認知症の行方不明者 10年で倍増 身元わからず施設暮らしの人も

認知症やその疑いがあり行方不明になった人は去年、全国でのべ1万8700人余りと、この10年でほぼ倍増しています。

NHKが全国の県庁所在地など主な自治体に取材したところ、各地の施設や病院にいる認知症やその疑いのある人のうち、5人が身元がわからないまま暮らしていることがわかりました。

専門家は「自治体間で身元不明の人を問い合わせる仕組みを作るなど、垣根を超えた支援を検討すべきだ」と指摘しています。

認知症の疑いのある女性 誰なのか確認できず

認知症やその疑いがあり、はいかいなどで行方不明になった人は去年、全国でのべ1万8700人余りと、統計を取り始めた10年前からほぼ倍増しています。

今回、NHKが全国の県庁所在地と政令指定都市、それに東京23区のあわせて75の自治体に取材したところ、各地の施設や病院にいる認知症やその疑いのある人のうち、9月末の時点で5つの自治体の5人が身元がわからないまま暮らしていることがわかりました。

このうち、4年前に警察に保護され、養護老人ホームで暮らす推定で70代の認知症の疑いのある女性は、受け答えははっきりしているものの、身元に関することを覚えておらず、誰なのか確認できないままだということです。

自治体の担当者からは、受け入れてくれる施設や医療機関がほとんどないとか、長期間保護した場合の財源の確保が課題といった声も聞かれました。

厚生労働省では2014年に全国の自治体を対象に身元がわからないまま施設などで暮らしている人の実態調査を行い、ホームページに情報を掲載するなどしてきましたが、個人情報を慎重に扱う必要があることなどから、取り組みには限界もあるということです。

「田中清」名乗る男性 9年以上身元不明

9年余りもの間、施設で暮らす「田中清」と名乗る男性は、京都市内の公園で衰弱しているところを警察に保護されました。

名前のほかに生年月日や、出生地なども話したということですが、身元を証明するような持ち物はなく、該当する戸籍も住民票も見当たらなかったといいます。

認知機能の低下が見られた男性は病院で「脳血管性認知症」と診断されて、現在の施設に入所しました。

京都市ではこれまで、本人の情報をホームページで公開するなどして情報提供を呼びかけてきましたが、身元の特定につながるような有力な手がかりは得られていません。

男性は裁判所で戸籍を新たに作る「就籍」という手続きを行い、本人が名乗っている「田中清」という名前で暮らし続けています。

「なにか新しい情報が寄せられてほしい」

施設は今回、「なにか新しい情報が寄せられてほしい」と取材に応じ、男性はNHKの取材に対し「田中清」とみずからの名前を名乗り、「とり年」だと話しました。

男性には脳梗塞による右半身のまひや失語症もみられ、ふだん、施設では車いすで生活しています。

「要介護2」で食事など身の回りのことはある程度自分でできるといいますが、入浴やトイレなど介助が必要な場面も多く、最近は体調を崩すことも多くなってきているといいます。

また、日常のコミュニケーションについて、単語レベルではやりとりができるものの、1日の大半を部屋やホールで1人で過ごしているといいます。

こうした状況について施設の担当者は、「本当はもっとしたい事があったり、『誰かに会いたい』などの思いがあったりするかもしれないが、本人が実際に何を一番望んでいるのか分からない。何の手がかりもなく10年(近く)もこういう形で施設にいるのはとても複雑なことだと思う」と話していました。

専門家「垣根超えた支援を検討すべき」

認知症に詳しい東京都健康長寿医療センターの粟田主一さんは、「1人暮らしや地域と疎遠であるなど社会的に孤立している認知症の人が増えていることから、行方不明になっても発見が遅れまた届け出も出されず、今後さらに身元不明の人の数は増える可能性がある」と指摘しました。

そのうえで、今後個々の自治体で対策を行うには限界があるとして、「自治体の間で全国レベルで身元不明の人を問い合わせるネットワークを作るなど、垣根を超えた支援を検討するべきだ。またやむをえず保護する場合に備え、入所できる施設を福祉避難所のように指定し、その後の生活をサポートできる仕組みも考えるべきだ」と話していました。