介護離職防止へ 企業に支援制度の周知 義務づける方針 厚労省

家族の介護をしながら働く人の介護離職を防ごうと厚生労働省はすべての企業に対し、介護休業などの支援制度を40歳となった従業員全員に周知することを義務づける方針を決めました。

家族の介護をしながら働く人の介護離職は年間10万人にのぼっていて、厚生労働省は育児・介護休業法の改正に向け審議会で支援策の議論を続けています。

20日に開かれた審議会では、介護休業などの制度を知らないまま離職するケースが相次いでいることから、従業員が介護保険料の支払いが始まる40歳になった際に支援制度について資料を配付するなどして、全員に周知することを企業などに義務づける方針が示されました。

また、みずから家族の介護が必要だと申し出た従業員には個別に周知し、必要な制度が選択できるよう意向を確認することを義務づける方針も示されました。

出席した委員からは従業員の申し出を待つだけでなく相談しやすい環境作りが必要だといった意見やパンフレットだけでなく動画で周知するなどの工夫が必要だなどといった意見が出ましたが異論はなく、方針が決まりました。

仕事と介護の両立支援には家族1人につき
▽最大93日間取得できる「介護休業」や
▽年間5日間、時間単位での取得もできる「介護休暇」
などがありますが制度を利用する人はおよそ1割にとどまっています。

厚生労働省は委員の意見を踏まえて来年の国会に提出する改正案に向け、具体的な制度設計を進めることにしています。

介護しながら働く人 増加続く

総務省によりますと介護しながら働く人は
▽2012年は291万人
▽2017年は346万3000人
▽2022年には364万6000人と増加が続いています。

2025年には団塊の世代が全員75歳以上の後期高齢者となり、介護をしながら働く人はさらに増加すると見込まれています。

介護離職“年間10万人”

政府は2025年までに「介護離職ゼロ」を目標に掲げてきました。
しかし、家族の介護や看護を理由に仕事を辞める「介護離職」をした人は
▽2007年の14万5000人から
▽2012年には10万1000人
▽2017年には9万9000人と減少が続きましたが
▽2022年は10万6000人と増加に転じました。

家族の介護にあたる人たちは企業などの中核を担う、管理職の人たちも多く、経済産業省は介護を理由とする労働生産性の減少などで2030年の経済損失は9兆円以上にのぼると推計していて仕事と介護の両立に向けた環境づくりが求められています。

「支援制度の周知」や「相談体制」に課題

なぜ離職してしまうのか。
厚生労働省が民間に委託して2021年に行った調査では、仕事を辞めた理由については
▽「勤務先の両立支援制度の問題や介護休業などを取得しづらい雰囲気があった」が43.4%
▽「介護保険サービスや障害福祉サービスなどが利用できなかった、利用方法が分からなかった」が30.2%
などとなっています。

介護離職した人に離職の前に職場でどのような取り組みがあれば仕事を続けられたかを複数回答で聞いたところ

「支援制度に関する個別の周知」が55.1%
「相談窓口の設置」が33.7%
「支援制度に関する研修」が31.7%
などとなっています。

また、総務省によりますと2022年の調査で介護をしながら働く人のうち介護休業や介護休暇などを利用した人は11.6%にとどまっていて、制度の周知や相談体制に課題があります。

介護離職防止の取り組みをする企業

都内に本社を置く大手建設会社では介護離職を防止しようと従業員に仕事と介護を両立させる支援制度の拡充や個別面談などに力を入れてきました。この会社では従業員およそ1万人のうち、少なくとも1000人以上の社員が家族の介護をしながら業務にあたっています。

会社では仕事と介護の両立支援制度を独自に設けていて、要介護者1人につき介護休業は最大180日として分割回数には制限を設けていません。

また、介護休暇は年間10日を有給で取得できるなど育児・介護休業法で定める基準を大きく上回る制度で設けていて、来年には介護休暇の日数を15日に拡充する予定です。

これらの制度を社内で周知するため、介護保険料の支払いが始まる、40歳以上の従業員全員に、支援制度の概要や介護サービスの利用に向けた手続きの流れが記載されている「介護のしおり」や、介護サービスの利用を相談する地域包括支援センターや会社が提携しているNPO法人の担当者の連絡先が記載されたファイルが配布されます。

また、管理職を対象にセミナーを開くとともに、建設現場で働く従業員にも周知を図っていて、この中ではみずから介護をするのではなく、仕事と両立するために介護サービスを利用する環境を整えてもらうことを強調しているということです。

こうした取り組みの結果、介護休暇を取得した人数は2015年の94人から2022年は179人まで増加し、介護しながら管理職として重要な役職を担う人も増えているということです。

50代男性「制度も用意されているのはありがたい」

設計の部署の管理職、須藤拓さん(58)は秋田県に住む認知症の80代の母親を介護しながら業務にあたっています。

人事担当者との面談では週末は秋田で介護にあたることが多いため、その前後でテレワークをしてもよいか相談したところ担当者からは積極的に活用することを勧められていました。

須藤さんは「介護は会社に言うものではないという古い固定観念もあるので、会社に相談していい雰囲気があり、いろいろな制度も用意されているのはありがたい。母がはいかいで警察にお世話になったこともあり、制度や相談の場がなければ追い詰められることもあると思う」と話していました。

人事部 “社員の介護離職防止は重要な施策”

大成建設人事部の塩入徹弥専任部長は「建設業界は2024年問題で時間外労働の上限規制を受けることもあり、人材の確保に注力しています。今いる社員が介護離職をしないというのは重要な施策の1つです。介護に直面する世代は40代から60代という、会社で重要なポジションを占める年代でもあり、そういう人たちが介護で仕事を離れるのは会社にとっても影響が大きく、介護離職防止の取り組みをさらに踏み込んで進める必要性を感じています」と話していました。

識者“企業も働く人もマインドの切り替えを”

みずからも母親の介護をしながら仕事をしていて、企業の介護離職防止に向けたコンサルティングなどを行うワーク&ケアバランス研究所の和氣美枝代表は国が多くの人に仕事と介護の両立支援制度を周知することに力を入れることは評価できるとコメントしました。

その上で「多くの人が考える介護は直接体をさわったり、排せつ介助をしたり、食事介助したりと思いがちだ。介護休暇は例えば病院でお医者さんと面談する時などに使ってほしいし、介護休業は必要に応じて自宅で介護環境を整えるために使ってもらいたい。自分で介護する時間ではないということを理解いただきたい。仕事と介護の両立は働き続けるためにどうしたらいいのかという観点を持つように企業も働く人もマインドを切り替えないといけない」と指摘していました。

また、国に対しては「例えば企業で周知をする人が『介護休業をとって介護してきなさい』と言ってしまったら全然違う結果になってくる。国は企業に周知を丸投げするのではなく、どう周知するのかその準備までしていただきたい」と話していました。