京アニ裁判 刑の重さに関わる情状についての審理始まる

「京都アニメーション」の放火殺人事件の裁判は、刑の重さに関わる情状についての審理が始まり、検察が「類例のない凄惨(せいさん)な大量放火殺人事件だ」として、結果の重大性を重視するよう主張したのに対し、弁護側は、検察の死刑求刑が予想されるとしたうえで「前提として死刑は許される制度なのかを考えるべきだ」と訴えました。また、遺族が「一番重い判決が出ることを信じている」などと述べた意見陳述書が読み上げられました。

青葉真司被告(45)は、4年前の2019年7月、京都市伏見区の「京都アニメーション」の第1スタジオでガソリンをまいて火をつけ、社員36人を死亡させ、32人に重軽傷を負わせたとして殺人や放火などの罪に問われています。

裁判は、最大の争点となっている被告の責任能力についての審理が終わり、27日からは、刑の重さに関わる情状についての審理が始まりました。

冒頭陳述で検察は「筋違いの恨みによる復しゅうとして及んだ類例のない凄惨な大量放火殺人事件だ。亡くなった被害者の多さなど結果の重大性などを重視してほしい」と主張しました。

一方、弁護側は「検察は死刑を求刑すると思うが、前提として死刑は許される制度なのか考えるべきだ」と訴えました。

続いて、被害者参加制度を利用して遺族と遺族の代理人の弁護士が青葉被告に対して今の心境などについて質問しましたが、被告は「今後の被害者感情の立証を聞いたうえで、答えるのが筋だ」などとして、いずれの質問にも答えませんでした。

このあと、27歳のアニメーターの息子を亡くした母親の意見陳述書が読み上げられ、このなかで母親は「被告が反省し、謝罪のことばを述べるのではないかとわずかな期待を抱いていたが、裁判での被告の『やりすぎだった』ということばを聞き落胆した。刑罰については一番重い判決が出ることを信じている」と述べていました。

検察の情状冒頭陳述詳細

冒頭陳述で検察は、量刑を決めるにあたって、被害者の多さやガソリンを用いた放火の危険性、遺族の精神的苦痛などを重視してほしいと訴えました。

重視すべき具体的な事情としては、まず「筋違いの恨みによる復しゅうとして及んだ、類例のない凄惨な大量放火殺人事件だ」と主張しました。

そして、結果の重大性をあげ、亡くなった被害者や殺人未遂の被害者の多さ、亡くなった人たちが負った肉体的な苦痛や恐怖や絶望感といった精神的苦痛、また、けがをした人の後遺症や精神的苦痛、さらには多数の従業員が失われるといった京アニが受けた打撃などを指摘しました。

さらに、事件の計画性と悪質性をあげ、被告が放火殺人という目的を実現するために立てた計画やガソリンを使った放火の危険性や残虐性、凄惨さを指摘しました。

そのうえで、遺族や被害者の精神的な苦痛といった処罰感情を考慮すべきだとしました。

弁護側の情状冒頭陳述詳細

弁護側は冒頭陳述で、まず、死刑制度そのものを検討すべきだと問題提起し、「検察は死刑を求刑すると思うが、人を殺すことは悪いことなのに、なぜ死刑を選択することが正当化され許されるのか考えて審理に臨んでほしい」と主張しました。

そのうえで、今後の審理の中で遺族や被害者が述べる意見について、「遺族や被害者の数も多く、たくさんの悲しみや怒りに触れることになる。その気持ちは分かるという部分や、それゆえにさらに分かろうとする部分もあると思うが、それが前半の審理で出た証拠についての認識を曲げてしまう危険があるのではないかと心配している」と述べました。

そして「遺族や被害者の意見陳述の前提には、その人の暮らしや人生があると思うが、その人生のエピソードの一つ一つが被告の人生にもありえたものなのだということは意識して聞いてほしい」と訴えました。

3回目の冒頭陳述 刑の重さに関わる情状について審理

多くの刑事裁判の審理では、検察・弁護側の冒頭陳述は裁判冒頭の1回だけですが、今回の裁判では、3回に分けて行われます。

裁判が4か月余りと長期にわたるため、事件の事実関係や被告の責任能力、刑の重さなどの情状に分けて争点を整理するのが目的です。

裁判の関係者によりますと、最大の争点になっている被告の「責任能力の有無や程度」を審理する際、「犯人を許せない」といった感情が裁判員の判断に影響を及ぼさないようにするねらいがあるということです。

冒頭陳述はすでに2回行われ、これまでは被告の刑事責任能力について審理が進められ、今月6日に行われた検察の中間論告と弁護側の中間弁論では、それまでの15回の審理を総括して、責任能力の有無や程度についてそれぞれ意見を述べました。

裁判員と裁判官は、27日までに非公開の「中間評議」で、まず、責任能力について結論を出したものとみられます。

27日は3回目の冒頭陳述が行われ、今後、遺族の被害感情の立証や事件に至るまでのくむべき事情など、刑の重さに関わる情状について審理が行われます。

来月上旬に検察の最終論告と求刑、弁護側の最終弁論が行われ結審する予定です。

その後、裁判員と裁判官が非公開で「最終評議」を行い、判決は、来年1月25日に言い渡される予定です。

息子亡くした母親の意見陳述書

法廷では、事件で亡くなった27歳のアニメーターの母親の意見陳述書が検察官によって読み上げられました。

このなかで母親は息子について「最後に会ったのは空港で、いまでもよく用もないのに空港に行って面影をさがしてしまいます。もっともっと活躍する姿を見たかったです」と述べていました。

また青葉被告については「事件に向き合い反省し、大勢の被害者とその家族に対し、謝罪のことばを述べるのではないかとわずかな期待を抱いてました。しかし、裁判で被告の『やりすぎだった』ということばを聞き、期待していたことが間違いだと気付き落胆しました。事件直前に犯行を迷った時に、帰って誰かに相談すればよかったのにと思います。『言ってもムダ』とかたくなにならなければ、誰か相談にのってくれる人がいたはずです」と述べました。

母親は最後に、刑罰について「一番重い判決が出ることを信じています」としました。

監督だった武本康弘さんの遺族の調書

事件で亡くなった京都アニメーションの人気監督だった武本康弘さん(当時47)の家族の調書も検察官によって読み上げられました。

このなかで、武本さんの父親は「計画的に事件を起こしたことやたくさんの人が亡くなったことについて、なぜそこまでする必要があったのか疑問を感じています。このような結果を起こした犯人には極刑はまぬがれえないと思っています。減軽されるのは納得がいきません」としたうえで「気持ちは複雑で仮に極刑にしても息子は帰ってきません。代わるものなら息子と代わりたいという思いですが、時間を戻すことはできません」と述べていました。

また、武本さんの妻は、調書のなかで、夫の仕事ぶりについて「かつては毎日忙しく仕事をするなか、プライベートの時間に努力して描いた画で技術力に気付いてもらおうとアピールしていました。相当厳しく仕事に取り組み、後輩を指導していたようですが、作品が完成するとご飯に行くなど仲間を気遣う一面がありました」と述べました。

そして家庭では「夜遅く帰ってきても長女が夜泣きをすればあやすなど積極的に子育てをし、とてもやさしい人でした」と振り返ったうえで「今でも長女と一緒に康弘さんが帰ってくるのを待っているような感覚です。しかし、寒い夜に、長女と2匹のネコと家族全員が寄り添って布団に寝ると、『康弘さんがいないんだな』とさびしく悲しい気持ちになります」と述べました。