むとしています。

ただ、この対策には、中銀廃止やペソのドル化の具体的な計画は含まれていず、まずは経済の再生を優先して進める方針とみられます。

世界的なインフレに対し各国の中央銀行が大胆な金融政策に取り組むなか、中銀廃止や自国通貨のドル化は奇異にも見える構想ですが、そうであっても、ミレイ氏が支持を集めた背景には経済の悪化で苦しむアルゼンチン国民の厳しい現実があります。

困窮する国民の期待に応えられるのか、新大統領の手腕が注目されます。

(11月19日 「ニュース7」などで放送)
ワシントン支局記者
小田島拓也
2003年入局
甲府局、経済部、富山局などを経て現所属
サンパウロ支局長
木村隆介
2003年入局
ベルリン支局、経済部などを経て、現在は中南米の取材を担当