金融庁の“政策転換”受け地方銀行は変われるか【経済コラム】

いわゆる「ゼロゼロ融資」の返済が本格化し、過剰な債務を抱えて事業の継続が危ぶまれる中小企業も出ています。

こうした中、金融庁は、中小企業への支援の考え方を大きく転換。従来の「資金繰り支援」から「事業再生」フェーズに移行するよう金融機関を促しています。金融庁はなぜこのタイミングで政策を転換したのでしょうか。そして全国の地方銀行などはどのようなスタンスで取り引き先に臨むべきなのでしょうか。
(経済部記者 斉藤光峻)

様相異なる恒例の会議

11月27日、金融庁は金融機関の代表らとの意見交換会を開きました。

資金の需要が高まる年末を前に、金融庁が中小企業の資金繰りに適切に対応するよう呼びかける恒例の会議ですが、ことしは様相が異なっていました。

会議の冒頭、鈴木金融担当大臣は「事業者支援のあり方も、コロナ禍での資金繰り支援に注力した段階から、一歩先を見据えて、事業者の実情に応じた経営改善・事業再生支援等に取り組むという新しい段階へと移行していく必要がある」と発言。中小企業への支援のスタンスを「事業再生フェーズ」に転換すると明言したのです。

なぜこのタイミングで政策を転換したのか。金融庁の伊藤豊監督局長にそのねらいを聞きました。

伊藤豊監督局長
「物価高や人手不足、そして外国の状況などさまざま課題があるが、経済はコロナ禍から脱している。コロナ禍では先行きの計画を立ててくださいと言ってもいつ収束するかも分からず、とにかく資金繰りでつないできた。しかし今は先を考えて計画を立てるフェーズだ。事業再生支援によって会社の倒産を防ぐこともあるが、ねらいは少し違う。テコ入れすることで、企業の売り上げが伸び、新規出店や設備投資の意欲が出ると、銀行の貸出資金も増える。エクイティ投資をすることでリターンが増えるなど、最終的には金融機関の経営基盤の強化にもつながると思う」

「つなぐ」局面ではなく「再生」のフェーズに

伊藤監督局長がここで言及したように、コロナ禍の中小企業支援は「とにかく資金繰りでつなぐ」という形で対応してきました。

金融庁によりますと、2020年5月から2023年9月までに政府系金融機関が決定した実質無利子・無担保の「ゼロゼロ融資」の金額はおよそ21兆円、件数は121万件。

一方、これとは別に民間金融機関による「ゼロゼロ融資」の総額はおよそ23兆円、件数は137万件にのぼっています。

金融庁は、業績が回復していない事業者が過剰な債務を抱えている可能性があるとみています。

会計検査院が11月7日に公表した「ゼロゼロ融資」などの検査報告によると、2020年から2022年度末までに貸し付けられた19兆4365億円のうち、借り手の破産や生活の困窮で回収不能となったのが697億円。破産手続き中などで実質的に回収の見込みがない債権は1246億円。

支払いが3か月以上滞るなどの「リスク管理債権」8785億円とあわせると、回収不能のおそれがある債権は1兆円を超えると指摘されました。

こうした現状を踏まえ、金融庁は企業の延命をはかるためこの手法を繰り返しても問題の解決にはつながらないと判断。コロナ禍を脱した以上、これからは将来を見据えた計画を立てて、事業の再生に取り組むフェーズだと指摘しているのです。

金融庁が期待する「コンサルティング機能」とは

さて、ゼロゼロ融資のうち民間金融機関が実施した融資の返済がことしの夏以降、本格化しています。次のピークは、来年の4月。

金融庁はコロナ前の収支に回復していない事業者が一定程度存在すると見て、返済の本格化に伴い、事業者を支援する必要性が高まっていると考えています。

そこで金融庁が金融機関に促しているのが、「事業者との対話」と「コンサルティング機能の発揮」です。

金融機関に求めるコンサルティングとは具体的にどういうものなのか。

伊藤豊監督局長
「まずは、取引先の改善計画を立てることが大事だ。計画を立てれば、課題が見えてくる。会社を維持発展させるためにも、先を見て経営するよう促していく。これこそが基本的な金融機関のコンサルティング機能の1つだ。事業者に先のことを考える余裕がなければ、金融機関が事業者を説得し、先回りして支援すべきだ。資金繰りだけやっておけばいいと考えるのはだめ。コンサルティング機能を発揮して事業者を支援をするには、ノウハウがなければならない。技能だけではなく、経験も必要になるが、金融機関にはそういうところを磨いてほしい。ノウハウがなく、コンサルティング機能が充実してなくても弁護士、税理士、よろず支援拠点、中小企業活性化協議会、コンサルティング会社など連携できるところはたくさんある。そうしたところとの連携を強化することでもコンサルティング機能の強化につなげることはできる」

現代の金融機関の本業とは

「資金繰り支援」から「事業再生」に軸足を移してほしいと金融機関を促す金融庁。

金融機関の間では、今後、金利のある世界が本格的に到来すれば、貸し出し事業などでさらなる収益が見込めると期待するところもありますが、伊藤監督局長は、今の時代の金融機関の本業とは何か改めて考えるべきだと指摘します。

伊藤豊監督局長
「昔ながらの単にお金を貸す事業は、もはや金融機関の本業ではない。これからは経営改善・事業再生支援・経営支援の巧拙が問われる時代になる。金利が上がったときに、貸出金の金利を引き上げる場面も出てくるだろうが、そのときに相手を説得する上での決め手となるのは、経営支援ができているのかという点だ。取引先の経営支援はボランティアでやるものではなく、自分のビジネスのために行うものだ。経営環境が厳しい金融機関がこれから生き残るためにも非常に重要なビジネスになる」

中小企業の挑戦を引き出し、産業構造に新陳代謝をもたらすとともに、人材や伝統技術をしっかり継承して日本経済の基盤を強固なものにしていく。

こうしたビジョンを実現するには金融機関の「再生支援」「経営改善」機能が欠かせません。

日本の中小企業の活性化に向け、これから金融機関の取引先への関わり方がどう変わるのかが焦点となります。

来週は、欧米の中央銀行が相次いで金融政策を決める会合を開催します。注目されるのは、アメリカのFOMC=公開市場委員会の結果です。市場ではアメリカのインフレが低下傾向にあることなどから利上げを見送るという見方が強まっています。

結果を受けて、アメリカの中央銀行にあたるFRB=連邦準備制度理事会のパウエル議長が金融政策の考え方についてどのように発言するかも注目です。