総裁の“チャレンジング”発言受けた日銀の決定会合の焦点は

総裁の“チャレンジング”発言受けた日銀の決定会合の焦点は
日銀は今月18日と19日の2日間の日程で金融政策決定会合を開きます。今月7日に植田総裁が「年末から来年にかけて一段とチャレンジングになると思っている」と発言したことで、市場の一部には、日銀が早期に金融政策の正常化に向けて動くのではないかという見方も出ています。今回の会合のポイントをまとめました。
(経済部記者 吉武洋輔)
ポイント
1.「出口戦略」の考え方は
2.物価上昇と価格転嫁の動きは
3.賃金上昇の広がりは

ポイント1 「出口戦略」の考え方は

日銀の金融緩和策について、市場が関心を寄せているのは、金融政策の正常化に向けた、いわゆる「出口戦略」をいつ、どのように進めるかという点です。

出口戦略の象徴として市場がイメージするのは、マイナス金利政策の解除とイールドカーブコントロール(YCC)=長短金利操作と呼ばれる枠組みの撤廃です。

マイナス金利政策が解除されれば、2007年2月以来の利上げとなり、金融政策は大きな転換点を迎えることとなります。

黒田前総裁時代の10年間、「出口戦略」の議論はほぼ封印されてきました。

ところがことし4月に植田総裁が就任し、少しずつ変化も出てきました。

例えば、長期金利の上昇を厳格に抑え込むという対応を改めて、一定程度は市場に委ねるようにしたことです。

ことし7月28日の会合では、長期金利の上昇をそれまでの0.5%程度から、事実上、1%まで容認することを決めました。
そして10月31日の会合では、金融政策の運用をさらに柔軟化し、上限を「1%をめど」に見直し。

1%を超えても一定水準までは金利の上昇を容認することにしました。

こうした対応を続けてきたことで、市場関係者のみならず、日銀の内部からも、「長期金利を抑え込んできたイールドカーブコントロール(YCC)はすでに形骸化している」という声まであがるようになっています。

そして最近、市場に驚きを与えたのが、植田総裁の国会での“チャレンジング発言”です。

12月7日の参議院財政金融委員会で、今後の金融政策の運営について抱負を問われた植田総裁。

次のように発言しました。
日銀 植田総裁
「年末から来年にかけて一段とチャレンジングになると思っているので、情報管理の問題もきちんと徹底しつつ、丁寧な説明、適切な政策運営に努めていきたい」
円相場はこの発言の前に1ドル=147円前後で推移していましたが、「出口」に向けた金融政策の転換が近づいているのではないかとの見方が強まり、7日のニューヨーク市場ではおよそ4か月ぶりに1ドル=141円台まで円高ドル安が進みました。

植田総裁の発言の真意はどこにあるのか。

「出口に向けた地ならしではないか」
「意図的に発したものではなく、市場が深読みしただけではないか」
市場ではさまざまな臆測を呼んでいます。

ただ、日銀は11月から12月にかけ、さまざまな場で「出口戦略」「政策修正」に関わる発信を増やしているように感じます。
11月9日 金融政策決定会合(10月)の主な意見
「将来の出口を念頭に、金利の存在する世界への準備に向けた市場への情報発信を進めることが重要」

11月29日 安達誠司審議委員 松山市で開かれた金融経済懇談会
「『賃金と物価の好循環』という状況の『芽』が出始めているが、現時点ではこの状況が十分に達成したと言える段階にはまだない。粘り強く金融緩和を継続する必要があり、まだ出口政策の議論を行う段階にはない」

11月30日 中村豊明審議委員 神戸市で開かれた金融経済懇談会
「現在、賃金と物価の好循環を実現させる千載一遇のチャンスが到来しており、その実現の正念場を迎えている。ただ、賃金上昇を伴った持続的な2%の物価安定目標の実現に確信をもてる状況ではない。今は慎重な対応が必要であり、金融緩和の政策修正にはもう少し時間がかかる」

12月6日 氷見野良三副総裁 大分市で開かれた金融経済懇談会
「変化は着実に進んでいるようにうかがわれる。統計的な確度に不十分な部分はあるものの賃金から物価への波及もいくぶん戻ってきているように見える。一番気をつけなければならないのは、出口のタイミングや進め方を適切に判断することだ。そこを間違わなければ賃金と物価の好循環のメリットは、幅広い家計と企業に及ぶだろう」
金融緩和の「出口」とは、緩和の縮小や金融の引き締め、つまり市場に出回るお金を減らす方向に向かうことを意味します。

こうした局面で中央銀行が発信の方法を誤ると、金融市場が混乱し、実体経済にも影響を与えることになりかねません。

最近の日銀政策委員からの積極的な情報発信は、「出口」を見据えて市場との対話を重視しているというようにも考えられます。

今回の会合で、日銀がいきなりマイナス金利政策を解除し、利上げに踏み切ると予想する市場関係者はほとんど見られません。

一方で「形骸化」が指摘されるイールドカーブコントロール(YCC)の役割をどう考えるかなど、「出口」に向けてどのような議論が行われるのかに市場の注目が集まっています。

植田総裁が将来を見据えてどのようなメッセージを発信するかが今回の会合の焦点となります。

ポイント2 物価上昇と価格転嫁の動きは

それでは日銀は金融緩和策の正常化、つまり「出口」に向けて何を判断材料とするのか。

焦点の1つが物価です。

「物価の番人」と言われる日銀は、今の政策を転換する条件として、消費者物価が、持続的・安定的に2%に上昇することを挙げています。

日銀はことし10月の会合で、今年度から3年間の消費者物価の見通しを公表しました。

この予測通りに進めば消費者物価の上昇率は、昨年度・2022年度から3年連続で日銀が目指す2%の上昇率を超えることになります。

このため最近では、国内外の市場関係者や企業経営者から、日銀が政策を転換する環境が整ったのではないかという声も聞かれるようになりました。
また、12月13日に日銀が公表した短観=企業短期経済観測調査の内容も、金融緩和の出口に向けた条件が整いつつあることを示す結果となりました。

ここでは2つの点が注目されます。

まず、中小企業の景気判断が製造業、非製造業ともに改善したことです。

もう1つは、企業の間で価格転嫁の動きが広がっていることが確認されたことです。

日銀は、価格転嫁の動きが大企業だけでなく中小企業の幅広い業種に広がったことが景気判断の改善につながったと分析しています。
今回の金融政策決定会合では、物価上昇の長期化と価格転嫁の広がりを、それぞれの委員がどう捉え、今後の金融政策運営の判断材料とするのか、これもポイントとなります。

ポイント3 賃金上昇の広がりは

物価は“2%超え”が長期化し、価格転嫁の動きも広がっている。一方で長引く物価上昇によって家計の負担は増大している。

統計データを見れば出口に向かう条件はそろっているようにも見えますが、それでもなお、日銀が政策転換に踏み出せないのは、賃上げの流れが続くかどうか、その見極めができていないからです。

実質賃金のマイナスが続き、今月発表されたことし7月から9月までのGDP=国内総生産の改定値では個人消費がマイナスとなりました。

物価上昇に対して賃金が追いつかず、消費者の節約志向が強まっている。

日本経済はこうした状態にあるとみられています。

賃金と物価の好循環を生み出すには、物価の上昇に見合った形で賃金が上昇することが必要不可欠な条件となります。

日本では大企業を中心に、春闘を通じて賃金を決める企業が多いため、来年度の賃上げの水準が見えるのは来年3月の集中回答日ごろと言われています。

一方、大企業などではすでに来年の賃上げを表明するところも出ています。
日銀は賃上げの動きがどこまで広がっていると見ているのか。

そして賃金と物価の好循環が実現できているか最終的に判断するのはいつなのか。

今回の会合で企業の賃上げをめぐってどのような議論が行われるのか、この点も大きな注目点となります。

(12月18日 おはBiz 放送)
経済部記者
吉武洋輔
2004年入局
名古屋局、経済部、ワシントン支局を経て現所属