太田純氏が残したメッセージとは【経済コラム】

三井住友フィナンシャルグループの太田純前社長が11月25日、すい臓がんで亡くなった。65歳だった。

学生時代にバスケットボールやアメリカンフットボールで鍛えた180センチを超える大柄な体格に少しかすれた、太い声。迫力ある風貌とは裏腹に、冗談を交えながら、いつの間にかこちらが質問しやすい空気をつくってくれる人だった。

銀行の未来について生き生きと語る姿が今も印象に残っている。
(経済部 西園興起)

太田氏のメッセージ

その瞬間、私はパソコンを打つ手を止めた。

出席した記者たちは静かに耳を傾けた。

11月30日、三井住友フィナンシャルグループは亡くなった太田氏の後任に中島達副社長を昇格させる人事を決め、記者会見を開いた。

國部毅 会長

その冒頭、グループの國部毅会長が「お世話になりました皆様への挨拶を言づかっています」と述べ、生前に太田氏から託されたメッセージを読み上げた。

「2019年4月に社長を拝命し、グループの持続可能な成長のかじ取りを担ってまいりました。4年と8か月、皆様には、ときに厳しく、時に温かく私どものことを応援いただき大変お世話になり、心よりお礼申し上げます。本来であれば直接御挨拶を申し上げたかったのですが、それが叶わず私自身、残念な気持ちでいっぱいであります。

この4月に経済の成長とともに、社会課題が解決に向かい、そこに生きる人々が幸福を感じられる幸せな成長の時代に貢献していきたいという思いを込め、プラン・フォー・フルフィルド・グロース(Plan for Fulfilled Growth)と銘打った中期経営計画をスタートさせました。足元に至るまで計画を上回る進捗で確かな手応えを感じていたところでした。

健康上の理由で道半ばで降板することになってしまったことは悔しさがないといえばうそになりますけれども、一方で、グループ会社の社長をはじめ、経営メンバーを筆頭に、この力強いチームであれば大丈夫だと安心をしています。

私自身は今後も特別顧問としてSMBCグループ、日本の成長に違った形で貢献していければと考えていますが、まずはしっかりと体を治すことに努めたいと思います。改めまして、皆様には大変お世話になりました。そして引き続きよろしくお願い申し上げます。」

正直、報道陣に対してこうしたメッセージを残していたことに驚いた。

太田氏が好きだった三国志の英雄、諸葛孔明の「死せる孔明」のように、亡くなってからも生前の威風を感じさせる堂々たるメッセージだった。

太田純氏(2019年7月)

復帰がかなわず、太田氏の悔しさはいかばかりであっただろうか。

「カラを、破ろう。」

2019年にグループの社長に就任した太田氏。

過去の成功体験にしがみついたままだと銀行が無くなるという強烈な危機感をもっていた。

「カラを、破ろう。」というスローガンを掲げ、前例や固定観念、組織の論理などにとらわれず、失敗を恐れずにチャレンジしてほしいというメッセージを発信し続けた。

2019年7月 中間管理職を集めた集会で講演

行員を鼓舞し続けた原点には、太田氏みずからの経験がある。

海外のインフラ事業や資源開発のプロジェクトに融資するプロファイ=プロジェクトファイナンスがまだ黎明期にあったころ、これを一から立ち上げ、銀行の収益源となるまで育て上げた。

英語の契約書と格闘しながらスキームを築き上げたという。

太田氏は、常務執行役員時代の2012年にこのプロファイをテーマにした論文を会計学者とともに執筆している。

この論文を読むと、太田氏の緻密な仕事ぶりが見てとれる。

プロジェクトのリスクを分析して与信判断を行うプロセスや融資期間中のモニタリング、それに債務の返済リスクにかかわるキャッシュフロー分析など銀行で実践されているプロファイの手法が紹介されている。

そして、こうした独自の分析手法を「論理性に欠けるかもしれないが、それを超えて余りあるユニークかつ有益な評価手法だ」と自信をもって提示している。

「着眼大局、着手小局」「情と合わせて、理を持った人だった」

太田氏と共に働いた人たちはそう話す。

豪放磊落(ごうほうらいらく)にみえながら緻密な戦略を描くという太田氏の別の一面を見た気がした。

2月 新サービスを発表

未来を見据え、カラを破ろうという人はとことん応援した。

若手にデジタル技術を活用した新ビジネスの提案を促し、勝算があると判断すれば、言い出しっぺを社長にし、即座に人や予算を付けた。

この仕組みを「社長製造業」と名付け、これまでに社内ベンチャーとして10人以上の社長が生まれた。

太田氏の座右の銘は中国の故事に由来する「愚公山を移す」。困難なことでも努力を重ねればどんな大事業でも成就するという意味だ。

太田氏が描いた銀行業の未来

太田氏は銀行の未来について3つの方向性を示していた。

ひとつは、情報産業化。

銀行の持つ情報やデータは、価値の高い資産となる。

これをビジネスにいかに活かしていくかを考えた。

2つめは、プラットフォーマー化。

銀行は、預貸金や決済サービスなどを通じ、さまざまな顧客と信頼関係を築いている。

この顧客基盤を活用して、金融機能をベースに多様なサービスを展開するプラットフォーマーになることができる。

そして、ソリューションプロバイダー化。

顧客の抱えるニーズが、多様化・複雑化する中、さまざまな課題に対し解決策を提供する、最も「頼れる」存在になるべきだと語っていた。

去年の年の瀬に私が太田氏に取材したときにもこのビジョンについて説明していたが、さらにこれから戦術を変えるということを力説していた。

太田純 社長(当時・去年12月)

「情報産業化やプラットフォーマー化、ソリューションプロバイダー化、そういう大きな方向性は変わらないと思います。
けれどもいわゆる戦局が変わった。戦局に応じた戦術を変えなければならないと思ってます。戦局が変わったというのは、地政学的なリスクもそうですし、何十年続いた現象がパラダイムシフトを起こしている。デフレからインフレへ。低金利から金利上昇へ。円高から円安へ。すべてパラダイムシフトを起こしている。これは一過性のものではないので、そういう環境の変化に応じて戦い方を変えていく、戦術を変えていくということが大事だと思います」

単なる“成長”ではなく“幸せ”を感じられる社会に

太田氏の目線はもっと先、実現したい未来を見据えていた。

このときの取材で「経営者として、何を実現していきたいか」と尋ねた。

「単に成長するだけじゃなくって、皆さんが幸せを感じられるような、そういう社会を目指して、一つ一つ社会課題の解決をしていく。その結果としてより幸福度の高い、漠然とした言い方で、情緒的ではありますけれども、皆さんがそんな風に感じられるような社会を作っていくことが大事だと思います。高度経済成長期のときは、経済成長がいろんなひずみを全て隠したと思うんですね。経済成長して豊かになることで、みんな幸福を感じていた。でもこれからはそうじゃないと思うし、豊かになりながらも自分で満足ができる。自分が納得できる。あるいは社会の人たちがともに共存できる。そういうふうな幸せを感じる社会というのが大事かなと」

数字の上で経済成長を実現すれば目的達成ではなく、社会課題の解決と皆が幸福になる社会を実現することこそが真の目的だというのが持論だった。自分が若い時代に感じていた成長の幸せを、これからの世代に感じて欲しいという想いを持っていた。

ことしの夏の終わりのことだった。

太田氏に最近の一番の関心事を聞いたところ、即座に「子どもたちの貧困だ」と答えた。

その頃、太田氏の会社では、教育支援を行う公益社団法人を通じ、経済的に困窮する子どもたちに、学習塾などで使えるクーポンをひとりあたり20万円分配布する取り組みを始めていた。

子どもの教育格差の解消を目指したもので、すでに中高生およそ200人が学ぶ機会を得ている。

このプロジェクトにあたる専従の社員も置いた。

太田氏の想いを体現した事業だった。

利益を追求する会社組織が、ボランティアのような事業に取り組む意味はどこにあるのかと、質問をぶつけた私に対し、太田氏はこう答えた。

「目先のことを考えてやっているのではないんだ。子どもたちが自分で未来を選択できる社会を実現しないと、日本の幸せな成長はない。日本にも格差がある。そして、その貧困が連鎖しているのが問題だ。これを断ち切らないと日本の成長はなくなる。今の子どもたちが夢を持って幸せを感じられるような時代をつくっていきたいと考えている」

未来を創ること

10月19日、太田氏の姿は京都の立命館大学にあった。

150人の学生に対し、経営思想家、ピーター・ドラッカーの“The best way to predict the future is to create it”(未来を予測する最もよい方法は、未来を創ることだ)という言葉を引用し、未来を創るという意識をもって人生に挑んでほしいとエールを送ったという。

私が太田氏に最後に会ったのもこのころだ。

10月にグループで新たに30代の新社長が誕生したことについて話題を振ると、「生意気なことを言う、クソガキだよ」と言って、笑っていた。

それが太田氏と2人で会ったときの、最後の会話だった。

座右の銘の「愚公山を移す」

その真意は大事業は、自分の代だけで成し遂げられるものではなく、子や孫、さらにはその子や孫に至るまでの連綿とした努力の集積として成就するというものだ。

太田氏が叱咤激励した若い人たちが未来を創り、さらには子どもたちが幸せを感じられるような時代を目指していく。

「型破りのバンカー」と呼ばれた太田氏の夢は次の世代に託されている。

注目予定

12月7日には中国の税関当局が11月の貿易統計を発表します。10月は輸出が去年の同じ月と比べて6%余り減り、6か月連続の減少となっています。中国の景気減速に伴う貿易の動向に注目です。

8日には家計調査や景気ウォッチャー調査が発表されます。物価の上昇が続く一方、賃上げに向けた機運も高まっていて、それらが国内の景気にどのように影響しているか注目されます。