2023年 経営トップの迷言、珍言集【経済コラム】

ことしもあと1か月ほどとなりました。少し早いですが、ことし話題を呼んだ上場企業、そして著名企業のトップの発言を振り返りたいと思います。

今回、取り上げるのは東証プライム上場企業、業界大手の企業といった、いずれも著名企業のトップの発言です。記者会見や第三者委員会の報告書などから抽出したトップの発言の中には、「これ、ほんとに社長が言ったの?」と突っ込みを入れたくなるような迷言、珍言の類いも見られます。

そこから映し出されるのは、経営者の生々しい本音にとどまらず、ガバナンスを欠いた深刻な会社の実像、あるいは世相の一端なのかもしれません。(経済部 佐藤崇大)

「ゴルフを愛する人に対する冒とくですよ!」

業界のトップ企業でありながら保険金の請求をめぐる悪質な不正行為が次々に発覚したビッグモーター。

社会的な責任が厳しく問われる中、7月25日、当時の兼重宏行社長が初めて公の場に姿を現しました。

記者会見で、「天地神明に誓って知らなかった」と不正への関与を否定した兼重氏。

一連の不正に対して怒りをあらわにし、語気を強めて発したのが次のことばです。

ビッグモーター 兼重宏行 前社長
「報告書を受けて、本当、耳を疑った。こんなことまでやるのかとがく然とした。ゴルフボールを靴下に入れて振り回して損傷範囲を広げて水増し請求する。許せない。ゴルフボールで傷つける、ゴルフを愛する人に対する冒とくですよ!」

「車じゃなくてなぜゴルフ?」などとSNSなどで話題となり、まさに“耳を疑った”人も多かったと思います。
顧客を軽視してきた会社の体質をあらわす象徴的なシーンとなりました。

ビッグモーターは会社法上の「大会社」にあたります。

また、取締役会設置会社でもあり、3か月に1回以上、取締役会を開催し、代表取締役や業務執行取締役が職務の状況を報告する義務があります。

しかし、不正が発覚するまで、会社法の要件を満たす取締役会は一度も開催されず、取締役会の議事録もなかったといいます。

ルールを度外視した経営陣のもとでどのような企業文化が形成されたのか。

特別調査委員会の報告書は、「降格処分が頻発するなど異常な人事が行われていた」とした上で、次のように結論づけています。

特別調査委員会の報告書
「強権的な降格処分の運用のもと、従業員らが経営陣からの指示にそのまま従い、これをそんたくするいびつな企業風土が醸成されていたと言わざるを得ない」

「クロが推測されるが調査は行わない 信じるしかない…」

続いては、ビッグモーターと長年親密な関係にあった損害保険ジャパンです。

損害保険ジャパンは、ビッグモーターの保険金請求に不正の可能性があるという情報を得ていながら追加調査は行わず、いったん中止した取り引きを去年7月に大手3社の中で唯一、再開しました。

会社がこの方針を固めたのが去年7月6日に行われた役員会議。

ここで白川儀一社長が取引再開の方向性を決定づける発言をします。

損害保険ジャパン 白川儀一社長
「ファクトとしてはクロ(不正)が推測されるが、ビッグモーターの報告内容を覆すのは困難だ。仮に追加でヒアリングを他の工場に拡大して実施したとしてもビッグモーターとは元の関係に戻れないだろう。追加調査を行わずに取り引きを再開し、再発防止やけん制機能を生かしてサンプリング調査をしていくという選択肢はどうか。4工場の調査はビッグモーターの兼重社長を信じるしかない」

「不正が推測される」という見解を示しながらビッグモーターとの関係を重視し、相手を「信じるしかない」とまで主張していた白川社長。

利益を優先して不正を黙認したことへの批判が相次ぎ、ついには白川社長が辞任を表明する事態となりました。

白川社長は、記者会見で、「当社の経営にとって重大なリスクであるとの認識に至らず、お客さま保護の観点や社会に対する目線が欠けていた」と反省の弁を述べています。

ここで問題視すべきは、社長の判断に問題がないかチェックすべき副社長ら幹部が、「過去の話を掘り返すことは疑問だ」などと発言し、誤った判断を補強するような役割を演じていたことです。

社長のリスク感覚に問題があったというだけではなく、会社のガバナンス体制そのものに大きな欠陥があったと言わざるを得ません。

これについて10月10日に公表された社外調査委員会の中間報告書では、「社長の提案に唯々諾々と賛同したのは、自分以外の誰かが決めてくれるのであれば、それに異論を唱えないという他責志向の現れではないかと考えられ、経営陣としてふさわしい主体性に欠けていたとみられても致し方ない」と指摘しています。

現在、金融庁が実施している立ち入り検査で親会社を含めたガバナンス体制の問題にどのような判断が示されるのかが焦点となります。

「昔からの知り合いで飯食べたりしただけで何の問題があるのか」

さて、プライム市場といえば、高いガバナンス水準を備えた企業のみが上場を許される東証の最上位の市場ですが、ことしはこの日本を代表する市場で前代未聞の不祥事が起きました。

三栄建築設計が入るビル

三栄建築設計の創業者である小池信三元社長が暴力団員に金銭を供与していたとされる問題です。

この会社は8月15日に弁護士でつくる第三者委員会の調査報告書を公表。

この中では、元社長が「小切手が暴力団員に渡ることを認識しつつこれに協力したと認めることができる」と結論づけました。

第三者委員会は、元社長と暴力団員は20年以上のつきあいがあったとした上で、「元社長が反社会的勢力との間で長年にわたり関係性を継続し、秘密裏に担当者を定めてその応対をさせるなどしてきたことは上場企業のトップとして決して許されるものではない」と厳しく指摘しました。

ところで、第三者委員会の報告書によると、元社長は、会社に対して警察による捜索が行われた去年9月、夜になって本社32階の大会議室に一部の役員を集め、次のように反論したといいます。

「昔からの知り合いで飯食べたりしただけで何の問題があるのか。法に触れるわけではないだろう。反社会的勢力とはつきあっていないし、関係が無い」

ところが第三者委員会のヒアリングに対し、小池元社長は、相手が暴力団員であると認識した時期について「上場前には聞いていた」と答えたということで、株式を上場した2006年より前には相手が暴力団だという認識があったとしています。

第三者委員会の報告書は、元社長に対して反対意見を述べることができない社内風土が元社長のワンマンな経営体制を許したとし、「元社長と暴力団員との関係性を一定程度認識しつつも、その解消に向けて行動できなかった役職員がいた事実は、元社長の影響力が絶大であったことを考慮に入れたとしても、コンプライアンス上の問題がなかったと評価することはできない」と指摘しています。

やはりここでも本来、経営トップをチェックすべき役員らが職責を果たしていなかったことが背景にあったといえると思います。

この会社をめぐっては、不動産大手のオープンハウスグループがことし10月に買収し、これに伴って上場廃止となっています。

「社長業の重圧によるストレスを解消するための必要経費だった」

最後に取り上げるのは東証プライム市場に上場するカメラ用レンズメーカーのタムロンです。

会社が11月2日に公表した特別調査委員会の調査報告書によりますと、ことし8月に辞任した鯵坂司郎前社長とその前任の小野守男元社長が会社の経費を私的に流用し、女性を伴ったり、単独で行ったりした飲食の費用を会社に負担させていたということです。

金額は、2013年度以降で鯵坂前社長が3000万円あまり、小野元社長が1億3000万円あまりとなります。

なぜこれほど巨額の経費を会社に負担させたのか。

小野元社長は、特別調査委員会の調べに対し「社長業の重圧によるストレスを解消するための必要経費だった」と説明したということです。

これについて特別調査委員会の報告書は、「仕事というものは大なり小なりストレスを伴うものであり、その発散は個人の費用でまかなうべきものであって社長だから会社経費にできるというに及んでは開いた口がふさがらない」と厳しく批判しています。

小野元社長は、社長を退任して相談役となってからも飲食などの費用を会社負担としていました。

その理由について「会社の経営に口出しをすることを我慢することにより生ずるストレスを発散する必要があった」と弁明したということです。

相談役にも相応のストレスがあるというのはかなり苦しいいいわけですが、報告書は「あきれ果ててことばを失う」と一刀両断。

さらに「とどのつまり、ホステスと会社経費で楽しく飲みたいというモラルハザードを起こしただけである。社員の率先模範たるべき者としてのモラルを備えていなかったことが本件事案の原因の最たるものである」と指摘し、根本的な原因が経営者の資質の問題にあったという見解を示しました。

報告書によると、この会社では、「ストレス発散のために飲食費を会社経費として負担させてもよい」という暗黙の了解が他の役員にも広がり、鯵坂前社長や小野元社長以外の役員の中にも、同じような形で会社経費を私的に流用するケースがあったということです。

そしてこれまで挙げてきた企業と同じように「社長領域が聖域化され、社長に対して意見を述べられない。あるいは社長に対する意見は黙殺すべしとの風潮があった」と指摘しています。

企業統治とは何か、経営者はその原則の理解を

ガバナンスの強化がさけばれる中、いまだにこうした経営トップの「迷言」や「珍言」が相次いでいるのはなぜなのか。

長年にわたってコーポレートガバナンスの問題に取り組んできた久保利英明弁護士に聞きました。

久保利英明弁護士
「日本ではコーポレートガバナンスを企業統治と訳しているが、『統治』という言葉を『経営者が会社でよい経営をすることだ』と誤解して受け取る経営者が多いのではないか。コーポレートガバナンスの本来の意味は『経営者を監督すること』であって、経営者を選んだり、反対意見を出したりして、規律づけることでもある。日本企業には当該企業出身の取締役が多く、社の長である社長の行動を部下である社内の取締役が取り締まることは難しい。海外ではCEO=最高経営責任者をはじめとした経営者は『従業員』の1人という位置づけで、社外取締役によるガバナンスが働きやすい。まずは、経営者を監督するという原則を理解することこそが最も重要だ」

「それは私の責任です」と言い切れてこそ、責任者たりうる

経営トップのおごりとリスク感覚の欠如、経営陣がトップに意見具申できない企業風土、そして経営陣にはこびる無責任体質…トップの迷言や珍言が生まれた背景には経営トップの資質や組織のガバナンスに関わるこうした問題がありました。

多くの日本企業にとってガバナンスの強化はなお道半ば。

経営者は、企業統治の形を整えたことでよしとするのではなく、ガバナンスの本来の意味を理解し、みずからの責任を自覚することが必要となります。

「『それは私の責任です』ということが言い切れてこそ、責任者たりうる」(松下幸之助)いまの経営者にも心に響く「名言」を期待したいと思います。

注目予定

来週はアメリカで経済統計の発表が相次ぎます。

特に30日に発表されるアメリカの個人消費の動向を示す「PCEデフレーター/コアデフレーター」に投資家の関心が集まっています。

消費段階の物価上昇圧力をみる指標として、FRBも重要視しています。

同じ日に、中国で製造業と非製造業のPMI=購買担当者景況感指数が発表されます。

中国の景気の先行きをみるデータとして注目されます。