空港の制限区域内 地上での事故が過去最多 航空需要回復の中

新型コロナで激減した航空需要が回復するなか、今年度、空港の制限区域内で起きた地上での事故は先月末までに38件にのぼり、同じ時期としては国が統計をとり始めてから最も多いことがわかりました。

国土交通省によりますと、駐機場など各地の空港の制限区域内で起きた事故で、地上作業員らが4日以上の休業となるけがをした場合や、作業の過程で航空機を損傷させた場合、利用客がけがをした場合には空港から国への報告が義務づけられています。

NHKが国土交通省への情報開示請求や関係者への取材を行ったところ、今年度、先月末までに起きた事故は38件にのぼり、2018年度の31件を超えて、同じ時期としては統計をとり始めた2014年度以降、最も多いことがわかりました。

今年度、起きた38件の事故の内訳は、地上作業員らのけがが21件、航空機の損傷が10件、利用客のけがが7件となっています。

開示された文書や関係者によりますと、事故のほとんどは地上での航空機の誘導や荷物の積み降ろしなどを行う、グランドハンドリングと呼ばれる地上作業員が関係しているということです。

具体的には、ことし8月、地上作業員が運転する車が通路を逸脱して別の車に衝突し、作業員3人がけがをしたほか、ことし6月には航空機のけん引作業でミスが起き、水平尾翼がフェンスに接触して損傷しました。

また、ことし5月、利用客が乗ったバスの前に荷物を運ぶトラックが飛び出し、バスが急停止して12人がけがをしました。

国土交通省の担当者は「新型コロナ影響で実務経験の少ない作業員が多く、現場は混乱している」と話しています。

また、別の担当者は「事故のほとんどはヒューマンエラーで、事故防止のために原因を分析し、情報共有を図りたい」と話しています。

航空機の尾翼損傷事故や作業車とワゴン車衝突事故

NHKは今年度起きた航空機の尾翼が損傷した事故と、コンテナなどを運ぶ作業車の衝突事故の写真を入手しました。

ことし6月、羽田空港で地上作業員が車両で航空機をけん引し駐機する際、位置がずれたため修正を繰り返すうちに、左の水平尾翼がフェンスにあたって損傷しました。

写真では水平尾翼の一部に切れ込みが入っているほか、表面が剥がれている部分があり、損傷していることがわかります。

また、先月には、羽田空港でコンテナなどを運ぶ作業車とワゴン車が衝突する事故がありました。

この事故でワゴン車に乗っていた6人がけがをしました。

事故直後に撮影された写真には、車どうしが正面衝突し、ワゴン車の前の部分がへこんでいるのが確認できます。

新型コロナで需要激減 中堅作業員が多数辞めたことが影響か

羽田空港で10年近くグランドハンドリングの仕事をしている地上作業員の男性は、いま、現場は人手不足で業務が錯そうした状態だと話しています。

男性によりますと、新型コロナで航空需要が激減した際、中堅の地上作業員が多数、辞めていったことが人手不足に大きく影響しているということです。

男性は「もともと給料がそんなに高くない仕事で、コロナで減便して残業がなくなり、すごく収入が低くなりました。年の近い中堅の人たちは見切りをつけて辞めていきました」と話しています。

男性を含め、会社に残った中堅の作業員は航空機のけん引などさまざまな作業を行える資格を持っていて、そのため、業務の負担が集中しているということです。

以前は荷物の積み降ろしや航空機のけん引など、その日ごとに、終日、同じ作業を担当していましたが、最近は、さまざまな作業を並行して行っているということです。

また、複数の便を掛け持ちで担当することもあるほか、無線から「どなたかヘルプいけますか?」などと呼びかけられることが増えました。

こうした中、男性自身、これまでなかったようなミスをすることもあり、航空機のけん引で時間を間違えたり、別の停止位置を目指したりしたこと、コンテナを間違った機体のところに置いてしまったことがあったということです。

男性は「みんな安全な飛行機を出したいと思っていますが、焦りだったり、自分の範囲を超えてしまったりすると、やっぱり安全の質は下がってしまいます」と話しています。

また、男性の周囲では事故や事故直前の状況が起きているということです。

同じグループの1年目の地上作業員がコンテナを運ぶ車の扱いでミスをして、車両からコンテナを落下させたことがあったということです。

男性は「コンテナを滑落させ、人が挟まれた可能性もあり、とても危険な状態だった。新人だったので時間のプレッシャーに負けてしまったのではないか」と話していました。

ほかにも、コンテナを扱う際に指を挟んでけがをしたり、航空機のけん引で停止位置を間違え、機体をボーディングブリッジにぶつけるなどの事故も発生したということです。

男性は「今の現場は、あしたまた事故が起きてもおかしくないような状態です。みんな必死になって頑張っているので、一刻も早く現状を変えてほしい」と訴えています。

各地からの応援や新たな車両で対応

全日空のグループでグランドハンドリングを行う会社では航空便の回復に地上作業員の確保が追いつかず、各地の空港から応援を集めたり、新たな車両を活用したりして対応しています。

羽田空港ではことし2月以降、各地の空港で働く作業員が応援に入っています。

これは、ことし4月から去年と比べ1日平均40便の増加が決まり、羽田空港の作業員だけでは対応できないことがわかったためだということです。

ことし10月から応援の人数はおよそ60人にまで増えています。

現在は新型コロナの感染拡大前とほぼ同じ、1日におよそ600便が運航していて、全国7か所の空港から作業員が集まっています。

今月6日には3人一組の地上作業員のチームにふだんは大阪空港で働く男性作業員が入り、到着した機体から荷物を降ろしていました。

男性はことし7月から来年3月までの9か月間、羽田空港で応援業務を続けるということです。

ANAエアポートサービスの鴨田純一郎 人事部長は「新入社員たちが独り立ちするまで有資格者に応援に来てもらい助けてもらっている。応援をもらわないで空港を回すことができるよう新入社員の育成に力を入れたい」と話しています。

また、大阪空港では去年4月から夏ごろにかけ、およそ40人の地上作業員が退職し、人手不足に陥りました。

去年4月は1日の運航が感染拡大前とほぼ同じおよそ200便に戻ったころでした。

現場では人手不足への対応として、リモコンで航空機をけん引する車両を本格的に活用し始めました。

通常、航空機のけん引はトーイングカーと呼ばれる車両が使われ、高度な技術が求められるため、操作の資格取得は6年目以降となります。

一方、リモコン式の車両は比較的、操作が簡単なため、2年目から資格取得が可能です。

さらに、リモコン式の場合は操作中に周囲を見渡しやすいため、安全のために配置する人員を減らすことができ、けん引に必要な人数が3人から2人になります。

大阪空港では1日およそ200便のうち、およそ3割をリモコン式で対応していて、その結果、従来と比べ2割の人員削減の効果があったということです。

ANA大阪空港グランドサービス部の山下浩 副部長は「リモコン式の車両がなければ去年の危機を乗り越えることはできなかった。今後もうまく活用していきたい」と話しています。

専門家「数字にあがってこない事故も」

空港で起きた事故やトラブルを分析する国の委員会でトップを務める東洋大学の福手勤 名誉教授は「数字としてあがってくるのはある基準以上の事故なので、数字にあがってこない事故もいろいろ起きていると思う。ヒューマンエラーが原因となっていることが多いが、これだけ事故が相次いでいるので、原因だけでなく背景も分析し、対策を進めていきたい」と話しています。

今回、事故が増えた背景には人材の流出があるとみられるとしていて、「グランドハンドリングは勤務条件が過酷だということで働く人が減ってしまい、その後も入ってきておらず、今のままだと大変だ。職場環境や給与体系も含めて考え、人材確保に力を入れる必要がある」と指摘しています。

さらに、「グランドハンドリングの現場で事故が相次いでいるということは、空港が安全な環境にはないということで、航空機の安全運航にも影響が出かねない」と話しています。

そして、「急に人の移動が増えて空港を使う人も本当に増えてきた。こうした状況に空港の安全分野がついていけないといったことにならないよう、対策はスピード感が大切だ」と話しています。