“漫画の神様”に挑む AI×人間 半年密着

“漫画の神様”に挑む AI×人間 半年密着
手塚治虫さんの代表作、生命と医療をテーマにした漫画「ブラック・ジャック」。

その新作が、生成AIを使って、生み出された。

人間とAIの、真剣勝負の「対話」によって、新たに作り出されたブラック・ジャック。

AIは、どこまで“漫画の神様”の創造性に近づくことができたのか。

その挑戦に、およそ半年にわたって密着した。
(科学・文化部 記者 島田尚朗)

“おそるべきプロジェクト”

「おそるべきプロジェクトが進行している」

手塚治虫さんの長男で、プロジェクトの総監督を務める眞さんは、ことし6月の制作発表会で、こう述べた。
ことしで連載から50周年を迎える「ブラック・ジャック」の新作を、生成AIと人間のコラボで制作するプロジェクト。

「生成AIが、人間の創作能力にどれだけ貢献できるのか。その可能性と課題を探ること」がねらいだ。
手塚 眞さん
「よく知られた作品に挑戦するという、非常に高いハードルですが、AIをどのように使うとクリエーティブに有効なのか。ブラック・ジャックは約240話と作品数が多く、物語も複雑で、作家を分析するうえでもよい材料となります。発表できないレベルであれば、責任をもって止めます」

ストーリー案にAIを利用

生成AIに「アイデア」を出してもらい、そのアイデアをもとに人間が漫画を制作していく。

本格的な作業はことし7月に始まった。
集まったのは、映画監督、脚本家、手塚プロダクションなど、いずれも第一線で活躍するクリエーター陣。

まずは5つの班に分かれて、それぞれストーリー作りを行った。

ストーリーは、人間が、「生成AI」に「プロンプト」と呼ばれる指示文を入力することで、物語の大枠の「プロット」をAIに生成させる。

ただ、物語の設定や世界観が破綻しないように安定した内容を生成させ続けるには、細かな設定や指示などを打ち込む必要がある。
そのため、プロジェクトチームは、キーワードを打ち込むだけで「プロンプト(指示文)を自動で作ってくれるシステム」を構築した。

システムには「ブラック・ジャック」や手塚治虫さんのほかの漫画作品、合わせて400話分の物語の構造や世界観などの膨大なデータを読み込ませた。

このシステムに希望するテーマやジャンル、登場人物などを入力すると、ブラック・ジャックの世界観を組み込んだプロンプト(指示文)を自動で作成し、AIに入力してくれる仕組みだ。
クリエーターの1人、映画監督の林 海象さん。

みずからも手塚ファンだと語り、眞さんに誘われたこの「おそるべきプロジェクト」に喜んで参加した。

林さんは、作品のジャンルとして「生き物」「機械」、テーマに「手術」「荒療治」「生と死」などと入力。

しばらくすると、AIは、5つの別々のタイトルと、2行程度の短い概要がズラリと一斉に提示した。
「すげーな、これ…」
林さんは、AIによる作成スピードと内容を見て、思わず感嘆の声を上げた。

5つのタイトルを鋭いまなざしで一つ一つ見ていく。
林 海象さん
「わりとまともなものもあるけど、中には全く意味がわからないものもあるね。実は傑作なのかもしれないけど…」
そして、AIから提案されたタイトルの1つに、林さんは目がくぎ付けになった。
『機械の心臓』だ。
林さん
「タイトル『機械の心臓』ってかっこいいじゃん。機械と人間で作られた心臓は治るのか。手塚っぽいよね。この子(AI)も勉強しているよね」
『機械の心臓』の概要は以下のような内容だ。
「新開発のアンドロイドが突然力を失い、開発元の企業がブラック・ジャックに助けを求める…」
プロット内では、ブラック・ジャックと対極の思想を持ち、原作中でも何度も意見が衝突する医師「ドクター・キリコ」も登場する。
林さんは、AIがわずかな時間でここまでのプロットを描いたことに加えて、さらにAIが提案してきた、ある名称にも驚いた。

それは後に副題であり、作中の“機械の心臓”の製品名にもなる「HeartBeat Mark II」だ。
林さん
「『HeartBeat Mark II』って、僕は1つも指示していないんですよ。まったく僕の発想にないところを、AIが創り出した、創作したってことですね。非常におもしろいです」
しかし、AIが提案してきたプロットの疑問点は残ったままだ。
▽そもそも「HeartBeat Mark II」はどんな目的で作られたのか?

▽ブラック・ジャックに手術を依頼する「川村」という人物は何者か。

▽なぜブラック・ジャックに助けを求めるのか。

▽ドクター・キリコが突然登場してアンドロイドに反対する理由は何か。
AIのアイデアをもとに、さらに具体的で詳細なストーリーの展開を林さんは求めた。

その結果…
▽川村を48歳男性、先端ロボット工学企業「KAWAMURAテクノス代表」。

▽アンドロイドの「マリア」を川村の娘にしたうえで、幼少期の事故のため骨格はチタン、臓器は再生細胞で脳は本人のもの。今回人工心臓の不具合でこん睡状態。

▽「HeartBeat Mark II」をマリアを救うために川村が開発した人工心臓の名称に変更… など。
AIとのやりとりを通じて、徐々にプロットが固まっていく中、林さんはAIの“弱さ”も見つけた。
林さん「ブラック・ジャックは心臓手術に対して、どういう困難を感じて手術をためらったのか?」

AI「鮮やかな色彩で回路が描かれている全く新しい機械部品だったため」
林さん、これは「抽象的」だとして納得しなかった。
林さん
「AIは、ごまかすね。都合が悪いのを飛ばすね。今までにない質問をしたら、弱いことばというか、無難な、平均値の答えを取ろうとする。深い意味を全体的に醸し出す雰囲気は持っているんですよ。人間のイマジネーションを少し足してあげれば、新しいものが出てくるかもね」
一方、新キャラクターの「川村」の行動をめぐって、AIが提案したプロットに質問をぶつけたところ、興味深い答えが返ってきた。
AI「川村は必死にブラック・ジャックに手術費用を提供する」

林さん「なぜ川村はブラック・ジャックに手術費用を提供したのかその理由は」

AI「川村は、アンドロイドを通じて、人間の生命観について、新たな視角を提供し、科学と人間性の新たな接点を模索していた。そのため、アンドロイドの生命を救うためにブラック・ジャックに手術費用を提供することを決意」
機械の臓器を持つアンドロイドにも「命がある」と考え、手術を依頼したというのだ。
林さん
「すばらしい答えになってないですか?けっこうおもしろくなるかもよ?」
林さんはニンマリと笑っていた。
そして8月の制作会議で、5班のプロットのうち、ブラック・ジャック「らしさ」や「新しさ」の観点などから関係者の総意で、林さんとAIが作成した「『ブラック・ジャックはアンドロイドの患者を相手に、人間とは、命とは何かを問いかけながら、難解な治療に挑む物語』」というプロットで、制作を進めていくことが決定した。

その後は、人間とAIが何度も相談・提案を繰り返し、物語の「アイデアや意外性」をAIが、「おもしろさや深み」を人間がそれぞれ補完する形で、紡いでいくことで、ストーリーが固まった。

林さんとAIとのやりとりは70回に及んだ。

キャラクター画像生成

ストーリーが決定し、続いてキャラクター画像の生成が進められた。
生成に使用したのは、ブラック・ジャックに加えて、さまざまな手塚作品のキャラクターを学習させ、「手塚治虫風」のキャラクターの画像を生成できるようカスタマイズされた画像生成AIだ。

画像生成AIを使った作業の中心は、主に新たに登場する主要キャラクター「川村」と「マリア」の2人のデザインだ。
「年齢」「ポーズ」「衣装」などのさまざまなカテゴリーから、クリエーターが新たな登場人物に望む条件を選択する。

制作過程では、「若い女性」「眠っている」「サイボーグ」「ロングヘア」などのタグを選択。

するとAIから手塚作品風の、複数の顔のデザイン案が、次々と、わずか数秒で提案された。
こうして、AIが生成した画像を参考に、クリエーターが物語のイメージに合うような表情や髪型、装飾品といった細かな部分を新たにデザインしていくのだ。

新キャラクター2人のデザインは複数案が挙げられ、選考過程を経て決定した。

そして、新キャラクターのデザインと並行して進められていたネームをもとに、いよいよ作画作業に入る。
作画では「背景やコマ割り」と「人物画」の担当の2人に分かれて、作業が進められた。

このうち背景担当は実際の紙に、作画担当はタブレット端末でそれぞれ描き込んでいく。

最終的に、2つの画をデジタル上で組み合わせて1枚の原稿とすることで、新たな命を吹き込んでいった。

復活 ブラック・ジャック

11月20日に開かれた完成報告会。
父であり、“漫画の神様”である手塚治虫さんへの挑戦を「おそろしい」と表現していた眞さんは、ほっとしたような、安どの表情を浮かべていた。
手塚 眞さん
「このとおり、ついにブラック・ジャックが復活しました。非常に現代的なテーマ、そして、未来に起こるであろう問題をきちんと取り込んだ、ブラック・ジャックらしい作品です」
完成したストーリーは、人工心臓=機械の心臓が移植された患者、マリア。

その患者の異変に、マリアの父・川村から依頼を受けたブラック・ジャックが立ち向かうという内容だ。
手塚 眞さん
「まずは何も考えないで、まっさらの状態で読んでほしい、いろんな意見が出ていいと思うし、そういう声を率直に僕らも聞きたいと思う」
制作に参加した林監督も「おもしろい遊びだった」と振り返った。
林 海象さん
「AIに創作性を刺激されたというのはものすごくあったと思う。いい経験になったし、自分や人間、AIがもつ未来の光のようなものを感じました。AIと切磋琢磨(せっさたくま)してタッグを組むことで、よりおもしろい作品が出てくると思います」

AI×人間 その評価は

作品が掲載された雑誌は、11月22日に発売され、幅広い世代の人々が手に取っていた。
手塚治虫さんが生前よく利用していたという、中華料理店では、ファンが集まり、新作について感想を語る会が開かれていた。
「手塚治虫のブラック・ジャックの“匂い”は明らかに感じられました」
「読んだことあるような、典型的でつまらないかなというのはありました」
ほかにも「いろいろと詰め込みすぎている」「コマ数が多い」など意見は出たが、「新しいブラック・ジャックはぜひ読みたかったし、読めてよかった」という思いは共通していた。

手に取った雑誌のアナログ感について語ったり、手塚らしさとは何かを考察したり、白熱した議論が展開されていた。
AIは人間の創造性を高めることができたのか。

“漫画の神様”には近づけたのか。

AIの可能性をめぐる挑戦は、まだ始まったばかりだ。
(11月27日「おはよう日本」で放送)
科学・文化部 記者
島田尚朗
2010年入局
広島・静岡・福岡局を経て現所属。
現在はIT班でAIやメタバースなどのデジタル分野を担当