家族が陰謀論に「どう接したら…」集まった声

家族が陰謀論に「どう接したら…」集まった声
「母に対してはもう諦めの気持ちです」
「妻とはまともな会話ができなくなり、つらいです」

親が陰謀論にのめり込んだという家族を紹介した番組「フェイクバスターズ」の放送後、同じような声がNHKの投稿フォーム「ニュースポスト」に数多く寄せられた。
陰謀論とは、「この世界が闇の組織に牛耳られている」など、一般的に「物事の背後には誰かの陰謀や別の意味がある」などとする考え方で、実証するのも否定するのも難しい。

何を信じるかは個人の自由だが、詳しく話を聞いてみると、身近な家族に大きな負担が生じ、さまざまな悩みを抱えていることがわかってきた。
(科学・文化部記者 絹川千晴)

遠方に暮らす母が…会うのがつらく

40代のあきみさん(仮名)は、離れて暮らす60代の母親が陰謀論にのめりこんだという。

きっかけは新型コロナの流行だった。

当初は家族を心配し「アルコール消毒すること!マスクが売ってなかったらこっちから送るよ」とメールしてきていた母の口調が、ある日突然変わった。
あきみさん(40代・仮名)
「『新型コロナでこんな世の中になって私たちはこれからどうなってしまうんだろう。孫に会えなくてとてもつらい』と、不安に押しつぶされそうな気持ちで電話してきていたのが、ある日急にその不安がなくなって『私はだまされていたんだ。コロナは本当は偉い人たちが作ったものなんだ。不安になることはないんだ』とハイになっていたので驚きました」
その後、「この世界はディープステート(闇の組織)に牛耳られている」「ディープステートは子どもを誘拐して人身売買している」などと語るようになり、2021年の秋ごろには、アメリカの陰謀論集団「Qアノン」の思想に深く傾倒するようになっていったという。

母親との電話を録音した音声を聞かせてくれた。
母親(60代)
「PCR検査も危ないんだよ。鼻に入れる綿棒にはマイクロチップがついていて、鼻から腸に落ちてくる」
「日本の地下には誘拐された子どもを閉じ込めている施設があって、アメリカ軍が海から攻撃して解放しているの」
あきみさん
「そういう話はどこで知ったの?ニュースでやってないよね?」
母親
「ユーチューブとかネットで。日本のメディアは全部闇の組織だから」
もともと旅行が好きで、あきみさんの子どもたち(孫)とテーマパークなどに遊びに行くこともたびたびあったという母親。

コロナで外出自粛が呼びかけられ、人と会う機会が減る中、不安な気持ちでスマホで検索しているうちに、陰謀論に関係する動画にたどり着いたのではとあきみさんは話す。

最近では、話を聞くのがつらく、母親からの電話やメールはあまり見なくなり、直接会うのもできるだけ避けている。
一方で、とても気がかりなことがあるという。

母が「外貨購入」に手を出していることだ。

母がよく見ていたインフルエンサーは、「光と闇の戦いは近く光の勝利で終わる。その時に通貨の価値が変わり富が返還される」などと繰り返し説き、イラクの「ディナール」などの通貨の購入を勧めてきた。

さらに最近では、同じような主張をし、有料会員向けの動画やイベントで視聴者を囲い込んで浄水器などを販売しているという別のインフルエンサーに傾倒している。

母親は、「ディナール」をどこでいくら購入したのか確認しようとしても、『家族にも絶対に話してはいけない』と言われていると、詳しいことは話してくれないという。
あきみさん
「お金に漠然とした心配があったから手を出してしまったんだと思います。100万円くらい使ったのではないかと思います。母自身は、投資していると思っていて、『ディナール』の価値が1000倍になるから私にもマンションを買うお金を出してあげるからって言われました」
「母に対しては諦めの気持ちです。陰謀論が母の心の支えになっているようで、語る姿からは信仰すら感じます」
イラクの「ディナール」をめぐっては、国民生活センターが以前から「将来価値が上がってもうかるからと、実際の価値以上のレートで購入するよう勧誘される投資トラブルが相次いでいる」と注意喚起している。

現在も日本で換金するのが難しい通貨で、慎重な取引が求められるという。

夫が…子どもの成長への影響が心配

40代の主婦、桜さん(仮名)は、夫の言動に悩んでいる。

3年ほど前、夫は投資に失敗して借金を抱えたのをきっかけに、ユーチューブで「東日本大震災は人工地震だ」「すべての薬は医者と製薬会社がもうけるために作った毒だ」といった動画を繰り返し見るようになったという。
夫婦には子どもがいるが、夫は家事を負担し、子どもとゲームやバイトの話をするなど、ふだんはよき父親だという。

ただ居間でニュース番組をつけていることができなくなった。

ニュースを見ていると「この話には実は裏があって…」と、家族を説き伏せようとしてくる。

子どもの学校の社会の授業についても「歴史認識は操作されているから教科書も疑った方がいい」と話す。
桜さんは、子どもたちには、先入観を持たずに自分の頭で考えるようになってほしいと思っている。

両親の意見が真っ二つに分かれ、コミュニケーションの断絶が起きていることが、子どもたちの成長に影響を与えないか心配している。
桜さん(40代・仮名)
「一番下の子はこれから反抗期なので、父親との接し方や情緒の育ち方にどんな影響が出るのか心配です」
「友人だったら陰謀論を持ち出したとしても『うんうん』と受け止められると思います。でも毎日顔を合わせる夫だと反射的に話を遮ってしまうんです。今までのストレスや怖い思いが蓄積されていて、自分の心に余裕がありません」

妻が…人間の芯が粉砕されてしまったかのように

50代の聡さん(仮名)は、妻の態度の変わりように心を痛めている。
妻とは、大学の研究室で出会い、仕事と子育てに文字どおり二人三脚で取り組んできた。

妻は、高校の非常勤講師。

きっかけは、職場の同僚から、3年前のアメリカ大統領選のよくとしに起きた議会襲撃事件の背景に関する情報を聞かされたことだったという。

アメリカ帰りだという同僚への憧れがあった妻は「自分の知らないことを知っている」と同僚の話に傾倒。

「私は目覚めた!この世はディープステートに支配されている!私は負けない」と激しく主張するようになった。

家事や通勤の時間にもひたすらユーチューブで陰謀論に関する動画を見続けるようになった。
家族のグループラインには、『きょうの夕ごはんは家で食べる?』といった連絡とともに、『牛乳やヨーグルトでガンになる』『日本人はパンを食べるべきではない』といった内容の動画を何本も投稿するようになった。

聡さんは妻に対して、「何を見るのも自由だが、動画のリンクを次々に送ってくるのはやめてほしい」と伝え続けた。

それに対して妻は、ここ1か月ほど聡さんをいないものとして振る舞うようになっているという。
聡さん(50代・仮名)
「私に何を言ってもダメだと諦めたんでしょう。夫婦でのまともな会話がなくなり、これまでの積み重ねは何だったんだと思ってしまいます」
聡さんが、いま心配しているのが、妻が自分の過去の言動を忘れていることだ。

3年前、コロナ禍が始まったばかりのころにマスクや消毒液を一緒に探し回ったことだけでなく、去年、夫婦で一緒に家中を大掃除したことさえ、「そんなことあったっけ?」と全く覚えていない様子だという。

それどころか、妻の言うことを信じない自分を敵対視し、子どもがいる前でも自分をあからさまに無視するようになった。

結婚していたこともなかったことにしてしまうのではと聡さんは危惧しはじめている。
聡さん
「ふつう人間には1本の筋というか芯が通っているものだと思いますが、妻はもともとあった芯が粉砕されてしまって、信じたいものごとに新たな芯が2本3本とできているような印象です。その状態が妻の精神に与える負荷は大きいだろうと心配しています。都合の悪いことを忘れることで自らを保っているようにも思えます」

キーワードは“共生”

カルト宗教や悪質商法にまつわるマインドコントロールなどに詳しい立正大学の西田公昭教授は、陰謀論の特徴や、のめりこんでしまう心のメカニズムについて次のように指摘する。
1 陰謀論は、自己閉塞感や苦しみに寄り添ってくる
失敗して怒られた、家族や周囲の人に認められない、といったつらい状況に陥った時、“あなたの責任ではない”“世界は実は不当にゆがめられている”と語り「つらい状況は自分のせいではない」と寄り添ってくれる。

2 自己肯定感や自尊心が満たされる
世界の秘密に“他の人は気付いていない”“自分だけが言っている”と自己陶酔していく。

3 社会的な認知や肯定感が与えられたように感じる
自分のすごさを周囲に知ってもらいたい、いいことを周囲の人に教えて社会貢献したいという気持ちになる。身近な人に否定されると、ネット上でつながって集団化し、さらに自己陶酔感を強めていく。
こうして作られた新たな社会の見方(=陰謀論を通した見方)は強固で、もとの状態に戻るのは簡単ではないという。

では、陰謀論にのめりこんで、コミュニケーションが断絶した家族にどう向き合えばいいのか。
西田さんが挙げるキーワードは「共生」

異なる価値観の人として受け止め、相手を否定せず、逆に相手に押しつけをやめるよう求める接し方だ。

また、陰謀論にのめりこむきっかけとなった1で述べた「つらさ」が何によってもたらされたのかも見ておく必要があるという。

陰謀論ではなく周囲の人とのつながりが、その「つらさ」を埋め、2で述べている「自己肯定感」をもたらすものになれば、状況を打開するチャンスになるかもしれないと指摘する。
立正大学 西田公昭教授
「自分の考えを押しつけてくる相手を尊重するのは簡単ではないかもしれません。しかし、社会の見方が異なる人と共生しようとすること、また『いつでもこっちに戻ってきてね』という態度で接し続けることが、家族の断絶を防ぐのに重要です」
(12月 「あさイチ」で放送予定)
科学・文化部 記者
絹川千晴
2016年入局
和歌山局、京都局を経て現所属。
2023年から消費者庁とIT・ネット関連の話題を担当。