ランドセル投げ泣き叫んだ息子 発達障害 学ぶ場が見つからない

ランドセル投げ泣き叫んだ息子 発達障害 学ぶ場が見つからない
下校時間を過ぎても帰ってこない男の子。

心配した母親が探しに行くと、道端にランドセルを投げ出し、突っ伏して泣き叫ぶ姿がありました。

「学校がつらい、もう死にたい」

このことがきっかけで男の子は検査を受け、発達障害の傾向があると診断されました。

数年前から男の子の言動に悩んできた母親は「これで支援が受けられる」とほっとしたといいます。

ところが、その後、男の子が学ぶ場を探すことの難しさに直面することになります。
(首都圏局 ディレクター 實絢子)

小学1年生で発した「死にたい」のことば

“他の子と少し違うのかもしれない”

東京都小平市に住むあかりさん(仮名)がそう感じたのは、息子の健太さん(仮名)が3歳のときでした。
当時、保育園に通っていた健太さんは、自分の思うようにできないことがあると、頻繁にかんしゃくを起こしました。

朝、保育園に着いても部屋に入るのを嫌がり、1時間以上入り口で立ち続けたり、忘れ物があることが分かると、園で1時間泣き続けたりすることがありました。
“もしかして発達障害-?”

あかりさんは、保育園を巡回する発達の支援員や、自治体の子ども家庭支援センターに相談しました。

しかし「この時期の子どもの発達はそれぞれ。とりあえず様子を見ましょう」と告げられたといいます。
健太さんはその後、小学校の通常学級に入学します。

小学校では保育園のときよりも、周りと同じようにできないことが目立つようになりました。

切り替えが苦手で、授業終了のチャイムが鳴っても、取り組みをいったん中断して次の授業の準備をすることができない。

「右を向いて」「背の順に並んで」などの先生の指示が理解できない。

混乱して授業中にかんしゃくを起こすこともありました。

健太さんは、「みんなと同じようにできない」自分を、たびたび強く責めるようになったといいます。

次第に、朝、身支度を整えて玄関まで行っても、立ち上がれなくなることが増えていきました。

あかりさんは、無理をして学校に行かなくてもよいのではと考えるようになります。

しかし「みんなと同じように学校に行きたい」という健太さんのことばを聞き、仕事前に健太さんを学校まで送り届けることが日課となりました。
夏休みが明けた2学期のある日、決定的な出来事が起こります。

下校時間を過ぎても、健太さんがなかなか自宅に帰って来ません。

心配したあかりさんが探しに行くと、下校途中で道端にランドセルを投げ出し、突っ伏して泣き叫んでいる健太さんを見つけました。

あかりさんが家に連れ帰ると、健太さんは「学校がつらい、もう死にたい」と口にしました。
母 あかりさん
「この光景を見て、息子が本当に限界を迎えてしまったんだ、これはもう学校に行かせてはいけないんだと思いました」
あかりさんが学校に相談すると、発達知能に関する検査を受けることを勧められました。

検査の結果は、知的能力は高いものの、発達障害の一つである「ADHD(注意欠如・多動症)」の傾向があるというもの。

このとき、あかりさんは、“やっと理由が分かった、これで健太が支援を受けられる”と安心したといいます。

しかしその後、健太さんが学ぶ場を見つけることの難しさを突きつけられることになります。

知的障害のない発達障害 学ぶ場はどこに

健太さんは数か月のあいだ学校を休み、症状は落ち着いたものの、ふだんの教室にすぐに戻ることは難しい状況でした。

そのため、あかりさんは空き教室への登校などから始められないかと学校に相談しましたが、対応する教員がいないと断られました。

そこで「通級指導」(通称:通級)の利用を申し込むことにしました。

通級は、発達障害などで支援が必要な子どもたちが、通常学級に在籍しながら、週に数時間、通常学級とは別の教室に行き学びます。

子ども一人一人に合わせたカリキュラムを使い、少人数で授業をすることが特徴です。

学校からは通級の利用を認められましたが、利用できるのは週に1回、1時間のみでした。

通級の利用時間について小平市教育委員会は「子どもの障害の程度によって判断されている。また、通級の利用時間が長すぎると、本来の教育課程の学習の時間が削られてしまうので、その辺りの兼ね合いもある」と話しています。

近隣の小学校には、知的障害の子どもを対象とした特別支援学級が設けられていますが、あかりさんは、知的障害がない健太さんの特性には合わないと感じました。

また、学校以外にも、フリースクールなど健太さんが日中過ごすことのできる居場所を探しましたが、近くに通える場所は見つかりませんでした。
健太さんは、小学4年生となった現在に至るまで、週1時間の通級を除く平日の大半を自宅で過ごしています。

あかりさんは健太さんのケアをするため、仕事を辞めました。

自宅では、ゲームを通してかけ算や分数などを学ぶことはありますが、学年に応じた教科ごとの学習などはできていません。
母 あかりさん
「居場所を探している間にも健太は成長して、その間に友達と遊んだり、年相応の体験をしたりする機会もどんどん失われていて、とても悲しい気持ちになります。同世代の子どもたちに会うと、教室に通えない息子が、透明人間になってしまっているような気がしてくるんです」

最後の望みをかける“情緒学級”

転機が訪れたのは2年前。

あかりさんは、健太さんの居場所や支援を探し続ける中で、小平市で活動する親の会に出会います。
ここでは発達障害や不登校の子どもを育てる親たちが、月に一度、お互いの悩みについて話し合い、子育てに関する情報交換を行っています。

会に参加する中で、あかりさんは、発達障害の子どもを育てる親たちが市内の小学校に「自閉症・情緒障害特別支援学級」(通称:情緒学級)を設置してほしいと、署名活動を行っていることを知りました。

「情緒学級」は特別支援学級の一つで、知的障害はないものの、発達障害などで対人関係の形成に困難を抱える児童・生徒が通う教室です。

少人数のクラスで特性に応じた支援を受けながら、通常の学級と同じ内容の学習などを行います。

通級との大きな違いは、情緒学級に在籍し、そこで大半の時間を過ごすことです。

実はこの「情緒学級」、大阪府の小学校では2687学級(2022年度)設置されている一方で、東京都は167学級(2023年度)にとどまっています。

情緒学級の在籍者は全国で増加していますが、都内では半分以上の自治体で1つも設置されておらず、あかりさんが住む小平市もその1つでした。
小平市では、「親の会」をはじめとする保護者たちの声や、教育現場の要望を受け、来年(2024年)4月から市内の小学校に情緒学級を開設することになりました。

準備が進められている教室では、黒板のチョークの粉や音などが苦手な子どものために、ホワイトボードを設置。

また、子どもが感情を落ち着かせることができるスペースを作るための間仕切りを用意するなど、さまざまな配慮がされています。
その後、健太さんは「ADHD(注意欠如・多動症)」の傾向に加え、検査で「ASD(自閉スペクトラム症)」の診断も受けました。

情緒学級であれば、息子も同世代の友達と再び学ぶことができるのではないか。

あかりさんは、最後の望みをかけて、情緒学級に申し込みを行いました。
母 あかりさん
「息子が『死にたい』と言っていたころに戻ってほしくないので、無理をして学校に戻らなくてもいいかもしれないと考えたこともありました。でも、息子は今も『学校に通えない自分』を責めています。もし、みんなと一緒に学校で学べるのであれば、子どもの自信につながるかもしれないし、人生の可能性が広がるかもしれない。そのチャンスに懸けて申し込みました」

東京は大阪の約16分の1 なぜ地域差が?

東京都の小学校に設置されている情緒学級の数が、大阪府の約16分の1にとどまっているのはなぜなのでしょうか。

都の教育委員会は、発達障害のある子どもへの支援として「すべての小中学校で、週に数時間、別の教室で学ぶ『通級指導』を受けられる体制を整えている」としたうえで、「情緒学級の設置は自治体が判断すること」という立場です。

しかし、あかりさん以外の複数の当事者からも「不登校の子どもには、通級だけでは解決策にはなっていない」という声が聞かれました。

一方、大阪府教育委員会は、「障害の状況に応じて(情緒学級など)特別支援学級の必要性を見極めるように、教育委員会の担当者が集まる会議などで働きかけを行っている」と話しています。

専門家も、通常学級や通級指導だけでは支援しきれない子どもが多くいる中で、情緒学級を含め、多様な選択肢を確保することが必要だと指摘しています。
滋賀大学 窪島務 名誉教授
「発達障害の子どもは、早期に適切な支援につながるかどうかが、その後の成長に大きな影響を与えます。いろいろな特性や性格を持っている子が、できるだけみんな一緒に学ぶということが原則としてありますが、それが本当に子どもにとって適切な支援になっているかという議論が、常に必要だと思います。多様な学びの場と、多様な専門性を持った先生が確保されて、選択肢があるという部分での制度的な保障が今後必要になってくると思います」

“通える居場所”づくり 早急に

取材の中で一番心に残っているのは「居場所を探している間にも、子どもは友達と遊んだり、年相応の体験をしたりする機会がどんどん失われている」というあかりさんのことばです。

もし、不登校になってしまってからも、通える居場所が学校にあれば。

あかりさんは、そうした思いがずっと拭えずにいるといいます。

発達障害の可能性のある児童・生徒は、通常学級に11人に1人の割合でいるとされています(2022年度文部科学省調査)。

健太さんのように、教室に通えなくなってしまった子どもたちへの対応が、早急に求められています。
(10月26日「首都圏ネットワーク」で放送)
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首都圏局 ディレクター
實 絢子
2017年入局
福井局を経て現所属
教育・福祉に関わる分野の取材を続けています