動き出した補償と“救済”めぐる壁…苦しみ深める人たち

動き出した補償と“救済”めぐる壁…苦しみ深める人たち
「人類史上最も愚かな事件」「法を超えての救済、補償が必要だ」。
ことし9月、ジャニー喜多川氏による性加害を認めて謝罪した旧ジャニーズ事務所=「SMILE-UP.」。会見で東山紀之社長が述べた言葉です。
それから2か月余りで被害の申告は800人を超え、先月下旬から被害を申告した人への補償金の支払いが始まっています。しかし、被害を告発したあと、苦しみをさらに深めている人たちがいます。
(ジャニーズ性加害問題取材班)

※この記事では性暴力被害の実態を広く伝えるため、被害の詳細に触れています。フラッシュバックなど症状のある方はご留意ください。

履歴書を送ったら… ジャニー喜多川氏から電話が

55歳の男性。

ことし9月、旧ジャニーズ事務所が開いた会見で東山社長の「被害者の方に寄り添う」ということばが強く印象に残り、36年前の被害に向き合い始めていました。
中学生の頃から劇団に所属し、ジャニー氏が手がけた映画に出演した経験があった男性。

1987年、18歳のときに事務所に履歴書を送ったといいます。

しばらくして、店舗が併設されていた自宅にジャニー氏本人から直接電話があったといいます。
「その頃うちは店をやってたので従業員が電話をとったんですが『ジャニー喜多川だって』と、私がジャニーズに入ることになるんだと周りが大変なことになったのを覚えています」
その日、テレビの歌番組の収録をしていたスタジオに来ないかと誘われ、慌てて現場に向かった男性。

すでに活躍していたタレント2人にも紹介され、「合宿所」に一緒に向かい、泊まることになったその夜、性被害に遭ったといいます。
18歳のときに性被害を受けたと訴える男性
「夜中、体の中心部分になにかゴリゴリと違和感があって目が覚めたときに、なんだろうと思ったらジャニーさんでした。体をひねって抵抗してみたんですけれど、止まることはなく気持ち悪いし、怒りと早く帰りたいと思い、とんでもないところに来てしまったと思いました」
翌朝、合宿所から逃げるように帰ってから、ジャニー氏や事務所と一切関わることなく暮らしてきたといいます。
ことし9月、旧ジャニーズ事務所がジャニー氏による性加害を認めて謝罪。

「被害者救済委員会」を設置し、ウェブ上に窓口を設けて性被害の申告の受け付けを始めました。

長い間、認めてもらえるはずがないと思ってきた男性は「すごいことが起きた」と感じたといいます。

それでも申告すべきか悩んでいた男性のもとに、かつて被害を打ち明けたことがある親しい知人から、『どうするの?』『後悔しない?』と連絡があり、被害をなかったことにしたくないと申告を決めました。
当時乗ったジャニー氏の車や、合宿所の間取り、ジャニー氏と事務所の人が電話で話していたその日に起きた所属タレントのトラブルの内容…。

忘れようとしてきたという記憶の糸をたぐって、被害の内容をフォームに入力しました。

被害者への補償、判断のプロセスは?

専用のフォームに被害を訴える人からの申告を受け、補償の判断をするのは「被害者救済委員会」です。

元裁判官の3人の弁護士で構成され、「SMILE-UP.」からは独立した機関だとしています。

申告を受けて救済委員会が「SMILE-UP.」と相談しながら、在籍確認を行うといいます。

その後、被害者へのヒアリングなどを経て、被害の認定や補償額が決まることになっています。

救済委員会から届いたメールには…

意を決して被害を申告した男性。

しかし、およそ1か月後に救済委員会から届いたメールは予想とは異なるものでした。
事務所に在籍していたことの確認が取れなかったとして、救済委員会ではなく事務所が直接やりとりをするという内容でした。

男性は動揺しながらも事務所の担当者に連絡し、被害の経緯を電話で説明したところ、「しばらく待ってほしい」と伝えられました。

その後、何度か連絡してみたもののおよそ1か月半が経った現在も状況は変わらず、待つ時間が長くなるうちに心身の不調を感じ、仕事にも支障をきたすようになったといいます。
18歳のときに被害を受けたと訴える男性
「朝起きてからまずこのことが浮かぶんです。寝るまで。連絡を待つ間にもっと何か思い出そうとずっと考えていると、被害にあった翌日、駅まで歩いて帰った時のみじめさ、つらさ、からだの不具合とか思い出したくなかったことまで思い出して。ただただ待たされるっていうのは生き地獄です」

“信じてもらえないのでは…” 手続きためらう人も

在籍確認のために加害者側である事務所と直接やりとりしなければならないことに抵抗を感じる人もいます。
救済委員会に被害を申告したところ、在籍の確認ができなかったと伝えられた別の50代の男性です。

高校1年生の頃、友人に誘われて事務所に履歴書を送ったところ、自宅にジャニー氏から電話があり、東京・六本木のテレビ局に来るよう言われました。

歌番組の収録を見学したあと、合宿所に連れて行かれ被害にあったといいます。
高校1年生で被害にあったと訴える男性
「その日は自分の身体を汚されたっていうのが嫌で、ずっと身体洗っていました。自分が汚いっていうのがずーっと、今でも残っているんですけど、それは消えないですね」
被害を受けてから体重は10キロ以上減り、自分自身の性格も変わったと感じたといいます。
高校1年生で被害にあったと訴える男性
「自分のことを話さなくてすむよう、友達と距離を置くようになりました。人と関わらなくていい仕事を選ぶようになり、一番長く続けたのはトラックドライバーでした。そういう仕事を選ばないと自分の中で社会生活を営めなくなりました」
しかし、在籍が確認できないと言われたいま、被害にあったことを信じてもらえないのではないか、事務所と連絡をすることに大きな不安を感じ、手続きを進められずにいます。
高校1年生で被害にあったと訴える男性
「送った履歴書さえ残っていれば、それが証拠になるとは思うんですけど、35年も前で残ってはいないと思います。10月に事務所が『虚偽の申告をしているケースがある』と発信したのを見て、やっぱりそういう目で見られるんだと思いました。在籍確認ができれば被害があり、できない人は被害がないというわけではないので、まずは全員の話を聞いて判断してもらいたいです。被害者の気持ちに寄り添うと言った以上は、人間らしい対応をしてほしいです」

“ずさんな少年たちの管理” 調査報告書でも指摘

被害を訴える人たちの中には、ジュニアとしてテレビや雑誌に出ていた人もいれば、レッスンに通っていたものの出演経験のない人、オーディションにだけ参加した人、事務所に送った履歴書をもとに呼び出された人など、活動や関わりにはグラデーションがあります。
性加害問題を受けた特別チームの調査報告書でも「そもそも誰がジュニアであるかすら把握できていないずさんな管理体制だった」ことが被害拡大の要因の1つになったと指摘されています。

10月の事務所の会見でも、「ジュニアが網羅的に管理されていない時期もあった。なるべく幅広く補償できるよう、立証責任を決して被害者の方に転嫁しない。すべての責任はジャニーズ事務所、『SMILE-UP.』にあるという前提で救済に漏れがないよう認定していきたい」としていました。

在籍の確認が取れなかったという人たちから相談を受けている「ビジネスと人権」に詳しい蔵元左近弁護士は、被害者がみずから在籍を証明しないと救済委員会につながらない仕組みを疑問視しています。
蔵元左近 弁護士
「在籍確認という重要なプロセスを、透明性のないまま会社側が行うとすれば適正なプロセスではない。そもそも、子どもの時の記憶にはあいまいな部分もあり、被害を受けて記憶を押し殺してしまうこともある。記憶を喚起することや、保護者にも思い出してもらおうとすることで2次的な被害にもつながり、子ども時代の性被害の証明責任を負わせることは非常に被害者にとっては大変な面がある。被害者の側に責任を負わせず、自ら証明していく姿勢が必要だ」
事務所はNHKの取材に対し、「旧ジャニーズ事務所への在籍が現時点で確認されていない方に関しては、今後、弊社又は弊社側弁護士から、追加の資料提出やヒアリングのご協力をお願いして、個別に対応を行ってまいります」と答えています。

“平常心を保つことが難しく” 追い詰められた人も

9月に窓口が開設されて2か月余り、事務所側は先月20日の時点で834人から被害の申告があり、先月までに23人に補償金の支払いを完了したとしていて、「おわびと被害救済には長い道のりが待ち構える中、定期的に補償や再発防止策の進捗状況を報告していく」としています。

ただ、救済に向け自分の被害と向き合う時間は、当事者にとって重い負担となっています。

10月中旬、ことし5月から事務所に被害を訴えていた元所属タレントの男性が死亡しました。自殺とみられています。
男性が亡くなる前に家族に宛てた手紙 ※遺族から了承を得られた部分を抜粋
「本当にごめんね。(子どもの名前)の成長をもっと見ていたかった。当初ジャニーズの問題で今まで忘れていた記憶が蘇り怒りが出たのと同時に辛さも有り、この社会悪を淘汰するには被害者の声が一人でも多く必要と考え、今まで何もした事のない自分が初めて社会の役に立ち、(子どもの名前)が少しでも暮らしやすい社会に変えられるんじゃないかとの思いで、声をあげました。ただ最近思い出せなかった当時の記憶がどんどん蘇り、平常心を保つのが難しくなってきました。仕事でも(中略)顔に生気がないよって言われたり、支障がでてきました。(中略)本当に最期まで迷惑かけてごめんね。」

専門家「最終的なゴールは」

ジャニー喜多川氏による性加害問題では、被害を訴えた人へのひぼう中傷も深刻な問題になっていて、警察に被害届を提出したり相談したりする人が相次いでいます。

性加害の問題に詳しい上谷さくら弁護士は、金銭的補償だけではなく、被害を受けた人が本当に救済されたと感じられることが重要だと指摘します。
上谷さくら弁護士
「補償のスピードが早ければいいわけでもないし、金銭的補償がなされれば済む、というわけではない。真摯な謝罪こそ重要と考える被害者もいる。最終的なゴールは性被害のトラウマから回復すること。まずは被害者の声を否定せずに真摯に聞く姿勢が求められる」
その上で社会も考えていく必要があるとしています。
「今回の問題は、芸能界の特殊な出来事ではなく子どもへの性暴力の問題として捉える必要がある。ジャニーズ事務所の批判で終わらず、被害者の救済策とともに子どもの性被害を防ぐ仕組みを国や社会が考えていくことが不可欠だ」

心がつらくなったら

SNSなどの相談窓口は厚生労働省のホームページで紹介していて、インターネットで「まもろうよこころ」で検索することもできます。
電話での主な相談窓口は
▽「よりそいホットライン」 0120-279-338
▽「こころの健康相談統一ダイヤル」 0570-064-556