女性研究者は増やせるか 東北大学 准教授の1日に密着

女性研究者は増やせるか 東北大学 准教授の1日に密着
ノーベル賞の授賞式が今月、行われました。ことしは、生理学・医学賞や物理学賞、平和賞、それに経済学賞で4人の女性が受賞しました。

一方、日本人の女性がノーベル賞を受賞したことは、まだありません。

日本では、研究者に占める女性の割合が国際的に見ても少ないのが現状です。

こうした中、東北大学では、男女を問わず研究しやすい環境づくりを進めることで女性研究者を増やそうとしています。
(仙台放送局 記者 内山太介)

研究職の魅力を子どもに伝える

ことし11月中旬、東北大学で中学生を研究室に招く体験教室が開かれました。
進路を決める前に研究職の魅力を知ってもらおうという大学の取り組みで、とりわけ、女性研究者のすそ野を広げることがねらいです。

生徒たちは、鶏肉を使って遺伝情報を伝える物質の1つ、RNAを抽出する実験に挑戦。先生や大学院生の手ほどきをうけ、RNAの抽出に成功しました。
生徒
「自分のやりたいことを実験できることが魅力的」
生徒
「実験が楽しかった。将来、この職業も視野にいれたい」

日本初“女性が大学に入学”

東北大学が女性研究者のすそ野を広げるルーツ、それは110年前にありました。
門戸開放の理念のもと文部省に内密で選抜試験が行われ、国内で初めて女子大学生が誕生した歴史があります。

試験の時に文部省が大学に送った公文書には「前例無き事にてすこぶる重大なる事件」と記載されていました。

当時は、女性が大学に入学することは“重大な事件”とされたのです。

この時入学した3人の学生のうち黒田チカは、その後、タマネギの皮から得られる物質を使って血圧を下げる薬を作るなど、女性研究者のパイオニアとなりました。
あれから110年。
ことし9月30日、女子大学生誕生を記念した式典が東北大学で開かれ、秋篠宮ご夫妻の次女の佳子さまも出席されました。

この中で、佳子さまは、女性の大学進学をめぐる現状について、おことばを述べられました。
「大学に進む女性の割合が理系の分野で低い状況ですが、背景には社会が作り出す雰囲気があると言われています。偏見が作り出す社会の雰囲気や圧力が個人の可能性や選択肢を制限したりすることにもつながっていると感じます。誰もが安心して暮らせてより広い選択肢をもち、これらが当たり前の社会になることを心から願っております」

歴史見つめ直し 女性研究者の育成を

東北大学では、国内で初めて女子大学生を受け入れた歴史を見つめ直し、2001年から女性研究者の育成の取り組みに力を入れ始めました。

その結果、助教や助手を含む女性研究者の比率は5.7%(2001年)から20.2%(2023年)に増えました。

そして、早い段階からの継続した取り組みで成果を上げ、ほかの機関のモデルになり得るとして、去年、科学技術振興機構から表彰もされました。
東北大学 大隅典子 副学長
「日本では教育が平等であるにもかかわらず、女性のもっている力が生かしきれていないところが残念だと感じています。東北大学としてはライフステージに応じた形で必要な支援をしていきたい」
こちらは研究者に占める女性の割合を表したグラフです。

日本は17.5%。トップのラトビアの50.6%、2位のリトアニアの49.1%など比較が可能なOECD=経済協力開発機構の各国と比べると、大学や企業などの女性研究者の割合が群を抜いて低くなっています。

さらに教授など上位職にいけばいくほど、女性の数が少ないのが現状です。

子育てしながら目まぐるしく働く女性研究者

女性研究者はどんな状況に置かれているのか。
その1日に密着しました。
東北大学大学院薬学研究科、准教授の佐藤恵美子さんは、学生時代、腎臓病の早期発見の重要性を知り、透析患者を1人でも減らしたいと研究の道に進みました。

いまは、腎臓病にかかった場合の筋力の低下などについて研究しています。
佐藤さんは10歳の娘と5歳の息子の母親でもあります。

午前5時に起きて弁当をつくり、7時すぎには2人の子どもをそれぞれ小学校と幼稚園のバス停まで送ります。
佐藤恵美子さん
「まず子どもを車に乗せるまでが大変で、ハァってなります。まだ1日が始まったばかりですが、それが一番疲れます」
大学へは8時すぎに出勤。

佐藤さんは研究と子育てを大学の支援制度を活用しながら両立してきました。
2人の子どもは生後2か月から大学が設置した保育園に通わせました。

子どもが病気になった時には病児保育室も利用。22年前に大学として全国で初めて設置されたといいます。

さらに、女性研究者を対象とした研究費の助成も受けることができました。
そんな佐藤さんの一日は目まぐるしく過ぎていきます。

学生たちへの実験やレポートの添削などの指導。
論文の執筆はもちろん、研究費取得のための申請書の作成。
大学の授業も受け持ち、その準備にも時間がかかります。

もっと研究に専念したい佐藤さんですが、子どもを迎えに行く午後6時20分までに業務を終えなければなりません。

同じように大学で研究をしている夫と、食事の支度や掃除など家事を分担していますが、忙しさは大きくは変わりません。
佐藤恵美子さん
「タフじゃないとやっていけないと思います。けっこう息切れしながらでもやらなければいけないので、スーパーマンじゃないとできないんじゃないかと思います」
負担軽減のため、備品の購入手続きや実験の補助などを担うスタッフを雇う大学の制度も利用していますが、週6時間に限られ、決して十分ではありません。

また、佐藤さんは自身の経験から、研究者個人に対する支援だけでなく、出産などで研究が途切れないような仕組みも必要だと感じています。
佐藤恵美子さん
「自分が出産などで休むと、研究ができない、助成金が取れないとなって競争から遅れるということもあります。チームをつくって、私が研究室に行けないときは、誰かがカバーをして研究が継続できるようなサポート体制があれば、もう少しいいのかなと思います」

このままでは次世代の研究者は増えない

佐藤さんの様子をみている学生たちは…。
学生
「薬学部を見ても女性の教員の方が少なかったりするので、厳しい世界なのかなと思います」
学生
「先生の姿をみて、家事や育児をしながらやっている方もいるんだなと思ったのですが、自分ならできるのかというと正直イメージしづらいです」
学生たちは卒業後、研究室には残らず、民間企業などに就職するケースが多いのが実情です。

佐藤さんは、次の世代のためにも、もっと余裕をもって研究に専念できる支援の体制を整えてほしいと考えています。
佐藤恵美子さん
「大学の教員はマルチタスクのところがあり、事務的な処理の部分も多い。自分はもっと研究をしたいので、授業など教育する人は教育、研究する人は研究をと、それぞれ分けた形でできるようなシステムになるといいなと思っています」

日本全体で女性研究者を増やすには

こうした現場の声に対し東北大学は、研究体制を大きく見直したいと考えています。
ことし9月、世界トップレベルの研究水準を目指して国が重点的に支援する「国際卓越研究大学」の初めての候補に選ばれたことが念頭にあります。

正式に認定されれば、年間およそ100億円規模の支給が想定されています。

大学では、こうした資金も活用し、研究者を支援するスタッフを増やすことや将来的に研究に専念するか学生への教育に専念するか、どちらかを選べるようにしたいとしています。
でも、1つの大学だけでなく、日本全体で女性研究者を増やすにはどうしたらいいのか。
女性の研究者の現状に詳しい専門家は、社会意識の根底にある無意識のなかの偏見=「アンコンシャス・バイアス」をなくしていくことが大事だといいます。

家事や育児、介護など家のことをするのは女性だという固定観念を男性はもちろん、女性も変えるべきだとして、働き方改革を進めて負担を分かち合う必要があると話します。

その上で山村さんは、国などの支援も必要だと指摘しています。
科学技術振興機構・科学技術イノベーション人材室 山村康子プログラム主管
「国や政府にはもっと強力にバックアップしていただきたいと思います。例えば、女性の研究者の比率が、国が掲げる数値目標の数字に届かなかった場合には、大型の研究費に応募するのが難しくなるとか、大学に対してはそうした厳しい制度も必要なのではないかと思います」
そして、日本人女性初のノーベル賞の可能性についても聞きました。
「女性の研究者が少ないですからね。女性の数が増えないと受賞者は出てこないと思います。まずは数を増やさないとダメです」
国内外の調査や研究では、さまざまな分野で、研究開発などに女性の研究者も関わることが、新たなイノベーションにつながると言われています。

女性研究者が活躍の場を広げ、ジェンダーギャップの解消を図ることができるのか、これからも取材をしていきたいと思います。

(12月11日 「おはよう日本」で放送)
仙台放送局 記者
内山 太介
1996年入局
科学文化部や福井・新潟局などをへて現所属
震災や原発、大学など幅広く取材