「万引き抑止」に「エコ燃料」 世界に羽ばたく企業を育成せよ

「万引き抑止」に「エコ燃料」 世界に羽ばたく企業を育成せよ
万引き犯の再犯を防ぐユニークな防犯システム。もみ殻で作ったエコな燃料。手がけているのは広島県の中小企業だ。

こうした独自の技術をもつ、将来有望な中小企業を行政が支援し、育成しようというプロジェクトが広島県で進んでいる。

ここから、世界に羽ばたく企業は誕生するのか。現場を訪ねてみた。
(広島放送局記者 児林大介)

顔認知システムで万引き抑止

訪れた会社の1つが、広島市で防犯システムを開発・運用する会社だ。

万引き抑止などに役立つシステムを開発していて、ある大手量販店では、この会社のシステムを導入し、万引きが3年間で3分の1まで減少。

万引きによる損失を数億円分も減らすことができたという。

その仕組みを、実際に体験してみた。

例えば、何かを盗み、その瞬間をカメラが捉えていたとする。
こうした犯行が疑われる人の顔は、プライバシーに配慮した上で、情報管理を徹底した社内のシステムに登録される。
その後、帽子をかぶり、眼鏡とマスクを着用した上でカメラに写り込んでみたところ、システムが作動した。
ちなみに、服装も変えているが、正直、ここまで変装しても判別されたことに驚いた。

目や骨格の特徴から、判別が可能なのだという。

会社のサーベイランスセンターには40台以上のパソコンが並んでいる。
登録した人の来店をシステムが検知すると、担当者が映像を巻き戻したり、拡大したりしながら、細かく確認。

同一人物と確認できた場合、店に通知する仕組みだ。

会社の調査によると、万引きは特定の人が繰り返し行うことが多いということで、通知を受けた店では、店に応じてそれぞれ対応策をとるのだという。
防犯システム会社「CIA」 長岡秀樹社長
「『いらっしゃいませ』という声かけをするだけで、しっかりと抑止につながるという結果が出ています。ほかにも、店舗で『警備員巡回中』という音声を流す対応をしているところもあります」
会社では今、この技術の精度をさらに高めようとしている。

そこで頼りにしているのが今回のプロジェクトだ。

新たな検証の場所を作れないか、県に相談し、具体的な実現の可能性を探っている。

また企業単独では実現しにくいマッチングの交渉も、県に間に入ってもらうことで、比較的スムーズに進めることができるそうだ。

会社の社長は、こうした技術で社会の役に立ち、生まれ育った地域に貢献したいと考えている。
長岡秀樹社長
「若者が働ける場所、そして世界で唯一という場所を作らなければならないと思っています。それには力強い事業が必要だと考えました。新しい事業モデルを創り出すことで、地域で働きたい、地域に住みたいという人が1人でも増えると信じて、頑張っていきたいと思います」

もみ殻を燃料に! 造船技術がヒント

もう1つ訪ねたのが、尾道市にある機械メーカーだ。

この機械で作られるのは、燃料棒。
原料は、なんと「もみ殻」だ。

もみ殻は固く、加工が難しいとされ、これまで多くが廃棄されてきた。
これを圧縮・過熱し、棒状の燃料にする特殊な機械を作っているという。

スクリュー型の部品を使うことで、すりつぶした上で10分の1に圧縮することを実現。

このスクリュー型の部品には、造船が盛んな地元・尾道市因島の技術が生かされてるそうだ。

もみ殻100%のこの固形燃料は、まきと同じくらいのエネルギーがあり、白くなっても炭のように燃え続ける性質がある。
化学的な添加物や接着剤などは一切使わず、環境に配慮しているのが大きな特徴だ。

会社が主な販売先として力を入れているのが、タンザニアやナイジェリア、マダガスカルなどのアフリカ諸国だ。

電気やガスが十分に普及せず、料理など、燃料のほとんどにまきや炭が使われている国もあり、木を伐採して燃料にしている。

そうした国の中には稲作が盛んな所もある。

大量に廃棄されているもみ殻を活用することで森林伐採を減らし、地球環境を守ることにも役立ちたいと考えている。
現在の従業員は9人。

限られた人数でさらなる世界展開を目指すのにあたり頼りにしているのが、県の支援だ。

現地の企業や農家とつながりを作るのに、国によって細かなルールや、現地の行政機関への手続きが必要なこともあり、県が情報収集や書類作成などをサポートしている。

県が交渉の間に立つことで、スムーズな商談の後押しになるという。
機械メーカー「トロムソ」 谷中勇一 グリーンイノベーション課長
「脱炭素の潮流がある中で、今年度の売り上げは昨年度と比べて倍近く伸びていて、さらに来年に向けても、倍くらいに伸びると試算しています。いま、さまざま国で下準備を進めていて、それが花開けば、『ユニコーン企業』になることも目指せるのではと思っています」

「ユニコーン企業」って何だ?

「ひろしまユニコーン10」プロジェクト。

聞き慣れないこの取り組みは、広島県が昨年度から始めたものだ。

経験豊富な専門家と県の職員が、将来、大きな成長が期待できる企業を支援するのだという。

先ほど紹介した2つの会社も、このプロジェクトの対象だ。

ここでいう「ユニコーン」とは、いわゆる「ユニコーン企業」のことだ。

一般的には「創業から10年以内」「上場していない」「時価総額10億ドル以上」の企業を指すが、今回、広島県では、こうした定義に厳密にはこだわらず、「時価総額10億ドル以上の企業」を10社生み出すことを目指しているという。
今年度プロジェクトに選ばれた企業は16社。

中には、
・豚などの雄と雌を産み分ける、畜産に役立つ技術を開発している企業、
・日本酒でも焼酎でもない、新しいお酒の製造・販売を手がけている企業などもある。

こうした企業には、県が委託する投資家や企業の代表、法務の専門家といったメンターが専属で1人つくほか、月に1回、個別に面談し、課題解決に向けた支援も行われている。

相談内容によっては、詳しい別の専門家を紹介する場合もあるという。

今回の取り組みのねらいなどについて、主導する県の担当チームにインタビューを申し込んだところ、「知事が自ら答える」との返答があった。
広島県の湯崎知事は通産省の官僚出身で、その後、自ら起業して上場した経験がある。

プロジェクトのねらいを尋ねると、こんな答えが返ってきた。
広島県 湯崎知事
「スタートアップがユニコーン企業のように急成長していくと、周辺に企業を支えるコミュニティーが必ずできてきます。サポート企業や、法務を担当する弁護士、ベンチャーキャピタルなどのプロフェッショナルが集まってくる効果もねらっています。それが周囲にも大きな刺激を与えて、イノベ―ションが生まれてくるような経済を作っていきたいと思っています」
広島県でも、いま、若い世代の人口の流出・減少が大きな課題になっている。

プロジェクトがうまく進めば、こうした状況に歯止めをかけることができると考えているという。
広島県 湯崎知事
「若者の減少、人口流出の背景は、仕事の面が非常に大きい。新しくて活気があって、最先端の仕事を増やしていくことで、若者の人口流出を止めていく。そうすると、県全体の人口流出も止まっていくんじゃないかと思っています」
県は今年度、この取り組みにおよそ8000万円の予算をつけて支援を行っている。

人手不足や物価高などさまざまな事情で苦しむ企業もある中、こうした取り組みに力を入れる理由をについては、こう語った。
広島県 湯崎知事
「人手不足や物価高に苦しむ企業への対応は重要で、もちろん進めていきます。ただ、イノベーションを生んでいく企業を作ることが、将来にわたって広島県の経済の活性化をはかっていく上では、非常に重要です。そこで、県の役割として“ハブ”になって『つないで』いくことをしていきたい。ビジネスとビジネスのマッチングや、サポートをする人たちとのマッチング、そしてベンチャーキャピタルをはじめとする資金のマッチングなどを手助けすることが重要な支援だと思っています」
取材した企業はいずれも、興味深いビジネスを展開していると感じたし、世界を意識して挑戦する現状や、今後のビジョンなどを聞いていると、率直に言ってワクワクさせられた。

まだユニコーン企業と言える規模に成長した企業はないが、このプロジェクトを通して、企業が大きく成長し、新たな雇用の場の創出につなげることができるのか。

広島でのさまざまな企業の挑戦が、世界で大きく実を結ぶことを期待したいと思う。

(11月29日「お好みワイドひろしま」で放送)
広島放送局記者
児林大介
2006年入局
鳥取→和歌山→東京→盛岡→広島 5つの放送局で勤務
ニュースウオッチ9リポーターとして全国のさまざまな現場を取材したほか、各地の夕方6時台ニュースなどでキャスターも経験
現在、記者として経済を担当