AI・ロボット… “持続的な賃上げ” へ 生産性アップの挑戦

労働組合の中央組織「連合」が1日、来年の春闘方針を正式に決定。賃金をどのようにして持続的に引き上げていくのかが、日本経済の課題となっています。

賃上げを続けるためには、その原資となる利益を生み出していくことが欠かせません。 企業の間では、利益をどう稼ぐのか、生産性をどう高めるのか、新たな動きが広がっています。

AIで作業時間を半分に短縮

AIの活用で生産性を高め、継続的な賃上げの実現につなげようという企業もあります。

飲料大手のサントリーホールディングスは、一部の飲料の缶やペットボトルのラベルで、文字や内容に誤りがないかを確認する校正作業に、AIを活用したシステムをことし1月、導入しました。

商品名や原材料などの表示内容や文字の大きさなどをAIが画像から解析し、誤りを自動で検知します。

最終的なチェックは、人が目視で行いますが、従来と比べておよそ半分の6分程度に作業の時間が短縮されました。

さらに今後は、飲料の紙のパッケージや段ボールなどにも広げ、年間で1万件以上にのぼる校正作業に順次、AIのシステムを導入する計画です。

2024年度中には、作業にかかる時間を3000時間以上削減することを目指しています。

この会社では、来年の春闘で、2年連続となる7%程度の賃上げの実施に向けて労働組合との交渉に入る方針をすでに決めています。

こうしたAIの導入などで生産性の向上を進めることで、今後の継続的な賃上げの実現につなげようとしています。

システムを導入したデザイン部の伊藤江里子課長
「業務の効率化で時間を創出し、将来的にはよりお客様に喜んでもらえる商品開発を1つでも多くできるようにしたい」

ロボットで生産性向上 ベア過去最大の月額7000円

北九州市に本社がある産業用ロボット大手の安川電機は、工場などで生産性を向上させる取り組みに力を入れていて持続的な賃上げを実現しています。

北九州市八幡西区の本社の敷地内にある工場では、人とロボットがそれぞれの強みを生かしながら作業を行い、効率を高めているといいます。

3年前から導入しているのは、人との距離を感知して動作のスピードを落としたり自動停止したりするセンサーを搭載したロボットです。

以前は作業事故などを防ぐため、ロボットの周囲に柵を設けていましたが、このロボットの導入で柵を設ける必要がなくなり、人とロボットがすぐそばで作業することが可能になりました。

その結果、ネジをネジ穴に差し込むといった「人が得意な作業」と、ネジを一定の強さで締めるといった「ロボットが得意な作業」を効率的に分担できるようになったということです。

会社では、このロボットの導入によって生産にかかる人の数を減らし、1人あたりの生産性は導入前に比べて1.4倍に向上することができたとしています。

会社によりますと、製造業全般で人手不足などに対応するためにロボットを導入する設備投資が続いていて、ことし2月までの1年間の決算は売り上げと営業利益がともに過去最高となりました。

会社では好調な業績を背景に、持続的な賃上げを行っていて、10年連続でベースアップを実現しています。

ことしの春闘では、ベースアップに相当する賃金の引き上げについて、組合の要望に対して過去最大となる月額7000円で満額回答しています。

一方、今後の成長を見据えた投資も行っていて、北九州市の本社の敷地内に2025年度の稼働を目指して新たな工場を建設する計画を進めています。

建設費はおよそ200億円で、新工場ではロボットのモーターから本体までを一貫して製造することで、生産効率を高める狙いがあるということです。

デジタル化徹底で売り上げ2倍 利益は5倍

業務のデジタル化で利益を増やし、賃上げを実現している地方の中小企業があります。

飲食店などを運営する福岡県久留米市の「ボーテックス」。

社員は合わせて20人で、地元でとれた新鮮な魚介類が店の売りですが、原材料高と人手不足が経営の課題になっていました。

そこでこの会社が始めたのが、徹底したデジタル化です。

まず、客の注文はホールスタッフが取るのをやめて、通信アプリのLINEで受け付けるようにしました。

厨房(ちゅうぼう)のタブレット端末に直接届く仕組みで、注文から料理を提供するまでの時間を短縮できたと言います。

客の回転も速くなり、ランチタイムの客数は1日当たりおよそ70人と、コロナ禍前と比べても20人ほど増えたということです。

この仕組みの導入によって、1万人を超える客が通信アプリの「友だち」に登録。

客の年齢や好みなどに合わせて宣伝のメッセージを送ったり、クーポンを発行したりするなど、広告費をなるべくかけずにリピーターを増やす取り組みも行っています。

この日、旬のかきを使ったメニューを通信アプリで配信すると、数時間で既読した割合が40%以上になり、客の関心が高いという手応えを得ました。

さらに、注文をデータとして蓄積することで、需要の予測の精度が上がったと言います。

以前は、客からの予約や食材の発注はノートで管理していましたが、データによる予測をもとに毎日の発注量を調整して食品ロスを削減。利益率の改善につながっているということです。

一連のデジタル化は、福岡市のIT企業と連携して進めています。

今後は、納品書の作成や経費の処理といった事務作業もデジタル化する計画です。

会社では、業務の効率化で生まれた余力もいかし、これまで駐車場だった場所にテイクアウト専門店を設けました。

主要な食材が軒並み値上がりし、コロナ禍前との比較で仕入れコストは3割ほど上がったと言いますが、会社全体の年間の売り上げは2倍に、利益は5倍に増やせているということです。

こうして「稼ぐ力」を引き上げた結果、ことし2月には平均で5%の賃上げを実現させました。

ボーテックス 堀江圭二社長
「物価高や人手不足の克服にはDX=デジタルトランスフォーメーションしかないと考えました。私たちのような小さな会社であっても、本気で取り組めばよい結果が出ると実感しています」

専門家 “前向きの循環が回り始めた”

「ニッセイ基礎研究所」の斎藤太郎経済調査部長は、「これまでは人件費も含めたコストカットで効率化を進め、収益を確保することが企業の一般的な姿だったと思う。ただ、物価高や原材料の上昇、人件費も上がったことでコストカットをすることで、収益を確保することが限界にきている。いま、価格転嫁ができるようになったと考えていて売り上げを積極的に増やす余地ができている。収益をあげる、生産性をあげると言う意味で前向きの循環というのが回り始めたと考えている」と話しています。

その上で「企業は魅力的な商品やサービスを提供していくことが重要だ。そのためには工場や設備だけでなく人材が必要だ。賃金を上げていかないと人材は集まらない状況になっている。賃上げは短期的に見ればコストが増えるかもしれないが長期的にみれば新しい付加価値を生み出すという視点で企業は考えるべきだ」と話しています。