“100億円船主”の海外研修 島の高校生が世界を体感

“100億円船主”の海外研修 島の高校生が世界を体感
タンカーや貨物船などの大型船を所有する「世界4大オーナー」を知っていますか?

世界の物流を支える巨大な船のオーナー(=船主)たちが集まっている地域のことで、香港、ギリシャ、北欧、そしてもうひとつが日本の「今治」です。

その愛媛県今治市で、1人の船主が高校生を対象にした海外研修を行いました。費用のほとんどはこの船主が負担したといいます。

いったいどんな研修なのでしょうか?そしてそのねらいは?

(松山放送局今治支局 木村京)

島から韓国の巨大造船所へ

10月上旬、韓国南部の港町、モッポ(木浦)の巨大な造船所に日本の高校生の姿がありました。

3泊4日の研修で訪れていたのは今治市の伯方島の高校生6人です。
工場内を見学しながら写真を撮ったり担当者に英語で質問したり熱心に学んでいました。

訪れていたのは韓国を代表する財閥、ヒョンデ(現代)グループ系列の造船所。
面積は、東京ドーム70個分にあたる330万平方メートル。

この造船所だけで年間40隻の大型船舶を建造し、世界第4位の建造数を誇ります。

100億円の船を買う「船主」

この研修をサポートしたのが韓国企業とも取り引きのある愛媛県今治市にある伯方島の「船主」阿部克也社長です。
「船主」とは船を発注して所有し、国内外の海運会社に貸してレンタル料で利益を得るビジネスです。

人口およそ5600の瀬戸内海に浮かぶ小さな島、伯方島にはおよそ50社もの船主が集まっています。
伯方島を含めた今治の船主たちは、時に100億円を超える船を発注する「今治オーナー」と呼ばれ、「世界4大オーナー」(ほかは香港、ギリシャ、北欧)として世界に知られる存在です。

そんな今治船主たちを支えるのが「海事クラスター」です。

海事クラスターは船主のほか、船を建造する造船会社、船を借りて運航する海運会社、それに船舶機器メーカーや融資を行う銀行、さらにそれぞれのビジネスの間をとりもつ商社などから形成されます。
今治では1万人以上が海事産業に従事していると言われ、様々な業種が近くに集まって密接につながり、時に刺激し合うことで発展してきたのです。

研修を企画 船主の“危機感”

しかし今治では人口減少が続き、就職や進学で地元を出る若者たちも年々増加。

働き手となる世代は10年で2割近く減るなど造船業や海運業は深刻な人手不足や後継者不足に陥っています。

阿部社長たちは海事クラスターが直面する現状に危機感を強めています。
阿部克也社長
「船を造る、船に乗る、船を動かす、それを支える産業が今治にはそろっているところが他の地域より恵まれていると思う。仲間が近くにいれば連携できるし、ライバル同士けん制もできる。でも人口が減れば寂れて仲間も散らばりここにいられなくなってしまう。活力の源はこの地元なんです」
阿部社長は、中国や韓国など海外とも幅広くビジネスを展開していますが、「伯方島、そして今治の海事産業を持続可能なものにしたい」、その思いから高校生たちに世界とつながる地元産業の魅力を実感してもらい将来の担い手になって欲しいと考えたのです。

島の生徒たちは

参加したのは、島唯一の高校、今治西高校の伯方分校の生徒たちです。

生徒たちもそれぞれ期待を膨らませながら準備を進めていました。
3年生の野間健斗さん(伯方島出身)は、「将来、自分も海事産業に関わる仕事に就いて世界で活躍したいので地元産業が世界経済にどう影響しているか学んでみたい」と話していました。
一方、同じく3年生の阿部縁さん(伯方島出身)は「今は正直海運系の道に進もうとかはあまり考えてないです。船は身近な存在ですが、海運の知識はあまりありません。身近な人たちが外国の人たちとどんな仕事をしているのか知りたい」と話していました。

世界を支える今治の船

生徒たちが研修でまず訪れたのは、首都・ソウル。

阿部社長の長年の取り引き先でコンテナ輸送量、韓国第2位の海運会社を訪問し役員たちから手厚い歓迎を受けました。
この会社が運航する船の3分の1が今治の船主たちから提供されていることやその船で日本の40以上の地方港に寄港していることなど、地元との密接なつながりを学びました。

海運会社の社長も日本の若い世代に期待を寄せています。
コリョ(高麗)海運 シン・ヨンファ(慎※和)社長 ※は金へんに庸
「若い皆さんが海運や造船に興味を持ち韓国まで来てくれたことに意味があると思います。これまで10年一緒にやってきた今治船主の皆さんとは、次の10年もどんな未来の船をつくるか一緒に考えながら進んでいきたいですね」

巨大船舶建造の裏側

続いて訪れた造船所では、次々に巨大船舶を建造する裏側を見学しました。

日本の造船所では一般的には年間10隻前後のペースなのに対し、この造船所ではその倍以上年間40隻を建造しています。

そのスピードを実現しているのがロボットで自動化された溶接工程など高度な技術の数々です。
さらに生徒たちは、日本ではほとんど造られなくなっている巨大なLNG=液化天然ガスやLPG=液化石油ガスの運搬船がここでは年間10隻以上造られていると教わりました。

そして阿部社長もそうした船を発注している1人だと聞き改めてスケールの大きさを実感しました。

韓国で受けた刺激

さらにこの日は、造船所に就職が決まっている韓国の高校生たちとも合流。

実は韓国の海事産業も同じように人手不足が深刻な中で、あの手この手で産業の魅力を伝えようとしています。

今回、「新たな担い手になろう」と、すでに進路を決めたという同世代からも刺激を受けました。
高校生たちを受け入れた「ヒョンデサムホ(現代三湖)重工業」のキム・ジンベー(金鎭培)常務は次のように話していました。
キム・ジンベー常務
「両国の生徒たちには造船業が世界の物流と経済発展を支えていることを学んで欲しいし環境に優しい船の需要も高まる中、このビジネスは有望だと伝えたい。韓国の造船市場における今治船主の存在感は増しているので、これからもともにビジネスを展開していきたい」
研修最終日、高校生たちは船上で行われた式典に出席しました。

阿部社長が発注した巨大なLPG船の完成を祝うセレモニーです。

こうした式典は日本でも行われますが、通常、業界の関係者以外参加することはできません。

ビジネスの現場をそのまま見てもらうというのも社長のねらいでした。

地元産業への思い強める

地元と世界のつながりを肌で感じた3泊4日。

生徒たちは国際的な物流を支える地元産業への関心を深めたりあこがれを強めたりしたようです。
野間健斗さん
「改めて海事産業に興味がわき、将来は地元の産業を支えられる人材になりたいと思いました。まずは大学でしっかりと勉学に励みます」
阿部縁さん
「今回の経験は死ぬまで覚えていると思います。研修で地元の海事産業のスケールの大きさを知り、地元を支えていきたいという思いはすごくあるので、これからも海事産業について自ら学んでいきたい」

村上水軍の教え

研修を支えた阿部社長は「海運や造船業が『この仕事なら一生かけてもいいな』という状況になって欲しい。今回の経験をどこかで覚えていてもらって、横の仲間や次の世代に広めていって欲しい。そしていずれ、私たちの仲間に加わって跡を継いでいってくれる方が増えていったらいいなと思います」と話します。

その阿部社長、戦国時代を中心に伯方島を含む瀬戸内海一帯を支配した、村上水軍の教えをインタビュー中もたびたび引用しました。

その1つは「浮き沈みに備えよ」です。

為替や社会情勢などの影響を大きく受ける海事産業だからこそ「浮いているときは、沈むときのことを考えなさい」という教えを大切にしているそうです。

もう1つが「地元を源とせよ」です。

社長は「この地域で船をやっていかないといけない。この地域を武器に世界と戦う」と口にしていました。

厳しい現状に直面しているからこそ地元を大切に、長年今治の船を支えてきた海事クラスターを守り維持できるのか。

挑戦が続きます。
(11月8日の「おはbiz」などで放送)
松山放送局 今治支局記者
木村 京
2020年入局
2022年より今治支局勤務、海事産業やタオル業界など地域経済の取材を担当