“医師の働き方改革”は進むのか

“医師の働き方改革”は進むのか
これまで実質“青天井”とされてきた医師の労働時間。過労死が起きるなど、過酷な長時間労働はたびたび問題視されてきました。こうした状況の中で、国は来年4月から、病院などに勤務する医師の時間外労働を原則、年間960時間に制限します。制度施行まで半年を切る中で、すでに「医師の働き方改革」に取り組んでいる病院もあります。しかし、取材を進めると、簡単には改革が進まない、医療現場の実態が見えてきました。
(クローズアップ現代 取材班)

密着取材 ある医師の38時間

勤務開始から38時間。

ようやく家路につく医師の姿がありました。

岩手県の大学病院で循環器内科の医師として働く、那須崇人さん(36)です。
岩手医科大学附属病院 医師・那須崇人さん
「疲れますけど、まあこんなもんじゃないですか。慣れましたね。もう8年間もやっていますからね」
実際に現場の医師はどんな働き方をしているのか。

私たちは、地域医療を支える1人、那須さんに密着しました。
朝7時半

勤務開始。

患者のカルテを確認し、一人ひとりの状態を確認して、スタッフと共有します。
10時

外来の診療を開始。

循環器内科では30人近くの診察を3時間、ほぼ休みなく続けます。
15時

外来診療を終えても息つく暇はありません。

那須さんの元には院内から呼び出しの電話が鳴り続けます。

他院で容態が急変し、救急搬送された患者の処置に追われます。
22時30分

勤務開始から15時間。

ようやく出勤してから最初の食事にありつくことができました。

ご飯は決まって、病院内のコンビニで購入するサラダだけだと言います。
「ダイエットしているので・・・。帰るタイミングがないですからね。いつもコンビニですね」
食べ始めたところで、那須さんの電話が鳴りました。
「もしもし」
Q「呼び出しですか?」
「そうですね」
患者の容態が急変したという連絡でした。

サラダにほとんど手をつけられないまま、患者の対応に向かいました。
翌日 朝7時

勤務開始からすでに24時間が経っていました。

しかしまだ那須さんの仕事は終わりません。

着替える間もなく車に乗り込み、2時間かけて向かったのは、岩手県沿岸部に位置する県立久慈病院です。
大学病院に勤める那須さんが、別の病院へ行くのには理由がありました。

日本では医師が足りない地域の医療を支えるために、大学病院が地域の病院に対して医師を派遣しているからです。

那須さんが勤める大学病院も例外ではありません。

そのため、週に1度、久慈病院に通い、診療を行っているのです。
翌日13時

勤務開始から29時間。

派遣先の久慈病院での診療を終えましたが、那須さんの仕事はまだこれで終わりではありません。

大学病院に戻り、手術室へと向かいました。
翌日22時

勤務開始からすでに38時間が経過した、夜の22時。

ようやく家路につきました。
Q「帰ったら、まず最初に何をしますか?」
「まずはシャワーを浴びたいですね。もう家族はみんな寝ているので、10分ぐらいゲームして、寝るか、仕事するかします」
妻と娘がいる那須さん。

平日は、家族と過ごす時間がほとんどないのが現実だと言います。
「平日は申し訳ないですけど、ほぼ顧みてないですね。子どもや妻からのニーズには全然応えられていないのかなって思っています。(父親の評価は)10点満点だとすると、1点ぐらいじゃないですかね」

労働時間に含まれない「自己研さん」

那須さんが一週間で病院にいた時間は、90時間に上っていました。

全てを労働時間と考えると、過労死ラインを上回りかねない働き方です。

しかし、病院に滞在していた90時間の中には、診察や事務仕事以外に「自己研さん」と呼ばれる時間が含まれており、すべてが労働時間というわけではありません。
那須さんが毎日のように取り組んでいるのは、医師たちの自主的な勉強会や、論文の執筆です。

那須さんは自ら努力を続けることが、患者の命を預かる医師の責任だと考えています。
那須崇人さん
「研究は、最終的にやっぱり自分の臨床に生きてくるので。治療していく中で、今にも亡くなりそうな状況から徒歩で歩いて帰ってもらうみたいなことがあると、やっぱりうれしいですよね。それがやっぱり一番の働く原動力です。正直、しんどいなって思うことはありますけど」

働き方改革を進めるために 地域への医師の派遣を削減

那須さんが勤める病院では、来年から始まる医師の働き方改革を見据えた議論が行われていました。

幹部たちが話し合っていたのは、来年度の地域病院への医師の派遣計画です。
「(国の働き方改革が本格化すると) 沿岸の(病院の)科長が空席になる。その場合、足りなくなるところをどうするかですね」
医師の働き方を今よりもさらに改善するためには、派遣体制の抜本的な見直しも考えざるをえなくなるといいます。

半年間の議論の末、地域病院から1人の医師を引きあげることに決めました。

病院の幹部は、もともと医師不足が深刻な中で、医師の命と健康を守りながら、どのように地域医療を守っていくか、苦悩が増しているといいます。
岩手医科大学附属病院 循環器内科 森野禎浩さん
「みんな働き過ぎているので、働き方を改革してもらわなきゃいけないですよね。これを進めなきゃいけないのはもう事実なんですが、今すでに人がもう不足している地域は、その代替手段がまったくないので、これに対しての何らかの策がセットでないと、自然に崩壊する方向に向かわざるをえない」

医療サービス 縮小せざるをえない病院も

こうした医師の働き方改革は、私たちが利用する医療サービスにも影響があります。

岩手県の沿岸部にある県立久慈病院の脳神経外科には、これまで大学病院から2人の常勤の医師が派遣されてきました。

しかし、働き方改革の影響もあり、派遣される医師が1人に削減されました。

そのため久慈病院では、今年5月、脳神経外科の救急搬送を原則廃止することに決めました。

脳卒中(主に脳出血性疾患)の救急患者については、隣県にある八戸赤十字病院に搬送し、受け入れてもらうことになりました。
こうした状況に地域住民からは不安の声も上がっています。

30代の頃に脳卒中で倒れたまゆみさん(仮名・65)は、今も3か月に1度の通院が欠かせません。
まゆみさん(仮名・65)
「久慈病院があるから、なんかあっても安心だなっていう感覚ありますのでね。緊急がなくなるってことになれば、(脳卒中は)時間で症状も変わることある。」
久慈病院では、隣の県の病院と患者の症状を情報共有するなど連携を図り、医療サービスの維持に取り組んでいくとしています。

寄せられた研修医の声「結局実態は変わらない」

一方で、働き方改革が進んでいない実態も見えてきました。

クローズアップ現代の情報提供窓口「スクープリンク」に、研修医から寄せられたのは、もともと勤務表に記録されていた残業時間が意図的に消され、実態に即した働き方改革が行われていないという窮状でした。
(番組に寄せられたコメント ※一部抜粋)

2024年度から医師の働き方改革が始まりますが、到底、改革は当院では行われないような状況です。

むしろ、救急当直では忙しさが増し、睡眠時間が確保できない状態です。

未だ過労死/過労自殺はなくなりません。

犠牲者がでなければ改善に向けて動かない、犠牲者がでても「うちの病院はまだマシなほう」という考えで改善しようとしない病院がある状況には、非常に疑問を感じます。
研修医1年目の20代の女性は、「地域の人の健康を守れるような医者になりたい」と小さいころから医師を目指し、学生時代には産婦人科医になる目標を持ち、実習に取り組んできました。

働き始めて直面したのは、労働時間の管理が適正に行われていない実態でした。

宿直業務や手術の延長などで、1か月あたりの時間外労働は80時間近くに及んでいました。

しかし、それらは労働時間として認められず、賃金も支払われていなかったと言います。

また週に数回行われる会議に「必ず出席するように」と上司から伝えられていましたが、「自己研さん」だとされ、労働時間として扱われていませんでした。
研修医
「忙しいときは寝る時間がないこともありますね。(宿直の時は)夕方から働いて横になれたのが、朝の7時半。夜勤の間も数回泣きました。しんどくて。働いた分を働いてないっていうふうにされて認められてないことが、すごく悲しい。(病院側は)国が提示した時間に合わせて調整するだけで、結局実態は変わらない。その時間内に(勤務を)収めろとは言われるけど、結局収められないので負担が増えるだけ」
「幼いころから医者になりたくて、コツコツ勉強してきてそれで入った世界がこれか・・・こんな世界なのかと思うと絶望する。もう辞めたいし、もういなくなりたいなって思うときもありますね。同期とかは、漠然と『もう死にたいなって思う』と言っている子もいますし」
産婦人科医を目指していた研修医の女性。

しかし他の診療科と比べても労働時間が長く、過酷であることから、夢を諦め、他の道を模索し始めたと言います。
研修医
「今頑張っている先生たちは本当に尊敬していますが、同じことはできないなと。産婦人科医は少ないですし、人数が増えないことには、しんどいままだと思います。そんなに医者って、人の何倍も強い人間ばっかりじゃないですし。当直明けで、ぶっ通しで働くと、判断力も鈍るし、患者さんを危険にさらしてしまう。患者さんも医者自身も危険にさらさないような環境になってほしいです」

届いた医師たちの声

「クローズアップ現代」で医師の働き方改革について意見を募集したところ、改革が形骸化するのではないかと指摘する声が寄せられました。
外科医(30代・女性)

働き方改革とは名ばかり

実際は時間外を自己研さんにしたり、残業を過少申告させて、見かけ上の時間外を減らしているだけ

本来適切な時間外給与を支払い、働いた者に報いることが目的のはずなのに、実際は改悪ばかり
大学病院で働き方改革を担当する医師(40代・男性)

時間外労働の制限が設けられる一方で、大学病院の経営は厳しく、より多くの患者を診療することを求められている

診療の質の向上についての社会の要請は強まっており、業務量の増加に繋がっている。

国には、病院の収入を増やすための施策を打ってもらいたい。
大学病院勤務の医師(30代・男性)

大学病院の医師の給与は一般的に低く、多くの大学病院医師がアルバイトで生計を立てている。

勤務時間が制限されることによって、給与が最も低い大学病院での勤務時間のみ確保され、アルバイトが制限される事態になっている。

根本的な問題として、大学病院医師の給与を上げることが大事なのではないか。
産婦人科医(20代・男性)

産婦人科医は全員過労死してもおかしくない働き方をしていた。

「医師を選んだんだから、これくらい働いて当然だろ」という雰囲気がある。

大量にある分娩施設全部に産婦人科医の夜間当番がいる状態で、大変非効率。

クリニックは外来のみで、手術と分娩は総合病院へ集約化することで経営効率化を行い、当直ではなく夜勤で手術や分娩に対応するべき。

あなたの意見を聞かせてください

今後私たちの「医療サービス」にも影響がある、医師の働き方改革。

医師や病院側だけでなく、医療を受ける患者側も一緒に考えていくことが大切です。

クローズアップ現代では、みなさまの声を取材に生かしていきたいと考えています。

「医師の働き方改革」について自らの体験や情報、ご意見をお持ちの方は、以下の情報提供窓口「スクープリンク」から声をお寄せください。
(11月29日「クローズアップ現代」で放送)
新潟放送局 ディレクター
高橋裕和
2014年入局
盛岡局で東日本大震災関連の取材。
東京でプロフェッショナル仕事の流儀→クロ現 23年から新潟局。
第2制作センター ディレクター
大麻俊樹
2010年入局
徳島局・鹿児島局などで主に福祉分野を取材。
2023年からクローズアップ現代を担当。
盛岡放送局 記者
吉川裕基
2015年入局
2023年8月に2度目の盛岡局勤務。
震災、医療や教育などを中心に、地域に腰を据えて取材。
社会番組部 ディレクター
平瀬梨里子
2015年入局
新型コロナ重症者病棟や後遺症の取材、OSINTを使用したミャンマーやロシアの調査報道を行う。