真珠湾攻撃から82年 犠牲者を追悼する式典 ハワイ

太平洋戦争の発端となった旧日本軍の真珠湾攻撃から82年となり、ハワイの真珠湾に面した記念公園で、犠牲者を追悼する式典が開かれました。

82年前の1941年、日本時間の12月8日未明、旧日本軍はハワイの真珠湾を攻撃し、太平洋戦争が開戦しました。

真珠湾を望むパールハーバー国立記念公園では現地時間の7日、追悼式典が開かれ、アメリカ軍の関係者や第2次世界大戦の退役軍人など2000人余りが出席しました。

式典では、真珠湾への攻撃が始まった午前7時55分に合わせて出席者が黙とうし、死亡したおよそ2400人を悼みました。

そして、アメリカ軍インド太平洋軍のアキリーノ司令官が「当時を経験した先人たちの教訓は、まず真珠湾攻撃を忘れるなということ、つねにアメリカは警戒を解いてはならないということ、そして常に戦い、勝つための準備をしなければならないということだ」と述べ、国防を通じて平和を守る決意を強調しました。

また式典では沈没した戦艦アリゾナの乗組員の最後の生存者、ルー・コンターさん(102)が高齢のため出席がかなわず短いビデオメッセージを寄せたほか、コンターさんの親戚にあたる海兵隊の若い大尉が演説を行うなど、当時を体験した人の高齢化が進む中、教訓を語り継ぐための新たな取り組みも見られました。

パールハーバー国立記念公園 広島の平和公園と姉妹協定

アリゾナ記念館など真珠湾の歴史的な史跡を管理するパールハーバー国立記念公園はことし6月、広島市の平和公園と姉妹公園協定を締結しました。

国立記念公園のトム・レザーマン管理監督者は、「私たちが世界の平和に向けてともに取り組んでいく可能性を秘めているという点で重要な協定だ。ふたつの場所には第2次世界大戦に関係し、そこで命が失われたという共通点がある。具体的に起きたことは大きく異なるが、それぞれの場所で起きたことから学ぶことができる」と述べ、協定の意義を強調しました。

また、広島で協定への懸念の声も出ていることについては、「真珠湾と広島は同じ場所ではないし、公園の目的も異なる。しかし私たちは平和の大切さを訴えていくという点で一致した。私の理解では広島市は懸念点について市民と対話し、私たちはそうした意見を受けて合意の内容を修正していった」と協定の締結に向けては市民の意見が慎重に反映されたという見方を示しました。

そのうえで、パールハーバー国立記念公園がアメリカの歴史をたたえる内容になっているとの指摘については、「戦艦アリゾナでは12月7日に1177人が亡くなった。記念館は彼らに敬意を示すために建てられ、名前が刻まれた。私たちは同じ過ちを繰り返さないためにここで何が起きたのかを訪れた人たちに知ってもらいたい。それは真珠湾と広島の双方にとって共通のテーマであり、協定はそのために結ばれたと言える」と述べ、パールハーバー国立記念公園でも事実を客観的に伝えることに力を入れていると説明しました。