「クマ被害増加の背景にメガソーラー?」根拠不明の情報に注意

「大規模な太陽光発電施設、メガソーラーの建設が関係しているのではないか」

クマによる被害が各地で相次ぐなか、SNSでこうした内容の投稿が拡散しています。

しかし、専門家は十分な根拠がない情報だとしています。どういうことか、取材しました。

SNSで「クマとメガソーラー」 投稿相次ぐ

クマに襲われてけがをするなど、被害に遭った人の数は今年度は国が統計をまとめて以降、過去最多となり、19の道府県で200人を超えています。

被害が多くなった9月以降、旧ツイッターのXで広がっているのが「クマが多く出ている原因はメガソーラーではないか」などとする投稿です。

NHKが、Xで「クマ(熊)」に加えて、「メガソーラー」「太陽光発電」「ソーラーパネル」のいずれかを含む投稿数の推移を分析すると、この3か月間で急増していることがわかりました。

投稿は年間数百件だったのが、去年とおととしは7000件あまりに。そして、ことしの投稿数はすでにおよそ5万5000件、そのほとんどが9月以降でした。

なかには70万回以上、閲覧された投稿もありました。

同様の内容を語るYouTubeの動画は10万回以上再生されていました。

11月に入っても、クマの出没とメガソーラーを関連付ける「まとめサイト」の記事が広がるなど、拡散が続いています。

クマ被害増加の期間に太陽光発電も?

環境省のまとめによると、ツキノワグマに襲われてけがをしたり死亡したりした人の数は長期的に増加傾向にあります。

太陽光発電の導入量も、同様に増加してきています。

2012年に「固定価格買い取り制度(FIT)が開始し拡大

では、メガソーラーが建設されたことによって、クマの被害が増えることはあり得るのか、クマの生態に詳しい2人の専門家に単刀直入に聞いてみました。

東京農工大学大学院 小池伸介教授
「私は聞いたことがないですね。そのような研究を聞いたことはありませんし、関係はないのではないでしょうか」

石川県立大学 大井徹特任教授
「聞いたことはない。35年以上研究を続けているが、クマの生息地である奥山で太陽光発電の施設を開発するような現場を見たことはない」

クマが出る地点にメガソーラー?

Xの投稿ではクマの被害が出ている場所と太陽光発電施設の重なりを主張するものもありました。

大規模な太陽光発電施設はどのような場所に設置されるのか。

国立環境研究所の調査結果を見てみます。

下の図は、10メガワット以上の太陽光発電施設の設置面積を、土地の形態ごとにまとめたものです。

特に多いのが「人工林」や「人工草原」。「人工草原」にはゴルフ場や牧草地なども含まれます。

「天然林」や「自然草原」と違い、これらは人里に近い場所にある森林や草原です。

クマの生態に詳しい東京農工大学の小池教授は「クマの被害が出ている場所と太陽光発電施設の場所が一致したとしても、山際の放棄地にソーラーパネルを設置しているからではないか」と話しています。

メガソーラーのある場所でクマが目撃されてもおかしくはなく、それだけでは原因を示すことにはならないというのです。

森林減少でクマ被害が増加?

メガソーラーの建設によって、森林が減り、クマが追い込まれたのではないかという主張もあります。

そもそも森林の面積は減っているのか。

林野庁の調べでは、2022年の時点で、国内の森林面積はおよそ2500万ヘクタール。

40年前と比べても、大きな変動はありません。

また、太陽光発電のために開発された森林の面積は2013年度~20年度までで合計1万9000ヘクタールです。

単純に比較すれば、森林全体の面積の0.08%ほど、1000分の1未満です。

ゴルフ場跡地に設置された太陽光発電施設

さらに、森林を伐採して発電施設を設置することはあるか、日本で最大規模だという事業者にも聞きました。

発電量にして1.3ギガワットの太陽光発電所を開発している「パシフィコ・エナジー」からメールで回答を得ました。

パシフィコ・エナジー
「太陽光発電所はゴルフ場跡地など既に開発がなされた箇所への設置を主に進めている。山間部での設置にはなるが既に開発された場所が対象となる。一般に太陽光発電所は斜面への設置には不向きであるため、山地への設置には相当量の造成工事が必要となる。太陽光発電の買い取り価格が1キロワット時あたり10円を切った今後は山地への設置は経済的には起こりえない」

また、専門家はメガソーラーの設置場所はクマの生態に影響しないのではないかと指摘します。

石川県立大学 大井徹特任教授
「メガソーラー建設によってクマの生息環境が悪化しているということはないと考えられる。メガソーラーが本来のクマの生息地である山地に広がっているなら別だが、耕作放棄地など人間の生活圏そばの遊休地が利用されている場合が多いと考えている」

クマ被害増加 真の原因は?

それならば、クマの被害はなぜ増えているのか?

環境省や専門家は、クマが生息する範囲が年々広がっていて、特にエサのドングリが不作だったことしは人里に出没することが多かったことが大きな要因だとしています。

環境省が2018年度に行った調査では、クマの分布域は北海道から中国地方まで広い範囲で拡大しています。

赤色がクマ類分布の拡大地点

その背景には、中山間地での過疎化や高齢化による人間活動の低下、耕作放棄地の拡大などがあるとしています。

専門家も、人の活動の縮小とともに、クマの分布域が拡大していると指摘します。

東京農工大学大学院 小池伸介教授
「人が急速に里山から撤退したことで、数十年前と比べると、クマの分布が大きく拡大している。陣取り合戦があったところで、人がひいたので、クマをはじめとしたいろんな動物が入ってきている」

石川県立大学 大井徹特任教授
「ことしについては、エサとなるドングリなどの不作が主な原因でクマの出没や被害が多くなった。また、それを助長したのはクマの生息域が徐々に広がってきていたことだ。人間の生活が変わったことで、人里と隣接する里山の利用が減った。人間の生活圏のすぐそばにクマが生活できる環境ができ、そこで暮らすクマも増え、人目につく場所へ出て行くことに心理的な抵抗のないクマも生じたと考えられる」

データを検証し、専門家に取材すると、「メガソーラーの建設によってクマの被害が増えている」という情報は、十分な根拠がないことが分かってきました。

何が原因? SNSの情報見分けるコツは

今回のケースのように、2つの異なる事象が同じような期間に増えていると、どちらかが原因で増えているように考えてしまいがちです。

こうした主張は、クマの事例に限らず、SNSなどでよく見られます。

データ分析が専門の慶応大学の中室牧子教授は「ある事象とある事象が同時に発生していることは、必ずしも原因と結果の因果関係があることを意味しないが、よく混同されるのが問題だ」と指摘します。

本当に、原因と結果の因果関係があるか見分けるにはどうすればいいのか。

中室教授は3つのポイントを挙げています。

1「まったくの偶然ではないか」と考えること。
2「第3の因子が存在するのではないか」と考えること。
3「逆因果ではないか」と考えること。

慶応大学 総合政策学部 中室牧子教授
「事案が発生したところしか見ていないケースが多いが、発生しなかったところでどうなっているか比較しないと、実際には分からない。なんとなく増えている、減っているということではなく、因果関係を明らかにするには統計的な手法で分析しないといけない。単純にデータを並べるだけでは分からないので、注意が必要だ」