“苦しいからこそ前へ”ヴィッセル神戸 初優勝 吉田孝行監督

サッカーJ1のヴィッセル神戸は1995年のクラブ創設以来、初めてJ1の頂点をつかみました。

29年越しの悲願につながったのは、愛する神戸のため、どん底にいたチームを率いることを決めた監督と、前へ攻め続けることを貫いた選手たちの“覚悟”でした。
(大阪放送局 記者 山内司)

覚悟を持っての就任

「開幕から11試合勝利なし」

「6月までに3度の監督交代」

3回目の指揮 吉田監督(去年7月)

昨シーズン、絶望的な状況にあったヴィッセル神戸。最下位と低迷していたチームの再建を去年夏に託されたのは吉田孝行監督でした。

地元兵庫県の川西市出身。現役時代は引退までの6年間ヴィッセルでプレー。

引退後には2回監督を務め、昨シーズンからは再び、チームスタッフに就任するなど、10年以上にわたってクラブと関わってきました。

現役時代 ヴィッセル神戸でもプレー(2009年)

“この状況を変えられるのは自分しかいない”

そう分かってはいても、過去2回の監督就任時に比べても厳しいチーム状況で、J2降格も脳裏をよぎりました。

吉田孝行監督
「監督を引き受けたくはなかったというのが正直な気持ちだった。それでも、神戸愛やクラブへの感謝の思いもあって、恩返しがしたかった。結果はどうであれ、最後はすべて自分が責任を取ればいい。覚悟を決めて挑んだ

苦しいからこそ前へ

3度目となった吉田監督の就任以降、チームは3連勝し、いったんは順位を上げたもののその後は連敗。

8月に行われたセレッソ大阪との試合では0対3で完敗し、最下位に逆戻りしました。

負けを恐れて後ろで引いて守り、不用意なパスミスなどから失点する悪循環でした。

このセレッソとの試合後、チームは当時のキャプテン、アンドレス・イニエスタ選手や槙野智章選手など、ベテランの選手たちが中心となって、選手どうし厳しいことばも投げかけながら、この状況をどうやって乗り越えるべきか徹底的に話し合ったといいます。

そして、選手たちが導き出した思いを吉田監督にぶつけました。

「前からアグレッシブにいきたい。後ろで引いて守って、負けて後悔したくない」

実は吉田監督自身も現役時代の残留争いなどの経験から、苦しい状況でこそ恐れずに前に攻める必要性を感じていました。

しかし、前へ攻めてボールを奪いに行くスタイルのサッカーでは、選手全員に攻守に走り抜くハードワークが求められます。

そして、得点のチャンスが増える一方で、失点するリスクも上がります。

吉田孝行監督
「前からプレッシャーをかけるということは、長いパスや細かいパスで相手に交わされ、一気にピンチになることもある。その時は全員が全力でボールを奪いに戻らないといけない。覚悟を決めてできるのか

監督と選手が意思統一を図って“覚悟”を決めたヴィッセル。

ボールを持つ相手に、そして、ゴールにひたむき向かっていく、アグレッシブなサッカーにトライすることを決め、昨シーズン終盤には5連勝。

最下位争いを脱出し、チームは確かな手応えをつかみました。

主力にも妥協せず

迎えた今シーズン、吉田監督は目指すサッカーを実現するために、選手起用においても妥協はしませんでした。

元スペイン代表でチームのキャプテンを務めていたイニエスタ選手も例外ではありませんでした。

ヴィッセル神戸に電撃移籍(2018年)

イニエスタ選手は2018年にバルセロナから電撃移籍。スペイン時代から変わらぬ高い技術で天皇杯でヴィッセルに初めてのタイトルをもたらしました。

しかし、年々ケガが増え、当初のパフォーマンスを発揮できずにいたイニエスタ選手は、攻守で走り抜くサッカーを貫くチームの中で出場機会が大きく減少。

その後チームとの話し合いを経て、7月に退団しました。

イニエスタ選手は退団

吉田孝行監督
「彼が日本に来た当時のプレーには、すごく衝撃を受けたことを覚えているし、すごくリスペクトしている。世界のスターだし、監督としても気をつかう部分もあった。ただ、基準を下げてしまうと、勝敗に大きく影響する。勝利のために覚悟を持って決断した」

さらにチームのほかの中心選手に対してもコンディションが悪い場合は、試合に出場させませんでした。

武藤嘉紀選手

チームトップのアシストを記録するなど、攻守に引っ張った武藤嘉紀選手。

夏場に体調を崩して、万全のコンディションでプレーできない時期がありました。

吉田監督は「100%の状態でできないのならば先発では使わない」と厳しいことばをかけ、9月には先発を外れる試合もありました。

武藤嘉紀選手
「選手も勝つためにやっているので、監督の決断をリスペクトしている。ただ、試合に出ないで負けると後悔するので、足が痛くて、たとえ筋肉が切れてしまっても、最後までチームのために走り続けるという気持ちで臨んでいる。全力でプレーできないと出られないと分かっているからこそ、選手どうしでいい競争ができている」

覚悟を貫きつかんだ栄冠

武藤選手や大迫勇也選手、酒井高徳選手など、日本代表を経験した中心選手たちの“覚悟”は若手選手にも浸透。

“攻守で走り抜くサッカー”を開幕から徹底し、目の前の試合に全力を尽くした結果、一度も連敗することなく、シーズンを通しての安定した成績につながりました。

大迫選手と優勝を喜ぶ吉田監督

吉田孝行監督
「ほかのチームよりも1試合1試合に本気で向き合ってきたその積み重ねでしかないし、優勝はその結果の表れだと思う。開幕から優勝まで走り続けてくれた選手たちのおかげで迷うことなく1試合も妥協せずにここまで来れた。最高の選手たちに感謝したい」

崖っぷちだった昨シーズン、クラブのために“覚悟”を決めた監督の思いに応えた選手たち。

常に前へ攻め続ける姿勢を自分たちの強みとして貫いた先につかんだ、初の栄冠でした。