個人金融資産2100兆円は動くのか【経済コラム】

2100兆円を超える水準にまで膨らんだ日本の個人金融資産。これまで「現預金重視」の傾向が強く、保守的な投資スタンスをとる人が多いとされてきました。
しかし、その日本でいよいよ「貯蓄から投資」への流れができるのではないかと見て、海外の資産運用会社が相次いで動き出しています。

海外勢のねらいはどこにあるのか、そして国内の資産運用会社はこの状況をどうとらえ、環境の変化にどう対応しようとしているのか、取材しました。
(経済部・坪井宏彰)

海外勢が事業拡大

政府が「資産運用立国」を掲げる中、日本の個人金融資産を取り込もうと虎視眈々(こしたんたん)とねらっているのが海外の資産運用会社です。

11月に入って欧米の大手運用会社の幹部が相次いで来日し、国内の機関投資家などを訪問しています。

資産運用会社「ヌビーン」が日本で開いた投資委員会

その1つが、アメリカの教職員組合の退職年金や保険など、160兆円の資産を運用しているアメリカの大手資産運用会社「ヌビーン」です。

2018年に日本に参入して運用残高を伸ばし、現在は国内の機関投資家などの資金3兆円を運用。

日本の株式や不動産などにも2兆円以上、投資しています。

11月には世界全体の投資戦略を決める委員会を日本で初めて開催し、記者会見では日本での運用残高をさらに拡大する方針を示しました。

“金利環境の変化”で日本に注目

なぜ日本で資産運用ビジネスを強化するのか。

11月8日、インタビューに応じたホセ・ミナヤCEOがポイントとしてあげたのは、金利環境の変化です。

「金利のある世界」の到来が投資を後押しすることに期待を示しました。

資産運用会社「ヌビーン」ホセ・ミナヤCEO

資産運用会社「ヌビーン」 ホセ・ミナヤCEO
「マイナス金利政策をとる日本は、これまで極めて低い金利が続いてきたが、その中で家計部門は資産の半分以上を現金・預金で保有している。ところが今、プラスの金利環境に向かっている。今後、家計部門の資産が欧米のようにリスク資産の運用に向いていくことで、日本の皆さんが多くの富を獲得できるようになり、それが日本経済にとってもプラスとなる。私たちも日本での資産運用や投資の拡大に貢献したい」

国内勢はどう対応

日本の資産運用会社も今の状況を歴史的転機と位置づけています。

金融環境の変化とともに期待するのが来年1月の優遇税制NISAの拡充です。

これを機に家計がリスク資産に資金を振り向けるのではないかとみて各社は体制を見直しています。

このうち三井住友DSアセットマネジメントは、運用力の強化に向けて今年度から運用部門専門の新卒採用枠を設けました。

猿田隆社長は海外資産の運用を強化するためにも、まずは人材をしっかり育成することが重要だと指摘します。

三井住友DSアセットマネジメント 猿田隆社長

三井住友DSアセットマネジメント 猿田隆社長
「多くの運用会社が証券会社など金融機関の傘下にあったこともあり、バブル崩壊後にアメリカなどのマーケットから引いてしまったことが、欧米の運用会社と差がついたターニングポイントだった。海外の株式などの運用で欧米に並ぶ運用能力を養うため、人材育成など先行投資を強化したい」

また、日本勢で最大規模の運用資産残高を持つ野村アセットマネジメントは今年5月から扱っているファンドの「成績表」を公表。

運用成績が芳しくない商品や長期の資産形成に適していないと判断された商品に対しては、改善すべき点があることを示す「レッド」のマークを突きつけ、投資家に向けて改善策を明示する取り組みを始めました。

会社では今後、700本ほどある公募投資信託すべての検証を行い、投資家が期待する役割を果たせないファンドについては信託報酬の見直しや償還、併合を進めるとしています。

国内の資産運用会社 情報開示に課題も

ただ、日本の資産運用会社をめぐっては、多くの課題が指摘されています。

金融庁がことし4月にまとめた「資産運用業高度化プログレスレポート」には、日本の運用会社をめぐる多くの課題が列挙されています。

今回このうちの2つを紹介します。

まず、海外勢に比べて運用体制の透明性が確保されていないという点です。

アメリカなど海外の資産運用会社の目論見書には、運用チームの主なメンバーの氏名や経歴、担当するファンドの株式保有状況などの詳しい情報が開示されています。

これについて金融庁は、「顧客に対して明示的な運用責任を負っていると言うことができる」と評価しています。

このレポートで引用されているアメリカのモーニングスターの調査によりますと、国内で運用責任者の氏名を開示している公募投資信託は、全体の2%にすぎないといいます。

一方、アメリカやインド、韓国、台湾の投資信託で氏名が開示されているものは100%近くにのぼり、他の海外各国・地域と比較しても、日本の2%が際立って低いことがわかります。

もう1つは、個人投資家向けの投資ファンドが保有する銘柄について、日本は海外に比べて情報開示が頻繁に行われていないという点です。

金融庁のリポートで紹介されているモーニングスターの調査では、海外の資産運用会社の多くが全銘柄の保有状況を月次で開示しているのに対し、日本は月次で全銘柄を開示するケースが極めて少ないという結果になっています。

大和総研の内野逸勢主席研究員は、国内の資産運用会社は情報開示の方法も含め、これまでの顧客対応のあり方を見直すべきだと指摘します。

大和総研 内野逸勢 主席研究員

大和総研金融調査部 内野逸勢 主席研究員
「運用能力の改善は必要だが、その前提としてまずは顧客からの信頼を高めることが重要だ。顧客のリスク許容度や資産形成の目的をしっかりと把握し、一人一人にあったポートフォリオ(資産構成)を提案する顧客本位の姿勢が運用会社・販売会社の双方に求められる。その上で、適切な情報開示が行われるよう、規制のあり方も含めて検討すべきだ」

運用会社に求められることは

政府が旗を振る「貯蓄から投資へ」という変化は一朝一夕に実現できるものでなく、資産運用会社が顧客本位の姿勢に変われるかどうか、これが前提条件として問われることとなります。

巨額の個人金融資産の獲得をめぐる動きが本格化する中で、業界がどう変わっていくのか、これからしっかり見ていきたいと思います。

注目予定

22日には現地時間の11月1日まで(日本時間の2日まで)開かれたアメリカのFRBの会合の議事録が公表されます。アメリカの金融引き締めが長期化するとの観測を背景に、外国為替市場では円安ドル高が進んでいて、今後の金融政策の方向性やマーケットの動きを見る上で市場関係者が注目しています。
また、24日には日本の10月の消費者物価指数が公表されます。日銀の植田総裁は、11月6日、2%の物価安定目標の実現の確度が少しずつ高まっているという認識を示しましたが、足元の物価動向にも注目です。