“経済失速”が叫ばれる中国 相次ぐデータ公表停止の謎

“経済失速”が叫ばれる中国  相次ぐデータ公表停止の謎
経済の動向をみる上で欠かせない統計データ。中国では、過去最悪となっていた若者の失業率が7月分から公表停止になるなど、不都合ともいえるデータの更新が止まっている。

実際に、どのくらいの数が止まっているのか。今回、番組取材班が徹底調査。すると、習近平氏が国家主席に就任した2013年以降、さまざまなデータの更新が止まっていることが判明した。独自検証で見えてきた、中国統計データの実態とは――。

(NHKスペシャル シリーズ調査報道・新世紀File1 中国“経済失速”の真実 取材班)

重要データの公表を停止

取材班はまず、中国の国家統計局が発表する統計データを調べてみた。

中国は景気回復の勢いが鈍化し、若者の間で雇用に対する不安が広がっている。2018年から発表されてきた年齢別の失業率は、都市部の16~24歳が今年6月に過去最悪を記録するなどして、注目を集めていた。

しかし、国家統計局は8月、「年齢層別の失業率については、より正確に実態を反映する必要がある」などとして、当面は公表を停止すると表明。7月分からデータが公表されない状態が続いている。
さらに調査を進めると、格差拡大の指標となる「都市部ひとり当たりの可処分所得」のデータの中にも、公表を停止しているものがあった。

1985年から公表されてきた「収入が最上位層の10%」と「収入が最下位層の10%」。ともに2012年でストップしていた。

※注 収入5分位(20%ごと)でのひとり当たり可処分所得データについては、発表が続いている

約82万件のデータ 分析してみると…

いったい、公表が停止されているデータはどれくらいあるのか?私たちは、中国のあらゆる統計データを収録しているデータベース・サービスのCEICを使って、調べることにした。

CEICデータベースは、中国経済の専門家たちが研究に使用している。データベースの「China Premium Database」には、中国の中央・地方政府が公式に発表したデータが約82万件収録されている。その中から、年ごとにどれだけのデータが確認できるか、分析することにした。
データには「開始年」と「終了年」が記されている。今回、下記の条件のもとでデータの件数を調べてみた。
【条件】 CEIC China Premium Database収録のうち…
1 データソースが「中国 国家統計局」である
2「年次」データである
3「5年分以上データがある」
これら3つの条件を満たすデータは、全部で9万1636件あった。

続いて、公表しているデータの件数を、年ごとの棒グラフにしてみた。最も多かったのは、2008年の8万4178件だった。
2008年以降に着目すると、下記のようになる。

2010年に日本を抜いてGDPが世界第2位になった中国だが、むしろその頃を境に、なぜか統計データの公表数が少なくなっているのだ。
特に、習近平氏が国家主席に就任した2013年は、データの公表件数が前年に比べて1万件以上も減少。すでに多くのデータが出そろっていると思われる2021年分についても、その数は最多だった2008年に比べ4割以上減っていた。

「都市ごと」のデータが足りない

続いて私たちは、地方財政について分析することにした。

「省と直轄地・自治区」単位にとどまらず、300を超える「地級市(都市)」単位の経済関連データを調査した。
入手が困難だったのが「人口」に関するデータだ。インターネットで公開されている各都市の統計年鑑を見ても、年齢別や職業別など、詳細な人口データをそろえることはできなかった。

そこで専門家に取材を重ね、手に入れたのが「国勢調査」だ。中国で10年に1度行われる国勢調査が、推計ではない詳細な人口を把握できる唯一のデータだという。

2010年、2020年の集計結果はインターネット上では公開されておらず、「国勢調査」の資料から直接読み解くしかない。

「国勢調査」から高齢化率を探る

「国勢調査」の資料は、残念ながらデータ化されていなかった。

そのため、360を越える都市について、5歳ごとの年齢別人口を表計算ソフトにまとめる作業から始めなくてはならなかった。
私たちは「高齢化」に注目した。一般的に人口に占める高齢者の割合が7%になると「高齢化社会」、14%になると「高齢社会」と位置づけられる。

2020年、中国で「高齢化社会」に当たるのは367都市中185都市、そして「高齢社会」には155都市が該当することが判明した。

高齢化率が高かった都市のトップ10は下記になる。10位眉山市でも20%を超えていた。
一方、2010年の調査結果では「高齢化社会」は293都市、「高齢社会」はわずか3都市だった。その後の10年で、「高齢社会」の都市は約50倍に増えたことになる。

急速に高齢化が進んでいる中国の実態がわかってきた。

「人口減少」も都市レベルで調査

中国が直面しているのは高齢化だけではない。今年1月、「61年ぶりの人口減少」が発表された。2022年末の人口は14億1175万人で、前年と比べて85万人減少したという。
人口減少についても、より細かく都市レベルで調べてみたらどうなるのか?

2010年の国勢調査の値を基準(100)として計算したところ、2020年には全体の4割を超える150余りの都市で、人口が減少していたことが明らかになった。

特に変化が大きかった都市は下記になる。
実際に私たちが取材した黒竜江省は、全ての都市で人口減少が進み、「高齢社会」になっていた。チチハルは高齢化率が約16%、10年間の人口減少率は約24%にのぼる。

黒竜江省全体では、社会保障費が10年前と比べて約3.4倍にまで膨れあがり、積立金もすでに底をついたとみられている。

データ分析 中国の未来像に迫る可能性

“経済失速”が叫ばれる中国の実態に迫るため、今回調べ始めた統計データ。

失業率の公表停止をはじめ、最も知りたい情報が簡単には入手できないという現実に直面した一方で、各地の統計年鑑や書籍を活用してデータを集積し、分析していけば、中国の各都市の現状とその未来像に迫ることができる可能性も感じた。

今後も引き続き、中国経済の実態を注視していく。

(11月5日「NHKスペシャル」で放送)
政経・国際番組部 ディレクター
一柳優美香