災害多発で保険会社が撤退 料金も高騰 アメリカで進む異常事態

災害多発で保険会社が撤退 料金も高騰 アメリカで進む異常事態
自然災害が多発する地域なのに保険に入れないーーー。
そんな異常事態がアメリカでは進行しています。

被害総額が10億ドル(約1420億円)を超える“ビリオンダラー災害”が増加し、住宅向けの保険事業から撤退する会社が相次いでいるのです。

現地で何が起きているのか?そして災害が相次ぐ日本の状況は?
住まいの被害を補償してくれる身近な保険に起きている変化に迫りました。
(ワシントン支局記者 小田島拓也)

突然届いた解約通知

「保険契約を打ち切るため45日以内に別の会社を探すよう求める」

アメリカ南部フロリダ州に住むロバート・ノーバーグさんのもとに、保険会社からこのような通知が届いたのは2022年5月。
フロリダは、1年を通して温暖な気候で、観光地としても住宅地としても人気の高いエリアですが、例年、6月以降は、ハリケーンのシーズンに入ります。

被災する恐れが高まる時期の直前に受け取った突然の解約通知にノーバーグさんは「この会社と契約していたすべての人が解約され、一斉に新たな保険会社を探さなくてはならず、契約先が見つかるのかとても不安になった」と話します。

背景にはビリオンダラー災害の急増が

突然の契約打ち切りの背景にあるのが、自然災害の急増と保険会社の保険金の支払い負担の増加です。

10億ドルは、英語の単位ではビリオン(billion)ですが、それになぞらえて被害総額が10億ドルを超える災害は、ビリオンダラー災害と呼ばれています。

アメリカ海洋大気局によると、ハリケーンや洪水などを含めたビリオンダラー災害は統計として公表されている1980年代は10年間で33件でしたが、その後、年を追うごとに増えて、2020年代は、4年足らずの間にすでに85件に上っています。
巨額の被害をもたらす災害の増加は気候変動が原因と指摘されていて、これに伴って保険会社が支払う保険金の額も急増しています。

特に深刻なのが、全米でもハリケーンなどの災害が多いフロリダ州です。

保険契約を突如打ち切られたノーバーグさんは、自身も保険の仲介業を営んでいて、20年以上この業界に身を置いていますが、これまでに経験したことのない状況だと語ります。
ロバート・ノーバーグさん
「保険会社の破綻が相次ぎ、新規契約はかなり難しくなっている。多くの保険会社は暴風リスクを理由に、海沿いにある住宅や企業の契約は引き受けない。フロリダの損害保険市場は最悪でさらに悪化の一途をたどっている」

膨大な訴訟も一因に

アメリカの保険会社で作る業界団体、保険情報協会によると、2022年以降、フロリダ州の保険会社の損失額は9億ドル(約1280億円)に達し、破綻したり、撤退したりした会社は10社に上ります。
多額の保険金の支払いに加えて、負担になっているのが、災害が起こるたびに抱える膨大な訴訟です。

協会によれば、保険金の支払いが不十分だなどとして、フロリダ州の保険会社は、年間10万件以上の訴訟を起こされ、中には悪徳業者による不正な請求も少なくないといいます。
協会のマーク・フリードランダーさんは「悪徳業者が1軒1軒家を訪ねて歩き、暴風雨の被害を受けていない家の屋根のふき替えも、保険を使えば無料で修理できると促す。そして、保険会社が請求を断ると、業者と弁護士などが訴訟を起こすことが増加した。フロリダの保険会社は資本力の乏しい小さな会社が多く、訴訟が経営を圧迫している」と指摘します。

保険会社の経営環境の悪化は、住民が支払う保険料の上昇に直結します。

保険情報協会によると、フロリダ州の住宅保険料は年々上昇し、2022年は平均で4231ドル(約60万円)となっています。

これは全米平均の3倍近くにあたる保険料だといいます。

州の対策には一定の効果も

こうした問題を受けて、州も対策に乗り出しています。

フロリダ州議会は、訴訟の乱発を防ぐため、高額な弁護士報酬を制限して裁判を起こしにくくする法律や、保険会社が加入する再保険の整備などに資金を拠出することを盛り込んだ法律を相次いで可決しました。

フリードランダーさんは、こうした法整備によって新規参入の保険会社が現れるなど一定の効果は出ているとしながらも、混乱は続くと指摘します。
保険情報協会 マーク・フリードランダーさん
「フロリダの保険市場は長年混乱していたので、安定するまでにあと数年はかかる。いまも市場は非常に不安定だ」

災害増加 日本にも大きな影響

集中豪雨などの被害が目立つようになった日本では状況はどうなのか。

日本の損害保険協会に聞くと、国内の保険業界では、今のところ火災や風水害などによる住まいの被害を補償する火災保険から撤退する動きはないということです。
しかし、日本の保険にも自然災害による影響が、より色濃くなっています。

火災保険の保険料は、損害保険各社で作る「損害保険料率算出機構」が計算した「参考純率」を目安に決められています。

この「参考純率」について、機構はことし5月にすべての契約条件の全国平均で13%引き上げると発表しました。
「参考純率」は、2005年以降、たびたび引き上げられていて、今回の引き上げ幅は、2021年の10.9%を上回り、過去最大となります。

これを受けて損害保険各社は、2024年度以降、保険料を値上げする見通しです。

この背景について、機構は、相次ぐ大規模な自然災害を受けて、各社の保険金の支払いが増えているためとしていて、住宅の老朽化で被害が出やすくなっていることや資材費などの高騰も影響しているといいます。

また、災害リスクの評価手法も変え、近年頻発する台風などのデータをより重視して算定に反映したとしています。

いかに災害と向き合うか

今回のアメリカでの取材では、2022年に甚大な被害をもたらしたハリケーン「イアン」で被災し、自宅を失った男性に話を聞きましたが、保険には加入していなかったと打ち明けられました。

フロリダ州の海沿いの古い建築様式の家だったため、他の地域よりも災害リスクが高いとみなされ、年間の保険料の見積もりは日本円で約150万円と、生活に影響が出るほど高額だったためだといいます。

日本では、保険料の料金の差は、アメリカに比べれば低く抑えられています。

ただ、保険料の上昇傾向が続く中、今後、地域によっては一段と大きな負担となりうるかもしれません。

急増する災害といかに向き合っていくかは、世界各地で問われる状況になっていると感じます。

(11月30日「おはBiz」で放送)
ワシントン支局記者
小田島拓也
2003年入局
甲府局、経済部、富山局などを経て現所属