恐れられた“黒船” アマゾン その20年の日本戦略

恐れられた“黒船” アマゾン その20年の日本戦略
「日本のEC市場は、まだまだ伸びる」

およそ20年にわたってアマゾンジャパンの社長を務めるジャスパー・チャン氏はこう語る。

書籍のネット販売に乗り出し、出版書店業界の従来の慣習を破壊する“黒船”と恐れられた企業は、いかにして日本市場に浸透していったのか。
これから何を行おうとするのか。単独インタビューで語った。
(経済部 記者 谷川浩太朗)

日本で社長20年

従業員1万2000人を抱えるアマゾンジャパンのジャスパー・チャン社長。
香港生まれの59歳の経営者は、気さくで親しみやすい印象の人物だ。

キャセイパシフィック航空を経て、P&Gのアジア部門に転職したことをきっかけに来日。設立間もない2000年にアマゾンジャパンに入社し、その翌年から現在まで20年以上にわたり、社長として日本のEC事業を先導してきた。
ジャスパー・チャン社長
「日本という国はアマゾンにとってはすごく大事な存在で、これからもっと展開していきたいと考えています。その中では大事なのがやっぱり品ぞろえの拡大、低価格のご提供、そして利便性の中で配送スピードの改善は一番大事かなというふうに考えています」
すでに日本のEC市場でトップレベルの大きな存在感を確立している社長が発したことばは、さらなる拡大路線の表明だった。

恐れられた“黒船”

書籍のネット販売からスタートしたアマゾンジャパン。
創業者ジェフ・ベゾスは本国・アメリカで、本は規格が決まっていたり、在庫を抱えても腐ったりしないという理由で、書籍販売をスタートさせたという。
しかし、アメリカの出版業界と異なり、日本では出版社と書店との間に取次業者が入る独特の商慣習があった。

アマゾンジャパンも日本への進出当初は取次業者から書籍を仕入れていたが、徐々に直接取引を広げ、従来の慣習を破壊する“黒船”と恐れられた。

過去にこうした時代があったことは知らずに、書籍を当たり前のようにネットで購入する人たち。現在の浸透ぶりに改めて驚かされる。
ジャスパー・チャン社長
「やっぱり皆さんにECによるいろんな利便性を受けていただくことによって今のアマゾンが可能になったということ、すごい感謝しかないと思います。これからどうやって展開するのかということについては『Day One』という考え方で、テクノロジーもそうなんですけれども、品ぞろえについてもなかなかまだ手に入らないとか、購買したいんですけれども、ちょっと難しいな、慣れてないな、ということはいっぱいある。

つい最近数年間で私たちはネットスーパーも展開しており、もっと日常の買い物ができるような仕組みになりました。さらに品ぞろえについてもいろんな可能性がまだ残っています。ECの浸透率は日本は1桁、10%前後。欧米の数字と比較すると数パーセントの差があり、日本のECの浸透率はもっともっと上がる余地がたくさん見えています」

Day One(デイ・ワン)

インタビュー中に何度も出てきた「Day One(デイ・ワン)」

「Day One」は、無理に日本語に訳せば「毎日がはじまりの日」(=ビジネスを始めた初日)の精神で、仕事を進めるということだという。

これに対して「Day Two(デイ・トゥー)」の状態とは、社員の活動が組織のルールやプロセスに縛られ、本来の目的を忘れて衰退に陥った大企業病のような状態だと説明する。

チャン氏は、いかに「Day Two」にならないようにするかを意識しているというのだ。

チャン氏が語るその日本での成長性の見立ては、数字にも表れている。
2022年の1年間でアマゾンが日本国内に投資した総額は1兆2000億円にのぼる。

倉庫や配送スピードの向上など物流面の投資を積極的に続けている。

成長性を見込むのは“中小企業”

新たに重要視しているのが海外進出を考える中小企業向けのビジネスだ。

商品の保管、注文処理、出荷、配送、返品対応まですべてをアマゾンがまとめて代行するFBA(フルフィルメント・バイ・アマゾン)と呼ばれるサービスを提供する。
このサービスを活用する宮崎県の中小企業を取材した。

宮崎県高千穂町にある従業員25人の杉本商店は、原木栽培の干ししいたけを扱う創業1970年の商社だ。
地元の生産者600人余りが収穫・加工した干ししいたけを全量買い取ったうえで、生協に納品してきた。

しかし、国内市場の縮小を見据えて海外展開を考えるようになったという。
杉本商店 杉本社長
「地方の中小企業って、人材が豊富な会社はまずないと思います。そうした状況で海外展開を始める時『一体、誰がやるんだよ』という話になると思うんですね。そこを完全に丸投げできる」
7年前にアメリカでの販売をスタートさせ「原木しいたけ」ブランドとして、今はイギリスやカナダ、EUなど世界8か国で販売するまでに拡大させている。
ジャスパー・チャン社長
「アマゾンは、中小企業の皆さんをお客様だと考えているし、常に彼らのビジネスをどう成長させるかを考えている。それは、彼らの成長がアマゾンでの品ぞろえの豊富さと低価格による提供につながり、結果的に購買するお客様のメリットにつながるからです。『Day One』の感覚で、まだ始まったばかりで、さまざまな改善の余地があるという考え方で、これからも日本への投資を続けていきたい」

取材を終えて

かつて“黒船”と呼ばれながらもネット通販をいつの間にか当たり前のものとして定着させてきたアマゾン。

最初は抵抗を感じる人も多かった「置き配」も、始まったのは実は2020年。
もっと昔からあったかのように錯覚してしまうほど浸透している。

さらには、動画配信サービスも提供し、企業向けにはクラウドサービスを提供する。

いずれのサービスも、普及の理由にはユーザーのニーズに応えるという共通する原点があるようにみえる。

チャン氏のインタビューからは、まだまだサービスの拡大に向けて、動きを緩める様子は感じられなかった。

今後、日本社会にどれほどのインパクトを与えるサービスを拡大していくのか。

楽しみであり、恐ろしくもある。

(11月21日 おはBizで放送)
経済部記者
谷川浩太朗
2013年入局
沖縄局、大阪局を経て現所属
総務省や情報通信業界を担当