もし食料不足になったら? 対策の報告書まとまる 農水省

ロシアによるウクライナ侵攻や気候変動問題などで食料の安全保障が課題となるなか、農林水産省の有識者会議は、食料が不足した場合に政府が事業者に対し、輸入の拡大や増産、それにカロリーの高い作物への生産転換などについて、法律に基づく要請や計画作成の指示をできるようにすべきだとする報告書を取りまとめました。

食料不足の場合に求められる対応 段階的にまとめる

食料の供給をめぐっては、人口の増加や気候変動問題に加え、ロシアによるウクライナ侵攻や新型コロナウイルスの感染拡大などで、世界的に不安定になるおそれが指摘されています。

こうした中で、農林水産省の有識者会議は6日、国内で食料が不足した場合に求められる対応を報告書にまとめました。

それによりますと、コメや小麦、大豆、それに卵や肉などの品目は、平時から生産や輸入、在庫の状況について政府が情報収集できるようにすることが重要だとしています。

そして、これらの品目の供給量が平時より2割以上減少する場合は、政府が農家や企業に対して、輸入の拡大や増産、出荷先の調整などの要請や計画作成の指示を行うことが求められると指摘しています。

さらに、最低限必要なカロリーの確保が困難となるおそれがある場合は、農家に対して、サツマイモなどを念頭に、カロリーを重視した品目への生産転換の要請や計画作成の指示を行うことが必要だとしています。

報告書では、これらの対策の根拠となる法律の整備が必要だとしていて、農林水産省は、さらに具体化を進め、来年の通常国会に関連する法案を提出する方針です。

報告書の詳細は

今回まとめられた報告書では、コメ、小麦、大豆、菜種やパーム油、卵、肉、乳製品などの「畜産物」、砂糖に加え、肥料や家畜の飼料、種子などの「生産資材」も対象品目とした上で、不足する状況を4つの段階に分けて対応をまとめています。

まず、食料が不足する前の平時の段階から、政府が、民間の在庫の状況を、事業者の営業秘密にも配慮しつつ、流通過程なども含めて十分に把握できるようにする必要があると指摘しています。

次に、大幅な食料不足の兆候を把握した場合には、内閣総理大臣をトップとする政府対策本部を立ち上げた上で、まずは農家や企業の自主的な取り組みを促すため、生産や輸入の拡大、出荷の調整などを要請すべきだとしています。

さらに供給量が平時より2割以上減少した場合には、食生活や事業活動に大きな影響が出るとして、さらなる対策を求めています。

この目安とされたのが、いわゆる「平成の米騒動」です。

冷害によってコメが大不作となった1993年、コメの供給量は前の年と比べて24%減少し、価格が上昇し、各地で買いだめも発生。

政府がタイ米を緊急輸入するなど大きな混乱が起きました。

この段階では、対策本部が「事態の宣言」を行い、要請によっても必要な量が確保できない際は、農家や企業に対して生産や輸入の拡大、出荷調整に関する計画を作成するよう指示すべきだとしています。

また、それでも必要量が確保できない場合は、計画変更の指示もできるようにすべきだとしました。

さらに、1人当たり、1日1900キロカロリーの摂取が確保できないような極めて深刻な段階になると、農家に対して、サツマイモやコメなどを念頭にカロリーを重視した品目への生産転換を要請し、それでも確保できない場合は、生産転換に関する計画を作成するよう指示することが妥当だとしています。

報告書では、これらの対策のうち、「要請」については、罰則を設けるべきではないとする一方で、「計画作成の指示」に違反した場合は罰則を設けることが妥当だとしています。

計画どおりに実施しなかったり、計画変更の指示に従わなかったりした場合には、その事実を公表することが妥当だとしています。

人口増加 気候変動 ウクライナ侵攻…背景に食料安全保障

今回、報告書がとりまとめられた背景には、食料安全保障に対する意識の高まりがあります。

世界的な人口増加を背景に、コメや小麦といった穀物の需要が伸び続けているほか、新興国の経済成長に伴って肉類や植物油などの消費も増えています。

世界の人口は、2050年には現在よりも18億人増えて、97億人に達すると予想され、食料の需要はさらに増えていくと見込まれています。

その一方で、供給面でのリスクも顕在化していて、2022年に公表された国連のIPCC=気候変動に関する政府間パネルの報告書では干ばつなどの異常気象によって、穀物などが不作となるリスクが高まっていると指摘されています。

鳥インフルエンザやASF=アフリカ豚熱などの家畜の伝染病によって、畜産物の供給に支障が生じるおそれも高まっています。

日本では昨シーズン、鳥インフルエンザによって過去最多のおよそ1771万羽のニワトリが処分され、卵の卸売価格が一時、平年よりおよそ7割高くなった月もありました。

また、新型コロナウイルスの感染拡大とその後の経済活動の急回復に伴って、国際的な物流が混乱したことも、今後の食料確保への懸念を高めました。

ウクライナ キーウ州 2023年7月

さらに、ロシアによるウクライナ侵攻では、両国とも穀物の生産が盛んだったこともあり、国際的な小麦価格が一時、高騰したほか、ロシアが主な輸出国である肥料の価格も上昇しました。

このほか、経済大国として存在感を高める中国との間で、食料の争奪戦となり“買い負ける”ケースが懸念されるほか、トウモロコシなどの穀物はバイオ燃料の原料となるなど食用以外での需要の高まりも予想されています。

こうしたことから、農林水産省の有識者会議がまとめた報告書では、食料や飼料などの多くを特定の国や地域に依存する日本は、世界的な需給の不安定化によって大きな影響を受けるおそれがあると指摘しています。

海外の法律は

食料安全保障をめぐる国際情勢が厳しさを増す中、海外では、食料不足に備えた法律をすでに整備している国もあります。

農林水産省によりますと、このうちスイスは、食料不足が続く期間の長さに応じて、政府が取るべき対応を定めています。

例えば、3か月以内の短期間であれば、備蓄の放出や輸入の促進などを行い、1年を超えるような長期間であれば、生産転換や配給などを行うとしています。

実際にコロナ禍で短期的に需給がひっ迫した際は、バターや卵の輸入の促進などの措置を行ったということです。

また、ドイツも食料の安定供給を確保するため、食品メーカーに対して定期的に生産能力や保管能力などの情報提供を義務づけているほか、食料危機が生じた場合は生産や流通など各段階で政府が介入することを規定しています。

このほか、中国でも食料安全保障に関連する法律の制定に向けた動きがあるほか、ロシアによるウクライナ侵攻を受けて、対策の見直しに乗り出す国も相次いでいるということです。

有識者会議座長 “消費者も意識・行動の変革を”

今回、有識者会議の座長を務めた、リスクマネージメントが専門の名古屋工業大学の渡辺研司教授は、「多くの食料を海外に依存しているわが国はリスクが高く、いま目の前にたくさん物はあるが、非常にぜい弱な状態だ。今回、政府の枠組みを決めたが、それだけでは機能せず、事業者による柔軟なオペレーションや、消費者の意識や行動の変革も必要になってくる」と指摘しました。

そのうえで、「消費者には、お金を払えば、いつでも何でも好きなものが食べられる状態に依存しすぎると、不測の事態に陥る可能性が膨らむという構造を、まずは知ってもらいたい。グローバルなサプライチェーンから地産地消にシフトするなど、『我慢する』ということではなく、『地元の食を楽しむ』という意識に変えていくことが、インパクトを減らすことにもつながるはずだ」と話していました。